狼と武器商人2/3
「よし、君の言葉を信じよう!」
男はいとも簡単に俺の言葉を信じた。
「まず、始めに俺のことを説明させてくれ。俺はブラン、見ての通り商人だ。だが、普通の商人じゃあない」
「……」
「まず、商人ならば誰しもが加入する商人組合に俺は加入していない。次に、俺は武器商人だ。カモフラージュ程度には雑貨等の一般商品を扱ってはいるけど、メインの顧客は武装組織や国軍だ。各地で対立する武装組織なんかに武器を流してる。なんでこんなことしてるか分かる?」
「知るか」
「戦力の均一化を図るためさ。邪魔な組織には消えてもらいたいって思ってる人間も多くてね。劣勢勢力には格安で良い武器を! 優勢勢力には割高で低品質な武器を! 組織の共倒れが為されれば万事解決だ」
「悪魔のような男だな」
「そうだね。死の武器商人なんて呼ばれることもある。でもね、こういった要望は紛争地域の人間からが多いのよ。理由は紛争がなくなることによる治安の向上、そして武装や兵力に掛かるコストをなくすこと。貧しい国っていうのは、富める国から得るために武力を優先しがちなのよ。本当にするべきは国内の内政改善なのにね。それに気が付いた組織から俺に依頼が回ってくるわけだ」
……何が言いたい。
「今まで護衛も付けずにそんなことをやっていたのか?」
「手を組んでた組織から護衛を貸してもらってたんだけど、いい加減個人的な武力を持たないと自由に動けなくなってきてね。護衛を借りる条件に死なせるな、とか遠征地域の限定とか色々無茶言われててね。大口の顧客を掴んだから、これからは大々的にやっていきたいんだ」
「護衛目的、というのは本当だったわけか」
「そそ。それと、小規模な武装組織を潰してもらったりもしてほしいかな」
「無茶を言う……」
「そのくらいの無茶をしないと、格差をなくすなんてできそうにないしね。いやまあ、正確には資本主義を謳う以上格差を完全になくすことは無理なんだろうけど、限りなくそれに近い、或いは救済措置を設けてもらいたいのよね。君だってさ、分かるだろ? パン屋の子はパン屋! 戦士の子は戦士! 例え、どんなに優れた才能をもっていようと、それを発揮することはこの世の中難しいわけだ」
男の言っていることは理解できる。自分の父もまた傭兵だったからだ。自分は適性があったから良かったものの、友人の傭兵には適性がなく苦労していた者も……そして、才能がなかったばかりに死んでいったものも大勢いた。
「そうなってくるとさ、貧しい家庭は次世代も貧しいわけだ。負の連鎖が続くわけよ。第一、好きじゃないことやってて楽しいか? 本当はやりたいことあっても我慢して、にも関わらず貧乏なまま。君の国もそうだったよね?」
「貴様……! 我が祖国を愚弄するか!」
「いやだってそうじゃん。戦争に負けたのは結局のところ国力……つまり金の差だよ」
「……ッ!」
否定は、できなかった。
負けた皆が誰しも痛感したことだ。
個々が幾ら強かろうと、武装の差、兵糧の多寡、移動手段の差、兵士以外の人手のなさ。
全てに於いて、ベスティアは負けていた。
「でも、君の国が悪いわけじゃない。行政もよくやっていたと思う。金銭を獲得する手段として傭兵業は間違ってなかったよ。差がついたのは、マレビトによる技術供与の時点かな」
「……」
「ベスティアは資源は豊富だったけどそれを加工したり販売する手段は手薄だった。職人も少ないし、マレビトから技術供与を受けても浸透は遅く、国が繁栄するための一助にはなり得なかった。他国が多業種に於いて目覚しい進歩を経ていく中、君たちは取り残された。輸出する資源がなくなれば外貨を得る手段はなくなる。だから、従来の傭兵業にさらに重きを置いた。だが、それは身を切る行為だ。自国の戦力を他国に晒しているも同然だからね。そして、他国からしたらベスティアは資源の塊だった。しかるべき戦力が整えば、侵攻は時間の問題だった」
「……どうすれば良かったというのだ」
「技術供与の時点で、傭兵制度を廃止してその人的リソースを職業軍人と職人や農夫に割くべきだった。その時点では戦力としては他国より勝っていたのだから、人獣同盟以外の同盟を結ぶことも可能だっただろう。特にドワーフと親交を深め、人材交流を行えば自国の資源を加工できる技術を習得してより外貨を得て国内産業の発展にも繋がっただろう。流通量を絞り、技術を秘匿できれば物の価値をコントロールできるし、他国に優位に働きかけることもできたかもしれない。まあ、これらは飽くまで結果論に過ぎないけどね」
「……そうか」
我が祖国は常に貧しかった。けれど、それ故に人との繋がりは重視され、皆愛国心を忘れずにいた。
あの穏やかな日常は、もう戻ってこない。
「お前が知恵者だということは分かった。だが、もう全て遅いのさ」
「それはどうかな?」
「なっ!?」
「あっ、言ってみたかったんだよね、これ~」
からからと軽く笑う男に、自分は何かを感じ始めていた。
目線を、眼前の男から逸らすことができない。
「復興の目はあるのさ。取り返そうぜ、国!」
「冗談はよしてくれ……そんなこと、できるはずか」
「さっき俺、大口の顧客がいるって言っただろ? あれ、ユーティラス王国の王子なんだわ」
「何!?」
「人獣同盟は知ってるよね?」
「知らないわけがないだろう」
ベスティアとユーティラスは一万年にも及ぶ長い間不可侵の同盟を結んでいた。
起源は開国の祖が師弟関係にあると言われており、歴史的にも重視されていた同盟だ。故に、ユーティラスの突然の侵攻に我々は対応しきれなかった。
「ユーティラスも一枚岩じゃないのさ。現国王とは異なり、従来の亜人親交派がまだいる。そのトップが王子なのよ。そして、彼は条件付きで亜人戦線を支援してくれる。君たちが支援を受け容れるのならばね」
「そんな、ことが……いや、ありえない! 信じられるものか!」
男が一歩前に近寄り、片眼鏡越しに俺の顔を覗く。
「嘘は良くないね。君は信じたいと思ってる!」
「そんなことわかるわけが……!」
男は待ってましたとばかりの笑みを浮かべ、モノクルに手をあてた。
「最後の自己紹介と行こうか。俺はマレビトにして最上位の魔道具たるアーティファクトの使い手。俺のアーティファクトは嘘を看破する。君は今、俺の話を信じはじめている。違うか?」
「っ……」
熱弁する彼に、口を噤むしかなかった。男の言うとおりだった。信じたいと、そう願ってしまった自分がいた。
「やってやろうぜ! 国取り返して、貧しさから脱却して、みんながやりたいことをやれる! 笑顔でいれる! 俺ならばやれる! そして、その暁には……」
「……」
「世界中を、同じように幸福で満たしたい。その手伝いをしてくれ」
「……ならば、それを命じればいい」
「……いや」
男は懐から鍵を取り出すと牢を開けた。
今なら彼を殺すのに10秒もかからないだろう。
だが、そうする気にはならなかった。
「これは取引だ。俺と君は対等な関係だ。だから、奴隷にはしない。どうだ、結んでくれるか? この契約」
一歩、前に出る。これまでの重い足取りとは違う。希望を感じた者の、感動的な第一歩だ。
男……ブランの手を取る。
「結ぼう、いや、結ばせてください。自分は貴方に命を捧げます」
「いや敬語はいいって!」
自分は、生涯この男のことを忘れることはないだろう。
例えこの身が死したとして、我が忠誠は決して変わることはない。何年も付き合う内に、忠誠心は日に日に増していった。
「じゃあ、取引成立っと! 何か質問とかあるかな?」
「……ひとつ、良いですか?」
「堅苦しい敬語はよしたまえよきみぃ」
敬語はよせと言いながら偉そうに笑う。自身の主たる男が話術の他にユーモアにも長けていることを知った瞬間だった。
「何故、自分を2000万リルで買ったのですか? 1200万リルで買うこともできたでしょう?」
買う、といった言葉に一瞬眉を顰めるも、彼はすぐさま返答した。
「理由は、俺が商人だからさ」
自分の手を引いて、歩き出す。
「良い商品には適性な価格を! 君の価値は1200万じゃきかないからだよ」
商人……ブラン様は朗らかに笑った。
「行こうぜ、相棒!」
余談ですが、このブランという男は宗一君よりも過酷で不幸な人生を送ってきています。
父親は戦争で死に、母親は娼婦で子供がいると不都合なため捨てられました。浮浪児として生活し、平等を謳う政治家に石を投げたことが原因で死にました。
その後、中世に於ける薔薇戦争と同様のことが起きている小国の王女に召喚されます。
自分だけが助かろうと行動するも、王女の理想と人物像に惹かれて行動を共にするようになります。
平和を望む彼女を女王にするべく奮闘し、他王子に資金供与をしている貴族に国外逃亡の幇助を行い基盤を崩し、自らの手を汚すことなく戦況を有利に運びます。
しかし、その事実が露見し王女陣営は壊滅。ブランと少人数の子供だけが生き残ります。
最愛の人物を失くした彼は王族に不信感を抱く市民をまとめ上げ、武力組織として束ねます。残った陣営の武力を均一化させ、共倒れさせ弱体化させたところを鎮圧。
王位継承権を巡る争いに終止符を打ち、新たな国王に亡き王女を指名。自身は代理として国を立て直す。
その後、自らの地位を後続に託し、亡き王女の願いを遂行するべく放浪の旅に出るのでした。
因みに、本人に戦闘能力は微塵もありません。




