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異世界は僕に牙を剥く ~異世界奴隷の迷宮探索~  作者: 結城紅
序章 この残酷な異世界で
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少年は秤にかけられる

「――ッ」


一瞬の痛覚。バチンと小気味良い音と共に耳元にピアスがぶら下がる。ピアスには粗雑な紙が垂れ下がっていた。


横目でそれを見遣ると、意味不明な文字? の横に珍妙な記号がひっついている。

状況から察するに、これは値段だろう。値札を、つけられたのだ。

少し離れたところでは、さきの音が爆竹のように連鎖して響いていた。その中には、僕に声をかけてくれた少女もいる。


「……どういうことだ?」


少女にかけられた値札に、疑問を覚える。数字らしきものが記載されているのは分かるのだが、周囲の奴隷と比較しても字数が……つまりは桁がひとつ少ない。


何故、美少女と呼んで差し支えない彼女が並みの奴隷以下の価値だと断ぜられているのか。弟も同様に値段が低い。こちらも美少年の見込みがもてる容貌だし、低価格である理由が分からない。


舞台脇からは、少しずつ奴隷たちが姿を消していく。台座に載せられては、ものの数分で落札され、誰かに引き取られていく。その双眸に光はない。


そして、銀髪の少女と少年にお鉢が回る。舞台に上がった彼女らを迎えたのはヤジでも喧騒でもなく、静謐だった。司会の言葉もどこか歯切れが悪い。


「えー、見目麗しい姉弟の奴隷です! 諸事情により前任者より売却されましたが、家事や家畜の世話は一通りこなせます。えー、初動価格は80万リル! 幼年の奴隷にしては破格の値段です! さぁ、どなたかお手を挙げる方はいらっしゃいませんか!」


司会の盛り上げも功を奏さず、広場は静まり返っている。

上がる手は、ない。


「疫病神なんて買う奴いるかよ……」


それは独り言だったのだろう。だが、静まり返った場にあって、その言葉は水面に響く波紋の如く聴衆に浸透していった。


「疫病神、ってどういう……?」


疑問に思う間もなく、事態は進行していく。


「買い手なし、ですね! こちらボーゼスさんの店で売られることになりますので、興味のある方がいらっしゃったらそちらへお越しください、とのことです!

そして、続いては今日の隠し玉! 世にも珍しい天然モノでございます!」


背部を剣の柄で小突かれる。振り向くと、強面の傭兵が僕を睨んでいた。目線が舞台へ上がれと訴えている。


僕に選択肢はない。拒否することもできずに、傭兵の視線に牽制されながら舞台へ上がる。

司会者が僕の肩を掴み、無理やり舞台中央へと引きずられた。


「さて、本日の大目玉! 艶やかな黒髪に黒目! 幼く見えますが成人済み! 皆さんお気づきでしょう! こちら、天然モノのマレビトでございます!」


瞬間、地鳴りのような歓声が街路を駆け巡った。

割れんばかりの喝采。口々にはやし立てる聴衆。湧き立つ人々とは対照的に冷静にこちらを見遣る者、メモらしきものを片手に広場を去るものをいる。それらを一瞥し、満足気に首肯する奴隷商。


なんとなく、魂胆が見えてきたぞ。

観衆がダレてくる中盤に僕を据えることで、流動する客を押し止め、同時に新たな聴衆を呼び込む気だ。

つまるところ、僕は客寄せパンダとして扱われたわけだ。


「こちらのマレビト、天然モノと表したのにはワケがあります! なんと、珍しいことに漂流組合の保護下にないのです! つまり、奴隷として保有しても処罰の対象にはなりません!」

再び色めき立つ観衆。


どうやら、思っていた以上に僕は価値のある奴隷みたいだ。それもこれも、マレビトという単語が関係している。


察するに、希少性の高い奴隷の区分であるようだが……それ以上は分からない。

観衆の反応に満足気な司会者が、歓声に負けじと怒声を放つ。


「みなさんご存じでしょうが、耳元にある値段が最低落札価格です! こちらで落札されなければ店頭で販売される際の値札になります! さて、それでは販売へと参りましょう! 初動価格は――」


司会者が大きく息を吸い込む。緊張が刹那、観衆を包み込んだ。


これまでの平均価格は300万~400万だった。しかし、僕が高級奴隷であることを加味するのならば、最低でも狼男と同じ500万からのスタートになる筈だ。しかし、観衆の異様な盛り上がりから見て、僕に付けられた金額は狼男より大きいだろう。600万、といったところか。


「800万リルから開始です!」


瞠目する。同じ高級奴隷である狼男の1.5倍以上の値段。そして、普通の奴隷の倍以上。労働力という観点から見た場合、他の屈強な男の方が役に立つ。容姿も整っているとは言い難い。一体僕に何の価値があるというんだ。


沈黙の帳が場に落ちる。皆、唖然としている。それみたことか。やはり、僕に期待するだけの価値なんて――。


「810万!」


静寂が、破られる。束の間の出来事だった。商人の風体をした男が臆面もなく手を挙げていた。双眸には闘志ともとれる光が宿っている。


「820!」


「830!」


男の一声が呼び水だったかのように、会場に叫び声が木霊す。次々と上がる手。付随して引きあがる金額に、司会者や奴隷商が爛々と目を輝かせている。


「1000万リル!」


「1050万!」


そして、とうとう金額は1000万へと突入。僕にリル? という通貨単位がどれほどの価値を持つのかは分からないが、商人の意を決した表情からして大金に違いない。

膨れ上がる金額は留まることを知らず、青天井に伸びていく。


「1500!」


鶴の一声、と評すれば良いのだろうか。1300万の掛け声に被せるように、大幅なレイズを宣言する声。最初に僕を買おうとした商人が、貴族らしき人物の声を跳ね除け挙手した。


並々ならぬ執念を感じる。思わず、全身が総毛立つ。

そして、その一声を皮切りに会場を静謐が満たした。もう、誰も声を張り上げる者はいない。

当初の2倍近い値段だ。並みの奴隷なら3人は買える。


「1500万! 他に入札される方いらっしゃいませんか!?」


司会が確認の声を上げるが、反応はない。


「それでは、1500万にて落札――」


司会が幕を引こうとした、刹那。


「1600万よ!」


ひと際甲高い、まだ幼さの残る声が広場に響き渡った。


見れば、声の主は広場入口にて居丈高に腕を組んでいる。


毅然とした顔立ち。強気な瞳。女性らしい優美な曲線を描く肢体。そして、ふんだんにドレープがあしらえられた、真紅の燃えるようなドレス。


これが貴族です、と言わんばかりの恰好をした少女が、執事とメイドを供に屹立していた。


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