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タケルとトオル  作者: みゆき
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サエコの赴任

 春のある日、二人の男の子を連れ、北村サエコは常駐医として津山17村に赴任してきた。 


 村は、村の出張所役場前の広場を中心に集落があり、その周りを広大な村営の田畑が広がっていた。蓮華の花で、ピンク色に染まった田んぼが美しかった。

「やっと着いた。」

 サエコは独り言を言いながら、よちよち歩きの子供たちとバスを降りた。子供達を連れての長旅で、サエコは疲れ切っていた。

 津山17村は、最寄りの津山市から日に2往復しかないバスで1時間、首都の新京市から2日かけてやっと到着する、人口350人の過疎化が進んだ典型的な地方の村だ。

 

 圧倒的な医者不足の中、辺境の村に常駐医が来ると村中お祭り騒ぎでサエコを歓迎した。

 初めて見るサエコは、50代前半で背が高く細身で、厳しい顔立ちの無口な人だった。

 歓迎会でもほとんどしゃべることのないサエコに、村人たちは戸惑った。

「こんな感じで、安心して医療が受けられるのか・・・?。」

 最初の大きな期待が、不安と失望に変わっていった。


 サエコが連れてきた子供たちは、タケルとトオルと言った。2人ともサエコの子供ではない。

「訳あって15歳まで育てることになった。」

 サエコの説明は色々憶測を読んだが、サエコはそれ以上自分たちのことを話すことはなかった。


 診療が始まると、サエコはかなり優秀な医者だと言うことがわかってきた。

 相変わらず無口で無表情ではあるが、的確な治療と丁寧な説明、健康相談などにも親切な対応、評判はとてもよく村人たちの不安は杞憂に終わった。。  

 

 サエコへの信用が、揺るぎないものとなった出来事がおこったのは着任から2年後の春のことである。


 出生率の低下はこの国にとって、深刻な問題である。不妊治療なしに子供が産まれることはほとんどなくなっていた。

 この村でも、人口350人に対して、2年に一人生まれるかどうかと言う状態であった。人口縮小が止まらない村で、出産は村をあげての祝い事である。


 飯島マチコは妊娠37週目、村のみんなが出産を待ちわびていた。マチコにとって、二人目の子供であった。

 二人目出産という、村にとって奇蹟のようなこのイベントに村中の期待を集めていた。


 ある日の昼過ぎのこと、サエコは午前の診療を終え、軽い昼食の後コーヒーをゆっくり飲んでいた.午後の日差しが心地よかった。

 隣の部屋で、タケルとトオルの遊んでいる声が聞こえていた。

 

 午後の診療前に寛いでいたサエコの所に、マチコの夫トシオが血相を変えて飛び込んできた。

「何事ですか?。」

 サエコが平静を保ったまま静かに聞いた。

「マチコが・・・マチコが腹が痛いと言って動けなくなったんです!!。先生、どうしましょう?。どうしたら良いんですか??。」

「奥様は、今どんな状態ですか?」

「だから、動けないんです!!。どうしよう・・・。」

 サエコが詳しく聞こうと思っても、気が動転しているトシオはどうも要領がえない。

「とりあえず、奥さんのところに行きましょう。」

 埒が開かないし、緊急事態には間違いなさそうなので、マチコの元へ行くことにした。


 隣の家に行き、留守中の子供達のことと、万が一に備えて何人かで担架を持って来て欲しい旨を頼み、急いでトシオの家に向かった。


 マチコは、家に隣接している家庭用の小さな畑の脇でうずくまっっていた。

 相当苦しいみたいで、肩で息をしていた。顔も青ざめて貧血を起こしているようだった。

「話せますか?」

 意識が朦朧としているようで、サエコの声にも反応しない。下半身に血が滲んでいる。出血しているようだ。

(まずい・・・。)

 サエコは務めて冷静にトシオに伝えた。

「常位胎盤早期剥離の可能性があります。すぐに診療所へ運びます。」

「常位胎盤・・・なんですか?それ・・・。」

「出産前に胎盤が剥がれてしまうことです。これから緊急帝王切開になると思います。」

「大丈夫なんですか?」

「診療所で詳しく見てみないとなんとも・・・。」

トシオの質問に答えている間に、村の男連中が担架を持って集まってきた。

 

「そっとマチコさんを乗せて・・・急いで診療所に戻りましょう。後誰か出張所のユウコさんを呼んで来てください。トシオさんはフミカちゃんを一緒に連れて来てください・・・多分時間がかかります。」

 サエコは手早く指示を出し、マチコを乗せた担架が揺れないよう慎重に診療所へと運んだ。

 

 診療所についてからの、サエコの動きは早っかった。

血液検査とエコーを素早く終わらせ、トシオを診察室によんだ。

「やはり、常位胎盤早期剥離で間違いありません。時間がありません。今から緊急帝王切開に入ります。」

「大丈夫なんですか?」

 トシオが心配そうに聞いてくる。

「思ってたより出血は少ないようです・・・。大丈夫。必ず私が助けます。」

 これは半分自分に言い聞かせているのだと、サエコは気を引き締めた。


 トシオに説明をしているところにユウコが入ってきた。


 川端ユウコは看護師の資格を持つ保健士で、普段は地方役所の村の出張所にいる。

 どの村にも一人は必ずいるこの保健師は、村の福利厚生を全般に扱っている。

 ユウコは40半ばの明るい性格の女性で、タフで度胸があり、サエコはとても頼りにしていた。

 医師不足のため、サエコは他の村も担当している。巡回のスケジュール、緊急時の対応、村の健康診断など、ユウコはサエコのマネジメントを全てを請け負ってくれている。

 ハードワークにも明るく軽やかにテキパキとこなしていくユウコを、サエコは心から信頼していた。

 

「ユウコさん、緊急帝王切開になります。アシスタントお願いします。」

 手短な説明でユウコは、何をするべきか全て理解している。

(やっぱりこの人はすごい。私の不安まで消し去ってくれる。ありがたい。)

 サエコは、改めて心の中で感謝する。


「フミカちゃんと遊んでらっしゃい。」

 準備の合間にサエコは、タケルとトオルに声を掛ける。そして、不安で泣いているフミカに優しく声をかけた。

「フミカちゃん、、ママは今から少し頑張らなくっちゃいけないの。心配はいらないけど少し時間がかかるから、隣の部屋でタケルたちと遊んでいてくれる?」

「ママ、大丈夫?」

「大丈夫よ、もうすぐフミカちゃんお姉さんになるわ。」

 サエコはフミカに優しく言った。


 手術に入ってからのサエコは迷いがなかった。

 腹を開いて、慎重に赤ちゃんを取り出す。そしてユウコに委ねた。

 最初の見立て通り、マチコの出血は少ないようだった。

(これなら、大事に至らない。輸血も必要ないし回復も早いだろう)

 サエコは素早く判断する。

 だが、なかなか赤ちゃんの泣き声が聞こえない。サエコは少し焦る。

 ユウコも緊張の眼差しでサエコを見ている。

 赤ちゃんは、顔をギュッと顰めたような顔をしている。苦しそうだ。


「酸素吸入の準備を・・・。」

 サエコがそう言いかけた時、赤ちゃんが泣いた。無事肺呼吸ができたようだ。

 一旦泣き始めると、診療所全体に元気な声が響き渡った。外で心配そうに待っていた人たちの歓喜の声も聞こえてきた。

 時間にして3分ほどだが、とても長く感じた。

「よかった、これで全て上手くいく。」

 サエコとユウコは心から安堵した。


 マチコの処置を手早く終わらせ、サエコは処置室の外にいるトシオのところへ行った。

「先生!!。マチコは無事ですか?。赤ん坊も大丈夫ですか?。あぁでも・・・赤ん坊は元気に泣いている・・・。」

 喜びと不安が入り混じった複雑な表情を浮かべ、サエコに駆け寄った

「上手く行きました。母子ともに無事です。」

 トシオは安心と喜びでその場で泣き崩れてしまった。

「元気な女の子ですよ。おめでとうございます。」

 サエコは優しく微笑んだ。

「ただ・・・、赤ちゃんの方は一応詳しく検査をします。胎盤が剥がれて酸素不足の危険がありますので・・・。」

 サエコの説明に、またトシオは不安になったようだが仕方がない。

(まぁ、あの泣き声を聞く限り大丈夫だとは思うが・・・。確信は持てないし・・・。)


 マチコも傷が塞がるまで安静にしなくてはいけないので、多分1週間ぐらい親子揃っての入院ということになりそうだと、サエコはトシオに説明をした。

 トシオは子供部屋にフミカを迎えに行った。

フミカは、緊張で疲れたのか眠っていた。タケルとトシオが優しい顔でフミカを見ていた。

 揺り起こすと、フミカはすぐ目を覚ました。

「ママは?。赤ちゃんは大丈夫!?。」

 フミカは、起きてすぐトシオに聞いた。

「大丈夫だよ。フミカ、妹ができたよ。ママのお腹が塞がるまでしばらく入院するけどね。フミカ、ママが帰って来るまで頑張れる?」

「うん!。大丈夫!!。フミカ毎日ママのお見舞いにくる!!。」

 フミカは元気に返事した。


 生まれた赤ちゃんは、メグミと名付けられた。体重は小さいものの心配した後遺症もなく、元気に成長していった。 

 半年もすると首も座って表情が増えてきて、その愛くるしい姿に村中の人たちが夢中になった。大した用事もないのにメグミの顔を見るため飯島家に集まり、飯島家はいつも賑やかだった。


 診療所に来る村のお年寄りたちが、まるで自分の孫のようにメグミのことを話していくその姿に、サエコは思わず思い出し笑いをする。

「サエコ先生、いいことあったんですか?。」

 診療助手に来ていたユウコが声を掛ける。

「え?。」

「嬉しそうに微笑んでたから・・・、最近顔が優しくなりましたよね。最初のうちは・・・ごめんなさい、ちょっと怖かった。』

 ユウコがいたずらっぽく笑う。

「私、人見知りが激しいのよ・・・多分・・・。」

 サエコは苦笑いをした。


 村中がまだまだメグミに夢中になっていた秋のある日、村の出張所の所長が変わることになった。

 新しい所長の林田ユウジが、妻のキミコと娘のミドリと伴って、村に引っ越しして来た。新京市からの赴任ということだった。

 ユウジは物腰の柔らかい穏やかな人物で、妻のキミコは物静かな人だった。娘のミドリは、あまり2人に似ていなかった。気の強そうな大きな目が印象的な、綺麗な顔をした子供だった。


 サエコは、中途半端な時期にわざわざ新京市から新しい所長が赴任して来たことに、少し違和感を覚えた。

(珍しいことではないし・・・考え過ぎか・・・。)

 

 

 



 

 

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