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狼と武器商人1/3

前回と同じく下書き段階なので細かいところは許してください。

1章に登場する予定だった商人の男です。

「ウェアウルフの血を引き継ぎし亜人戦線の元主力にして旧ベスティア随一の傭兵! 数少ない旧傭兵組合最高ランク! 抜群の戦闘力を有する戦奴で御座います! 迷宮攻略のお供や戦争の一番槍までなんでもござれ! 初動価格は1200万リル!」


かつての祖国の地で、憎きユーティラスの富豪どもが雁首を揃えて収監された自分を見ている。頭から足の先まで、値踏みする視線が絶えず向けられ、怒りのあまり牙を剥かずにはいられない。双眸は人間味が薄れ月の色に染まり、黒い瞳孔は憎悪のあまり暗闇よりも深い色合いを滲ませていた。開いた口元からは獰猛な野獣の如き唸り声が地鳴りのように空気を震わせている。


せめて、我が瞳、我が肉声にて一人でも憎きユーティラス人を殺せれば……!


その想いが伝わったのだろう、順調だったオークションはそれまでの喧騒が嘘のように静まり返っていた。例えるならば、草食動物の群れにふと肉食動物が紛れ込んだかのような緊張感。


「え、えーと、現在1400万リルですが……他に入札希望の方いらっしゃいますか?

 ……え? 入札の取り消しですか? そ、それでは1200万リルから再度競売に……」


自分には御しきれないと判断したのだろう。恰幅の良い商人と思しき男は、青ざめた顔でこちらを一瞥し、目を反らした。


痛いほどの沈黙があたりを支配する。


誰も自分を買う者などいないだろう。如何なる服従の魔法を刻まれようと、脱走奴隷として世界中で指名手配されようとも、自分は最後までベスティア人として生を終える。


人獣戦争に於いて敗北し、属領とされた我が祖国への忠誠は、国主がいなくなろうと、国としての形を保っていなかろうと消えはしないのだ。


ひとりでも多くのユーティラス人を屠ってみせよう。

それが散っていった同胞たちへの手向けだ。


「皆さん揃って目は節穴なんですかね~」


誰もが俯く中、場内後列の男が立ち上がった。


「司会の人、俺、入札したいんですけどいいですかね?」


誰もが豪奢に着飾る中で、その男はいたって普通の身なりをしていた。

注意して見なければ一般人と取られかねないような商人にしては貧相な身なり。着こなしもどこか不格好で間抜けにすら見える。


「え、ええ! 勿論良いですとも! なんなら初動価格でのご提供も――」


司会の弾んだ声が響き渡る中、商人は告げた。


「2000万で、即決」


場内が、恐怖と打って変わって驚きのあまり沈黙した。


「したいんですけど、いいですかね?」


これが、自分ことアンダルと超一流商人ブラン様との出会いだった。

不思議とこのとき、長い付き合いになるような予感がして……その予感は的中することになる。


――――


「いや~、お客様のおかげで助かりましたよ~。あの場内の冷えっぷりときたら!」


「領主の下手な冗談にも笑顔を絶やさない豪商たちがあの様ですからね~。貴重な経験ですよ、これは」


「ええ、ええ。仰る通りですね」


舞台裏で談笑する司会と商人。

彼らは少しの間歓談に耽ると、徐に自分へ視線を向けた。


「それで、如何致しましょう」


「あー、オプションの件ですか」


「そうです。我々は奴隷界隈の中でも随一の規模を誇る組織です。田舎で奴隷を売るようなコソ泥とは違いまして、きっちりとお客様の安全は勿論、ご要望を叶えます」


「あー、はいはい。服従と制約の魔法のことですね」


司会は一瞬目を丸くした後、気味が悪いほどの笑みで商人ににじり寄った。


「ええ、ええ! 流石2000万リルをポンと払うお客様は格が違う! その通りですとも! お客様の要望に合わせて制約の内容を調整することもできます! 違約時の罰はどのような魔法がお好みでしょうか? 一番安いのは電撃ですが、中には変わったものもありまして……」


「ああ、いえ。オプションは結構です」


「は?」


瞠目。司会の男だけではない。自分も驚愕を禁じえなかった。

服従と制約の魔法を付けないということは、奴隷をそのまま野放しにするに等しい。

この男は今、自殺を宣言したようなものだ。


「え? あ? ええと、もしや、腕に覚えのある方ですかね? ですがこの亜人はですね……」


「違いますよ、自前で持ってるんですよ。そういったオプションを付与できる魔道具を」


「あ、そういうことでしたか!」


司会の男は合点がいったようで安心したようだったが、自分は解せなかった。

オプションには金がかかるから倹約のために自前のものを使う、といった意図に見えるが、それならば何故1200万でなく2000万で自分を買ったのか。

この男の意図が、まるで見えない。


「ああ、でも頼みたいことはあるんですよ」


「ええ、何でも申し上げて下さい!」


「彼の傷を治療できる人を紹介してくれませんかね?」


司会の男が顔を引き攣らせた。

自分は、いよいよもってこの男の意図が理解できなかった。


――――


「あの~、本当によろしいので?」


「ええ、お願いします」


通常であれば、傷跡は塗り薬や薬草を加工した液体をまぶして塞ぐ。

治癒魔法を扱えるのは教会に仕える一部の人間のみで、高い喜捨を取られるからだ。

加えて、違法とされる奴隷の治療ともなると奴隷販売組織とつながりのある治療師に限定されるので喜捨はさらに高くつく。


「あの、今更ですが。ご購入後の安全は保障しかねます。せめて服従の魔法をかけてからにされた方が……。牢を破る可能性もありますし」


「そういえば言ってませんでしたね。俺は彼を護衛目的として引き込みたいんですよ。いざというときに満身創痍だと困るでしょう?」


「仰ることはわかりますが……」


答えになっていないな。

それに、返答の際に 買う という言葉を避けたようにも見えた。

奴隷に忌避感でもあるのか? 聖者のつもりなのか?

治癒が完了すると、男はこちらに背を向け司会に告げた。


「ここから先は二人きりにしてもらってもいいですか? 服従の魔道具は希少なものでして、製法が漏れると困るので使用時は可能な限り人目を避けるように言われてるんです」


「あ、はい。勿論ですとも。お客様のプライバシーには踏み込みません。どうか、お気をつけて……」


司会の男は去った。

狭い室内で、自分と男の二人だけになった。


「やあ、名前を聞いてもいいかな?」


「……話す気はない。聞きたければ服従の魔法をかけろ」


「ないよ、そんなもん」


「……は?」


言葉を失った。

そうなると、この状況は兎が肉食獣の前で腹を見せるに等しい。

幾ら頑強な檻といえども、時間を掛ければこじ開けることも不可能ではない。


「ビビったかい?」


無邪気な子供のように笑う男。

豪胆を通り越して阿保だ。


「馬鹿か、お前」


思わず口をついて言葉が出た。


「そうだとも! 俺は世界有数の馬鹿さ! なにせ、商人のくせしてこの世の格差をなくそうとしてるんだからね!」


男は事も無げに、大それたことを言って見せた。

自分は、また別の意味で瞠目を禁じえなかった。


「ところで、誰か聞き耳たてたりとかしてないかな? 君、ウェアウルフだから聴覚が優れてるだろ? 分かったりしない?」


「……よく知ってるんだな」


ウェアウルフは肉体の頑強さだけが先走って知られているが、その実嗅覚と聴覚にも優れている。ウェアウルフが死ににくいのはフィジカルのみでなく、危機察知能力が高いからだ。それを勘違いした人間がウェアウルフは屈強故不死身だとか喧伝し始めたのだ。


「そりゃそうよ。俺亜人好きだもん。で、いる?」


亜人が好き、か。通常畏怖の対象して見られる存在を好むというのか。


「……聞き耳を立てている奴はいないな」


「よし、君の言葉を信じよう!」


男はいとも簡単に俺の言葉を信じた。


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