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第陸話 いざ来ませ、異邦人の救い主よ

初の別視点となります。

「双子のエルフ! あの世界を恐慌に陥れた魔王も、元はこのエルフです!」


 人間の商人が妹の髪を無造作につかみ上げる。


「キャッ!?」


 妹はその衝撃に恐怖し、苦痛に顔を歪ませ、その瞳に涙が浮かばせた。


「おい!! やめろ!!!」


 我慢できない。

 苦しんでいる妹の顔なんてみたくない。やるなら俺にしてくれ!


「その汚ねぇ手を離せ!!」


 商人に対して吐き捨てる。

 人間は俺たち異人からこう言われるのを心底嫌う。


「あ? 誰が汚いだと?」


 狙い通り、商人の狙いが俺へと変わる。


「汚いのはお前だろ! 異人の分際で!」


 無抵抗に縛られた俺の鳩尾へ、一切加減のされてない拳が叩き込まれる。


「ゴフッ!!」


 息ができない。でも、妹に手がかからないのであれば、それほど嬉しいことはない。


「さぁ、皆様! 石の用意は出来ましたか!? この騒がしいゴミを処分しましょう!!」


 商人は気を取り直したように観客へと声をかける。

 あたりは熱気に包まれた。人間の目はすべて俺たちへと向けられている。

 早く石を投げさせろ。殺させろ。殺させろ!殺させろ!殺させろ!!殺させろ!!殺させろ!!!殺させろ!!!

 純粋な殺意が俺たちを包み込んだ。


「俺は死んでも妹を守る……」


 絶対に俺が守る……

 唯一の家族で唯一俺が託された俺の生きる意味……


「命にかえても守る……」


 俺に出来るものはなんでもする。妹以外で捧げられる俺のものはなんだって捧げる。

 自分のものだったら何でも賭けていい。だから、頼む。この世界に神がいるなら助けてくれッ……!

 あいつだけでいいから……!


「呵呵ッ!! その意気やよしッ!! 気に入ったぞ!!」


 唐突に知らない声がこの場に児玉した。

 歓声が一斉に止む。熱気が冷める。一瞬で静寂による支配が始まった。


「なんだお前はぁ?」


 商人が舞台の下手に向かって声を投げる。

 気づけば、そこに見おぼえのない人間が立っていた。

 黒髪黒眼の男……。

 珍しい見た目をしている。正直、黒髪も黒眼も見たことがない。


「儂か? 儂は日本三大よッ……!?」


 客席から投げ込まれた石が男の額に直撃する。

 男は誰かをにらみつける。そして、わざとらしく大きなため息をついて、しぶしぶ承諾してやると言いたげな不満そうでめんどくさそうな表情を浮かべる。

 誰かと意思疎通をしているのか……?


「まぁ……クラマールじゃ…… とりあえずこの二人を救いに来た。」


 俺たちを指さして、何でもないようにとてつもないことを言い出した。


「それだけじゃ。」


 それだけ?

 あいつの言っている「それだけ」は「どれだけ」のことか理解しているのか?

 それはこの国においては一番の罪になるんじゃないのか?

 俺も数十年生きてきたがこんな人間を見たことはない。何を考えているのか、何が目的なのか一切わからない。


「お主ら、名はなんと申す?」


 ゆっくりと俺たちの方へ歩を進めながら、優し気に問いかけてくる。

 今はこのクラマールという男に全てを賭けるしかない。


「エシュリオだ。」


「エレネス……です……。」


 そうか……いい名じゃな……。

 小さくそう呟きながら、エレネスについた手鎖に手をかける。

 俺たちに付けられているのは『魔封じの手鎖』。

 触れたものの魔術行使を完全に封じるという、不思議な鉱石で作られており、その硬度も鉄より硬いとされている。

 現段階で破壊するのは不可能だ。


「お客さん…… 勝手なことしてもらっちゃ困るよ……」


 俺たちの後ろで待機していた傭兵が、クラマールの首根っこを掴み追い出そうとする。


「気安く触れるでないぞ?」


 しかし、目を向けることなく、その腕を軽く捻り上げる。


「あででででで!!??」


 背丈が190cmを超える大男が身動きをとれなくされている。

 正直、シュールな光景だ

 そのまま、クラマールは男を蹴り飛ばした。


「エシュリオ、エレネス。 少し手荒にするぞ?」


 そして、クラマールは力任せに二人の『魔封じの手鎖』を引きちぎった。

 引きちぎった!?

『魔封じの手鎖』だぞ!?嘘だろ!?


 あまりの出来事に呆然としていた俺たちはそのまま客席に投げ込まれた


「「うわぁぁあああああ!?!」」


「うわあああああああ!?!?」「異人が!!異人が!!」「おい!!逃げろ!!」「異人が逃げ出したぞ!!!」


 阿鼻叫喚。

 先ほどまでの静寂が嘘のように辺りが騒がしくなる。

 しかし、数秒もしない内に人間は誰も居なくなり、静寂が訪れる。


「アムリオ! 頼んだぞ!」


「任せてください。 もう大丈夫ですよ。」


 残っていたアムリオと呼ばれた人間が、俺達の頭を撫でながら優しく声をかけてくれる。

 人間にこんなことされたのは初めてだ。

 久しぶりに触れた優しさに色々な感情が溢れて壊れそうになる。


「テメェ!! やってくれたな!!」


 しかし、感傷に浸る間もなく怒号が響く。


「やってやったったわ……」


 わざとらしく挑発的な笑みを浮かべる。


「あの野郎…… いけ!! あいつを殺せ!!」


 顔を真っ赤にした商人は、傍らの傭兵に命令する。


「お、おい!! 危ないぞ!!」


 自分じゃ何ができるかもわからないのに、体が勝手にクラマールを助けようと動いてしまった。

 しかし、腕を掴まれ行動を阻害される。


「まぁ、多分大丈夫です。」


 今行く方が危ないと思います。と、なんの緊張感もない無表情でアムリオが引き留める。


 大丈夫……?今行く方が危ない……?


 こいつら理解してないのか?知らないのか?

 今、立っている二人はれっきとした傭兵なんだぞ?

 しかも、魔王の種子たる俺たちエルフ種を監視するため、派遣された精鋭中の精鋭。


「気が進まんが致し方なしだな……!」


 傭兵は剣を抜き、クラマールへと駆ける。

 そして、丸腰なのをいいことに命を奪うべく袈裟に剣を振るった。


「ガハッ!?」


 しかし、その場で倒れたのは傭兵のほうだった。

 一瞬の出来事だった。

 信じられないことだが、クラマールは柏手の要領で、命を奪うべく迫る凶刃を受け止めたのだ。

 そして、受け止めた状態のままノーモーションで飛び上がり、傭兵の首元へ回し蹴りを繰り出した。

 一連の動きに耐えられなかったのか、剣はへし折れてしまい、ちょうど刃の部分と柄の部分で分断されていた。

 傭兵もそのまま倒れて動かなくなってしまった。


「お、お前も異人か……?」


 先ほど腕を捻られた傭兵が声を震わせる。

 そう思うのも無理もない。

 正直、俺自身もあいつが人間だってことを信じきれないでいる。

 いや、一目見ればわかる。正真正銘人間だってことはわかる。それはあの傭兵も理解をしているはず。だが、そうだって脳が理解しても、『魔封じの手鎖』を膂力のみで破壊したり、一瞬で精鋭として派遣された傭兵を下したという光景は、すぐには処理をしてくれない。


「チッ…… ふざけやがって……」


 その表情は苛立ちを隠せないでいる。

 これを見てまだ勝算があるというところ、本当に精鋭なのだと確信させられる。


「『灼炎の使徒。我が身にその権能の一端を。』」


 紡がれる言葉は世界の理を歪める合言葉。

 そう『魔術』だ。


「只人への魔術行使は違法に当たるんじゃぞ?」


 この状況でもあいつはヘラヘラ笑っている。

 頭おかしいんじゃないのか!?躊躇なく剣を向けてくる奴らだぞ!?


 いや……この国で俺たちを助けようとした時点で、頭がおかしいか……

 遠回しの自殺願望者か、底抜けのバカかのどちらかなのだろう。どちらにしろまともな人間であるはずはない……


「異人が関わりゃその限りじゃねぇんだよ!!」


 確実に殺す。という一切の加減を感じさせない殺意を以て、飛び掛かった傭兵の拳がクラマールの構えた手のひらに叩き込まれる。


『爆破』(エクスプロージョン)ッ!!」


 瞬間、大爆発が起こった。


 舞台の外にいても伝わる熱風と、思わず後ろに倒れこむほどの衝撃。

 立ち込める白煙により、どうなったか確認はできないが、あの威力が直撃したんだ。どうなったかなんて考えるまでもない。

 ああ…… あいつももう木端微塵に……

 俺たちを救おうとしてくれた人間はこの瞬間、消えてしまった……


「ハハ!!これをまともに喰らってただで済んだ奴は………」


 煙が晴れる。

 そして、そこには原型を留めていない無惨な姿のクラマールがいるだろう……。

 安易に情景が頭に浮かぶため、俺達は舞台に目をむけることができなかった。


「あっつ~………」


 しかし、俺たちの想像とは真反対の吞気な声が聞こえてくる。

 クラマールは受け止めた手のひらをひらひらと振りながら立っていた。


 無傷で。


 無傷だなんて……どんな魔力耐性をしてるんだ……?

 これは本格的に人間の範疇から外れてしまっている。


「嘘だろ…… なんでだよ……」


 さっきまでの勝ち誇った表情から一転、絶望した顔へ変わる。


「気落ちするな。 格の差じゃよ。」


 今まで戦ってきた者の中で100本の指には入るぞ!!これは本当に誇ってもいい!!とか、慰めなのか煽りなのか理解できないことを言っている。

 本当に何者なんだ?なぜ、こんな奴が今まで無名で通っている?


「さて、儂も魔術を使ってみるかの……」


 これまでの展開から、どんな魔術が出てきても多分驚かないだろう……。


「瞬風の使徒。我が身にその権能の一端を。」


 言葉を紡ぐ……

 が、何の魔力の流れも感じない。


風撃(ブラスト)!!」


 傭兵に手を向け叫ぶ!

 が、なにも起こらない……


「ふむ…… やはり、なにも起きないの……」


 あれだけの魔術耐性を持ちながら、魔術行使に対する適性が皆無なのか……?

 想像とは全く正反対のベクトルに事が進んでしまい、脳がついていけない。


「クラマさん!!」


 アムリオが大声で叫ぶ。

 声を張れるように見えなかったから、少し面食らってしまった。


「魔術と妖術は根本同じです!」


 豆知識です!内緒ですよ!と大声で伝えている。

 内容を理解することはできないが、多分ここにいる全員に聞こえてしまっている。それは大丈夫なのか?


「なるほど…… いいことを聞いた!!」


 誰もが理解できない中、クラマールだけは合点がいったようににやけている。

 そして、一瞬で傭兵の懐へと肉薄した。

 歴戦の傭兵ですら気づけない。俺も気付かなかった。

 やはり、身体能力は驚異的というほかない。

 そのまま、無防備の鳩尾へと掌底を叩き込む。


「妖術『真空掌』!」


 言葉と同時にクラマールの掌で空気が爆発する。

 感じたことない大きさの魔力。そして、詠唱なしでの魔術行使。


 なんだあれは……?


 初めて見る形式の魔術だ……。

 というより、そもそもあれは魔術なのか……?


 傭兵は思い切り吹き飛ばされて、掌底を叩き込まれた所を中心に鎧が破壊されていた。

 そして、真後ろにいた商人共々舞台の壁にめりこんでしまっている。

 マンガみたいな現象に不謹慎だが少し笑いそうになった。


「さて、一件落着じゃな。」


 めちゃくちゃになった舞台からクラマールが降りてくる。


「いや、むしろ問題が山済みになりましたね。」


 アムリオが無表情のまま頭を抱えて、そのまま座り込んだ。


「なんで俺たちのことを……?」


 ずっと聞きたかった。

 どうして、俺たちを助けたのか。

 なんの目的で助けたのか。

 俺たちに信用させて生き残りを炙り出す為に?救った後に絶望を与えるために?

 嫌なことを考え始めるとキリがなくなる。

 だから、バレないように魔術を行使する。


深淵覗きし魔眼(リーディング・アビス)


 瞳を通じて心の中を覗く魔術。

 無詠唱で行使出来るように練習した。

 もう誰にも騙されないために。


「なぜ?」


 なぜ?


「そんなもの決まっておるじゃろ!!」


 そんなもの決まっておるじゃろ!!


「らぶあんどぴーす!!」


 らぶあんどぴーす!!


 屈託のない笑顔でピースサインをかがげた。

 その瞳からは言葉以上のものは聞けなかったが、それは一番聞きたい言葉を聞けたということに他ならなかった。

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