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来訪

 ユニスがオルガと再会を果たしたのは、戴冠式の翌朝だった。


「姫様、よくぞご無事で」


 目に涙を浮かべるオルガに、ユニスはその肩を抱きしめた。


「あなたも元気そうで良かった。オルガがいなくて、不安だったわ」


 聞けば昨日はアレスの部下から、ユニスの生活ぶりについて聞き取りをされていたという。

 互いの無事を喜びあった後で、オルガは改まった顔になった。


「姫様、お気を確かに聞いてくださいまし」


 続けてオルガが告げた話は、ユニスにとって全く予想だにしないことだった。


「……結婚? 私が?」


 呆然と呟いたユニスを見ながら、オルガは口惜しそうに頷いた。


「ようやく解放されたばかりだというのに、すぐに降嫁などと。これまで耐え忍んできた姫様に対して、何という仕打ち」


 むごいことだと、オルガは怒り出す。


「しかも相手が血なまぐさい軍人などと!」

「オルガ、あなた何か知っているの?」

「ルディウス・ランバルトといえば、半年前の戦で東方軍を指揮していた将軍です。敵兵の血で、大地の色が変わる程だったとか」


 それだけではない、とオルガは語気を強めた。


「勇猛といえば聞こえは良いですが、一兵卒の頃には敵将の首をねた上、敵陣の天幕の上に晒したともいいますぞ。血も涙もない野蛮人です。そのような恐ろしい男の元に姫様を嫁がせるなど、アレス陛下は何をお考えか……!」


 怒りを露わにするオルガを、ユニスがたしなめた。


「この国の為に命をかけて戦った人を、そのように言うものではないわ」

「ですが姫様、ランバルト家といえばたかだか子爵家に過ぎません。姫様の嫁ぎ先としてふさわしいとは到底思えませぬ」

「誰かを評してふさわしいとかふさわしくないとか、私に言う権利があるというの? 名ばかりの王女などより、ルディウス将軍の方がよほど国の為に尽くしているわ」


 そう言えば、オルガは黙り込んだ。

 

 ――むしろ、ふさわしくないのは私の方だというのに。


 何の力もない王女。お飾りにさえなれない。降嫁の命を受け、迷惑をこうむっているのは、ルディウスの方ではないだろうか。



 話題の当人から訪問を受けたのは、そんな話をした矢先。

 昼過ぎ、ルディウスが面会を希望していると、取りつぎの女官がやって来たのである。面会の為に用意された部屋へ通されると、既にルディウスは待っていた。

 席から立ち上がったルディウスは、改めて見るとやはり背が高い。ユニスは見上げる形になった。


「……どうやら、降嫁の話はお聞きになっているようですね」


 ユニスの顔を見て、開口一番ルディウスはそう言った。そんなに分かりやすく表情に出ているのだろうか、とユニスは内心首を傾げたが、無言で頷くに留めた。ルディウスに腰を下ろすよう促して、席につく。

 壁際に控えたオルガは、じっと値踏みするような視線をルディウスに投げかけていた。


「今日は、どのような……?」


 おずおずとユニスから水を向けると、ルディウスは居住まいを正した。

 

「此度の婚約について、アレス陛下のお考えを直接説明した方が良いと思い参りました」


 そう口火を切ると、ここ数日ユニスを混乱に陥れていた一連の出来事についてルディウスは話しはじめた。

 キーラン急逝に端を発する、アレスとラザロスとの王位継承争い。戴冠式を強行した理由。ユニスの持つ王位継承権が、新たな政争の火種になるかもしれないこと。故に、臣籍降嫁の必要があること。そういった背景を、語ったのである。

 だが最もユニスを困惑させたのは、従兄弟のラザロスがユニスに惚れている、とルディウスが口にした時であった。

 

「何かの間違いではないのですか?」

「いいえ。確かにラザロス殿下はユニス殿下に恋着していると、陛下は確信を持たれています」


 ルディウスの口調は淡々としたものだった。


御身おんみの安全を確保する為、殿下をハイラントにお連れします。ハイラントはアレス陛下が長く治めた直轄領。我が東方軍の本拠地ですから、ラザロス殿下であっても簡単には手出しできません」


 自身の記憶を辿ってみても、ラザロスに関するこれといった思い出はない。そもそも、親しく言葉を交わしたこともないのではないか、とユニスは思う。

 それが王都を離れ、避難しなければならない程執着されているとは、にわかには信じがたい。そうは思ったが、同時に兄が嘘を言っているとも思えず、ユニスは頭を悩ませた。


「……お話は分かりました。出発はいつになるのでしょう」

「できるだけ早い方がいいでしょう。明日、夜明けとともに城を出ます」

「明日ですと!」


 と、ここまで黙っていたオルガが会話に割り込んだ。

 

「ハイラントなど東方の辺境地ではないか! 姫様を何だと思っておる!」

 

 もはや我慢ならぬ、とオルガが声を荒げる。ルディウスはゆったりとした動作で視線を移した。


「確かにハイラントは辺境にあるが、交易と防衛の要衝だ。人口も多く、文化もある。王都のように、とはいかないが不自由な土地ではない」


 怒りや不快感といったものは、ルディウスの声音には含まれていなかった。冷静に反駁されて、オルガはやや鼻白む。


「それにしても明日などあまりに急ではありませぬか。姫様がこれまでどれほどの苦しみと心痛を味わったか、おわかりか。それを物を動かすように、ハイラントへ連れて行くなどと……」


 尚も不満を口にするオルガに、ルディウスは改まった顔になった。


「それについては、お詫び申し上げる」


 率直な謝罪に、ついにオルガは口を噤んだ。


「貴女は長く殿下に仕えていたと聞いた。あのような境遇にあって、殿下に寄り添い支え続けるのは、ご苦労も多かっただろう。殿下の解放を誰より喜んでいる貴女に、別れを惜しむ間さえろくに与えないのでは、怒りを覚えて当然だ。殿下を想う分だけ、貴女もまた辛い思いをしただろうから」

 

 刺々しい言葉に、ねぎらいの言葉で返され、オルガの怒りはやり場がなくなってしまったようだった。最初の勢いをなくしたオルガの表情を見ながら、ルディウスは言葉を重ねた。


「――私では頼りないかもしれないが、殿下が心穏やかに過ごせるよう、力を尽くすと約束しよう」

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