脱衣証明
「魔法という名の奇跡。一部の人間にしか扱えないものですが、この神秘があるからこそ、過去の人間は異界から迷い込んできた人々を受け容れることができたのでしょう。何が起きても不思議ではない、と。
実際に、過去には異界から英雄を呼ぶ魔法があったようですしね」
執事の言葉がどこか空々しく感じられる。
驚愕の表情を露呈した僕が、圧倒されていることを理解している。
異世界である、という認知を植えつけられたことを確信している。
萎みかけた反抗心が、苦渋と共に僅かな言葉を振り絞る。
「それも嘘だ。きっと、種や仕掛けがあるに違いない」
僕の言葉を受けた執事がオリヴィエと顔を見合わせる。
僕の強情さを前に呆れたのか、貴族のお嬢様は嘆息と共に下知をくだした。
「メイ」
「はい」
「脱ぎなさい」
耳を疑う文言。
「承知致しました」
「……は?」
返答は、さらに僕の理解を退けるものだった。
何の疑いも、抵抗もない。先のように茶々を入れることもない。
ただ、唯々諾々と従う供の文言。
僕の理解が追い付くのを待たずに、メイドが裾に手をかける。
唐突なストリップショーを前にして、僕は慌てて視線を逸らす。
簡素な摩擦音と共に、紐が解かれる音。服が肌を擦れる音。そして、衣服らしきものが地に落ちる音。視界を意図的に外していても、音は嫌でも僕の煩悩を揺さぶってくる。
わけが分からない。何故こうなった。いや、僕が難癖をつけたからなのだけれども。
暴力には慣れていても、色恋沙汰には疎い。何度か男女の交際を経験したことはあるが、時間の無駄にしか思えないため長続きはしなかったし、衣服を脱ぐような事態に発展したことはない。
つまるところ、ハニートラップなんてものを仕掛けられたら耐えきれる自信がない。
僕の葛藤と思惑を知ることもないお嬢様は、取り乱す僕に言い放つ。
「見なさい」
「嫌です」
子供のような抵抗をする。
二転三転する事態に平常心を保てない。
「……何で敬語? いいから、貴方がごねたからこうなっているのよ? こっちを向きなさい」
拒否を重ねようとする僕に、不満げな視線が浴びせられる。
「……寒いので、早くしてくれませんか」
「はい、すみません」
メイドの冷ややかな言葉に、僕の胸に灯された反抗心は一息で消え去った。
油の切れた機械のように、ぎこちない動作で首ごと視界を動かしていく。
「……!」
視界が、白と肌色に侵される。
露になった肌は雪のように白く、一流の人形師が表現するような造形美に満ちている。
意外だったのは、その柔肌を覆っているものだった。
粗雑な布……麻布と言えば良いのだろうか。簡素な下着が肌の上に鎮座していた。鼠径部を覆っているのは、日本でいうところの褌やまわしに近い。
不覚にも想像させられた下着とは180度異なっている。しかし、考えてみれば当然か。
ここが中世レベルの文明を誇っているのだとしたら、工業革命など起こっているわけがない。となると、画一的な物資を大量生産なんて出来るわけがないので、品質の良さと安さは両立せず、下々の者は粗雑な物で我慢するしかないわけだ。
いや~、大したことはない。恐るるに足らず。そんな下着では僕は興奮などしませんよ……という、評論家じみた思考が脳裏を過る……が、しかし。
「……」
絶句。
腹から上へと這うような視線が目の当たりにしたのは、麻布の下着を突き上げる双丘だった。
無情なまでに聳える双子の巨塔。色気など皆無な下着を貫通するかの如き威容。最早、下着などどうでも良いという極致に達しているプロポーション。
鬼に金棒、という言葉があるが、結局のところ鬼は強いので何を持たせたところで強いことに変わりはない。そう思わせるほど、圧倒的。
いつだったか、クラスメイトが見せてきた冊子を思い出す。色彩豊かなページには、日本人が誇る慎ましさ、貞淑さとは正反対の大胆不敵且つ蠱惑的な肢体が写されていた。やっぱ日本人じゃなくて外人だよ、などと宣っていた山口君は元気にしているだろうか。
ここまでくると、下着の簡素さが彼女の魅力を引き立てているとすら思える。粗雑さと魅惑的な美の象徴のコントラストは、いっそ倒錯的だ。
これはこれで、彼女が外国人……つまり、彼女にとって僕も異国の人間であることを痛感させられる。
「見ての通り、貴方の言う種? とにかく、仕掛けなんてないわ。魔法の仕組みが知りたいならいずれ説明してあげる」
恥ずかしながら、僕は彼女の発言で本来の意図を思い出し、目を向ける。
「なんでここまでするんだ……」
なんとなく、彼女が本気であることは理解していた。
だが、それが部下に恥辱を与えてまで成し遂げたいことだとは思いもよらなかった。
形振り構っていられない、ということだ。
「そこまでしてでも、貴方に信じてもらわないといけないからよ」
案の定、彼女は想定通りの言葉を吐いた。
質問には答えないが、否定もない。
理解ができない。
家が追い込まれている……みたいなことを言っていたが、ここに来るまでの道中で乗車した馬車は絢爛豪華そのもの。金銭的窮地とは無縁に思えた。
彼女の抱える問題、そしてここが異世界であるという事実が混然一体となって脳裏を占めていく。
「また明朝に来るわ。それまでゆっくりと考えなさい」
受け入れがたい事実と、疑問、言葉を残し、お嬢様は室内をあとにした。
着替えたメイドと執事がその背後に続く。
そして、沈黙だけが部屋に残った。
メイド、脱ぐ っていうサブタイトルだったんですけど何か直球すぎるなと思って変えました
いや、これもどうなのかって話ですけど




