聖女の騎士1/2
誰かさんにまつわるお話
「全ての想い、記憶、魂が帰るべき場所」
「この世界に生きる全ての生命が共有する普遍的無意識」
「そして、この世界線の記憶。魔導の深淵、虚ろの境界」
「勇ましき者を導いた者よ。賢者と謳われた万能者よ」
「そして、私を知る数少ない人よ」
「今なお足掻く、君の動機を見させてもらおう」
「これは千年前、魔神復活の折に英雄を召喚することになった亡国の姫君の話だ」
「彼と彼女の物語は、未だ潰えていない。可哀そうなことだ」
魔導王によって語られる物語
幕間 聖女の騎士
――――
「召喚者はシリア。お前だ。姉ではなく、お前が選ばれたことを名誉に思うが良い。今日、このときのためお前は存在していたのだ」
居丈高に、玉座の主から告げられる。
「……ありがとうございます、お父様」
私は出来の悪い聖女候補だった。
代々英雄を召喚できるのは皇族の血を引く女のみだが、召喚の時期に差し当たってその候補は二人いた。
私と、お姉様だ。
初代聖女であるルトワルト様の血を引く私たちは、他国よりも強力な英雄を召喚することを期待されていた。
しかし、過去の例を鑑みても召喚される英雄に法則は見られず運の要素が強い。
だから、万が一外れを引いてしまった場合の保険が必要なのだ。
その例は過去にも見られている。
私が今日まで生かされてきたのは保険のため。強力な英雄が召喚されればお姉様が召喚したことになり、弱い英雄が召喚されれば私が召喚したことになる。
出来損ないの聖女であることが大衆の目と、歴史書に刻まれるのだ。
「シリア、気負わなくていいのよ。私も貴方も聖女の血を継いでいること違いはないのだから、きっと良いほうに転ぶわ。そしたら、私は貴方が英雄を召喚したと公表してもらうようお父様と教皇様に掛け合ってみるわ」
お姉様は優しい。しかし、現実は厳しいものだ。お姉様の口にしたことがかなうことはないだろう。全てはお父様と教皇が決定したことだ。これが覆されたことは過去に一度たりともない。
「ありがとうございます、お姉様。私の全身全霊をかけて、きっと良い英雄を召喚してみせます」
聖女たらんとする、お姉様のためにも。
私のお先は真っ暗だ。
例えどちらに転ぼうとも、私は歴史の表舞台から去ることになるだろう。
聖女が二人いる、ということ自体が争いの火種になりかねないからだ。
例えば、教皇の座を狙う者が私を担ぎ上げるかもしれない、或いは、皇位継承権の低い兄さまや姉様たちが私に工作や陰謀を持ち掛けてくるかもしれない。
そのような危険性がある以上、役目を終えた私は用済みだ。
召喚の儀が執り行われる聖室へと、かつて舞台で目にした人形のような頼りない足取りで向かう。
そして、何度も諳んじた詠唱を聖女らしく、大仰に唱えて見せる。
全て、茶番だ。
これで私の役目はお終い。
もし、外れを引いてしまったら。
召喚された英雄も肩身が狭いことだろう。
私の所為でそうなってしまったら、どう詫びれば良いのだろう。
そんな思考を余所に、召喚陣が現れ神々しい光と共に……。
――私の運命が、現れた。
「……すみません、状況をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
誰もがそのとき、この英雄が外れであることを確信したという。
偉丈夫とは程遠い、針金細工のような筋肉のない肉体。
苦労が滲んだような白髪。
優しそうな瞳。
端正な顔立ちこそしているものの、およそ歴史に残る類の英雄ではない相貌。
でも、私だけは。
何故か、この人は私にとっての英雄に違いないと思った。
外見が好みだったというのもあるが、私と同じように、不当に虐げられた者特有の陰鬱さを感じたからだ。
そして、精密検査の結果。
彼は外れ英雄の烙印を押されたのだった。
――――
「剣も使えなければ弓も使えず。膂力もなければ脚力もなく。魔法も知らず、武勇に秀でたところがひとつたりともありません。彼のイデアは外れです」
彼の総評は酷いものだった。
召喚された彼は、一応は英雄ということで客室へと通されたが、今後どうなるのかは明らかだった。
過去、外れと呼ばれた英雄でも、何かしらの長所はあった。それを伸ばす訓練を行うのが通例であったが、長所がないとなると名目上魔神討伐の面々に加わされるだけとなる。
それまで生きていれば良し、あとは死んでも構わない、国としての義理は果たした。という流れになるだろう。
勝手に呼びつけておいて、見殺しにするのだ。
私が、私が呼んでしまったばっかりに……。
月光が差す部屋の中で、枕に顔を埋めて自戒する。
涙が止まらない。
私ひとりならどうでもいい。
だが、彼だけは何とかしてあげたい。なのに、自分にできることなどなくて、あまりにももどかしくて、辛くて……。そんな折に、控えめな音が扉越しに響いた。
「こんな夜更けに何の用ですか?」
「皇族に対するご無礼をお許しください。私は貴方に召喚された者、ロバート・エルソンと申します」
その名を聞き、私は即座に飛び上がりドアノブを捻った。
「……間の悪いときに訪ねてしまい、申し訳ございません」
「あ……」
私の瞼には泣きあとが残っていたのだろう。皇族にあるまじき無様な姿だ。
「と、取り合えず中に入ってください。誰にも見られませんでしたか?」
「はい、その点は抜かりなく」
私は彼を室内へと招き入れ、椅子に座らせた。
驚いたことに、その所作は完璧だった。彼は異世界より来たにも関わらず皇族に対する礼儀を弁えていたのだった。
「貴方はもしかして、異世界の皇族なのですか……?」
私がこう思うのも無理はないだろう。
しかし、彼は予想外な答えを返した。
「いえ、本日皆様の振る舞いを見て覚えました」
眼前の彼は、一日で複雑極まる礼儀作法を習得したのだという。
もしかすると、彼は武力とは関係のないイデアを授かったのかもしれない。
だが、国が求めているのは武力だ。
彼は紛れもない逸材だろう。文官の素養は高いに違いない。彼が英雄として呼ばれてさえいなければ、異世界で名を馳せることもできただろうに……!
私は……!
「貴方には、謝らないといけませんね……。私が貴方を呼んでしまったばかりに、貴方の未来を閉ざしてしまいました……。このことに関して、私は出来うる限りの謝意を見せたいと思っています」
罵詈雑言は覚悟のうえだった。他人の所為で死ぬと決まっていて、恨み言を吐かない人間などいないだろう。
しかし、彼は……。
「いえ、皇女殿下が謝る必要などありません。私は、貴方と貴方を取り巻く事情を把握しております。敬語を使う必要のない人間に謝意と誠意の念を表し、貴方は罪悪感を抱いているのでしょう。それだけで、私は救われています」
まるで聖人のような言葉。聖女と呼ばれる私より、よっぽど人徳のある発言。
いや、待て。その前に彼はなんと言った……?
「私の事情を、把握している……?」
男は満面の笑みで返した。
「ええ、貴方は今夜殺されます」
「え……?」
予期していたことではあるが、改めて聞かされると気が狂うほど不安が押し寄せてくる。
だが、縋る相手などいる筈もなく……。
「私は貴方をお守りするため、今宵馳せ参じたのです」
補足(今後出す予定の設定でした)
教会の持つ権力は国王に次ぐものです
これは千年後でも変わりませんが、現代の聖女は聖女としての力が弱く、教会の機能は低下しています
聖女は勇者の血により力を得て、その力を次代の聖女に継承する性質があります
ですが、冒頭に亡国の姫とあったように国が滅びたため、最も血の濃い宗家の聖女は全員公的に死に絶えています
そのため、傍流の聖女が台頭し、継承されるべき力も知識もないのが現状です
イデアとは、作中で語られていた神々からの加護のことです
国と共に専門用語が失われました




