第肆話 主は言われた
「普通は記憶戻らないはずなんですが……」
まじまじと儂の顔を覗き込む。
作り物のような精緻な顔が目に入る。以前の生命を感じさせぬ、陶器のような白い肌とは違い、ほんの少し朱色に頬が色づいている。髪も同じ金色であるが、あの時の西洋絵画のような神々しさはなく、柔らかく光を反射して、暖かさを感じるそんな雰囲気を携えるようになっている。
そして、蒼く碧い不思議な色合いの瞳に視線が吸い込まれた。鼓動が早まり、顔が熱くなってくる。
産まれて初めての複雑な感情に歓喜した。
それは儂が人間として生まれ変わった故の変化やも知れぬ。
もしそうなら、酷く情動的で浪漫を感じるから、そう思うことにしよう。
それよりも気になることがひとつ。
「なぜ、貴様がここにいる……」
そう、彼奴は死した儂の前に顕れた神である。
運命を司る神で、輪廻から外れた儂を無条件で生まれかえらせるという提案をしてきた。
その運命神本人がなぜ儂の目の前に?
「いやはや…… お恥ずかしい話なんですけれども……」
頭をぽりぽりとかきながら(相も変わらず無表情なせいで断定できないが)恥ずかしそうに語り始める。
「私、輪廻から外れたあなたを人間として戻したじゃないですか?」
「まぁ…… そうみたいじゃな……」
まだ全くもって実感は湧いていないがここにこうして、生きているであろうことから、儂は人間として生まれ変わったんじゃろう。
「そのせいで、私も人間にされちゃったんですよね……」
「なぜ!?」
確かに、霊力に感しては完全に人間の範疇……。いや、人間にしては些か高すぎるきらいはあるが、少なくとも神格ではないの確かだ。
運命神はたははーと(表情が変わらないので恐らくであるが)自嘲気味に笑う。
「やっぱり、禁忌なんですよね。」
この運命神曰く、儂はやはりどう足掻いても六道輪廻に戻ることができないはずじゃった。
それを彼奴は強引に戻したそうだ。
儂は本来であれば、あのまま無窮に留まるのがこの世界の深い部分にある絶対の掟。
彼奴は儂の精神性が世界の平和に繋がる。このまま、無窮に閉じ込め続けるには惜しい。その気持ちで世界の掟に逆らったようだ。
「だから、急いでまして…… 説明不足になっちゃったんですよね最後。 その点、申し訳ございません。」
「いや、構わぬ…… むしろ、そこまでして人間として戻してもらったんじゃ、心底感謝しかしとらんよ……」
彼奴は無表情であるが、もしかしてもしかすると心根はものすごく熱い奴なのではないか?
神格共の行動原理や性格は全くもって知らぬが、世界をよくするために自分が人間に堕ちる道を選ぶなぞ……
なんというか、掴みどころのない奴だと思っておったのじゃが……
これはこれは……非常に面白い奴かもしれぬの。
「ちなみに、知っているとは思いますが、この世界での私の名前はアムリオ・オルファントと申します」
「あなたとは幼馴染で、学園の同級生で同じクラスです。」
そして、一応の紹介です。とアムリオはいろいろと自分に関してのことを教えてくれた。
オルファント家は儂とは違って位の高いちゃんとした貴族らしい。
そして、儂とアムリオは家同士が非常に仲がよく、儂らもこうして毎日一緒に過ごしているということ。
アムリオも家督は継ぐつもりはなく、医療魔術を極めて世界に貢献して徳を積みに積んでいって神に返り咲こうとしているらしい。じゃあ、儂でも徳を積めば神になれるのかと問うたが、そうではないとのこと。
アムリオは所謂、現人神という状態であるらしく、普通の人間より霊力(この世界では魔力)といらしいが著しく高く、無条件で神の加護が付与されてる状態であり、人生がちょろすぎて楽しいとか言っていた。正直後半はどうでもよさそうなので聞き流した。
つまり、神になりたいのならばまずは深く深く本当に人生を賭けるほどに神を信仰して、来世で現人神に生まれ変わって、更に徳を積むという過程が必要らしい。
天狗道に堕ちたクラマさんはスタートラインにすら立ててないんですよー。プークスクスと無表情で余計なことを抜かしてくる。
「というわけで、記憶が統合したばかりで、何かと不便でしょうが、幼馴染で運命神の私に訊いてくだされば大抵は解決するかと思われます。」
任せてくださいと胸を叩きふんぞり返るが、表情のせいで頼りなく感じる。というより、適当に感じる。
この先、彼奴の無表情芸に儂は慣れることができるのであろうか?
生まれ変わって、目下の問題はそれだ。
さすがに早く慣れないと儂の感受性までがどうにかなってしまうような気がする。
「と、説明はひとまずここまで。 学園に向かいましょうか。」
普通に遅刻してるので。と、現時点で一番大事なことを抜かしおった。