血と暴力
2021/8/31投稿開始
――今でもあの光景を覚えている。
「『――コール』」
降り注ぐ暴力。幼い僕を抱きかかえる母。肩越しに覗く殺意に満ちた眼。
獣じみた濁声。苦痛に歪む母の笑顔。
搾取する者と搾取される者の関係。
追想を振り払うように、傍らに出現した魔導書のページが捲れていく。
兎の尾のようにスカーフを靡かせる男の背に向かって右手をかざす。
「『水滴よ、貫け』」
「ま、魔法だと……!?」
血と暴力は嫌いだった筈だ。
母を虐げたあの男たちみたいで。
あいつらのようにはならないと、そう誓った筈だったのに。
「『水針』」
――虚空に現出した針を模る水滴が撃ちだされる。
男が振り返り、身を捩るが既に遅い。
拳銃に似た発砲音と共に、男の膝から血が噴き出す。高圧の水が肉と、血と、骨を抉り男に膝をつかせる。
僕はゆっくりと、恐怖に顔を滲ませる男へと歩みだす。
「わ、悪かった。荷物は返す! 探索者も金輪際辞める! だから――」
「誠意には誠意を」
今の僕は大嫌いな彼らの生き写しそのものだ。
「なら、悪意には?」
言い聞かせるように呟く。
「同じことだ。悪意を以て応えるまで」
懐から短刀を取り出す。
眼に見える殺意に、男が崩れ落ち壁にもたれる。
「――全て置いていけ」
血の滲む男の膝を踏み潰し、切っ先を眼前に突き出す。
「こ、これで盗ったものは全部だって! だから、命だけは……!」
こびへつらうような笑み。弱者が強者に縋るみっともない光景。
僕は、これを知っている。
「……分かった」
「さ、流石やり手の探索者は違う! 懐の広さがデカい!」
苦し紛れの笑顔。先ほどまでの素っ気なさが嘘のように、僕の荷物持ちだった男は笑っている。
僕は下らない世辞に鼻をならし。
「――え?」
薄汚い笑み共々、男の顔を蹴り抜いた。
「何を勘違いした?」
盗まれた荷物の中には今日明日を生きるために必要な物が全て入っている。
一日一日を生きるので精一杯。そんな僕に余裕などない。当然、懐が広い道理などない。
「こ、殺さないって言ったじゃねぇか!!」
豚のように喚き散らす。厚顔無恥。盗人猛々しいとはこういうことを指すのだろう。
「――足りない」
「は?」
「言っただろう。全て置いていけと」
事ここに至り、僕の意図を察した男は顔面が蒼白になる。
僅かに力む足元。逃げようとする意志。僕は創傷をより強く踏みつけ、膝ごと床に縫い留める。
「置いていけ。命以外、全て……!」
絶望が男の顔を浸していく。こんなことがあるわけがない、嘘に違いないとばかりに双眸の焦点が定まらなくなっていく。現実を見ていない。
だが、こんなことは日常茶飯事だ。
ここは迷宮、暗い世界。
どこまでも残酷な、異世界という名の現実。
生き延びる為なら、元の世界に帰るためなら、手段なんて選んでいられない。
どんなことだってやってやる。
だから僕は決して、誰もが憧れる英雄になんてなれやしないのだ。
例え、その役割を期待されていたとしても。
もう、あの頃には戻れないのだから。
次の戦闘シーンは33話の 夜襲 ここから戦闘の連続。
タグの闇堕ちは51話 覚醒と 52話の魂の重さ。
オススメの戦闘シーンは48話 10秒の決闘。
ナイフでの戦闘シーンは大体アクション映画みたいになっています。
気になったら最初から読んでみてください。
よろしくお願いします。