討伐
その日の夕刻前、ルディウス達は次の街に到着した。
厩があり、ユニスの為の個室があるという条件で探すと、思いのほか宿の選択肢は少ない。最終的に、若い兵士の希望通り町一番と評判の上宿に泊まることに落ちついた。
上宿といっても、部屋は寝台と衣装棚があるだけの簡素なものだ。それでも、一部屋に押し込められて雑魚寝をするよりはましだった。
宿の部屋に荷を下ろし食堂に集まると、しばらくして料理が運ばれてきた。鴨肉のパイ包み焼き、炙り肉、かぶのスープと白パン。
温かい食事を前に、ルディウス達の食欲は大いに刺激された。
東方軍の人間は、基本的に健啖家である。彼らの旺盛な食欲を前に、またたく間に料理が胃袋に消えていく。ルディウスの向かいに座ったユニスは、次々に料理が消えていくのを目を丸くしながら見つめていた。
そんなルディウス達の様子を見ていた宿屋の主人が、おずおずと話しかけてきたのは、料理がすっかり皿から消えた後だった。
「――盗賊?」
聞き返したルディウスに、主人はほとほと困った顔で頷いた。
「はい。ここ数カ月、町の近くに現れておりまして。数日前も、この先の街道で商隊が襲われました」
商隊の者は殺された上、荷を全て奪われたという。
「従者がひとり、この街に逃げてきましてね」
「憲兵は何をしている?」
「討伐隊を組織して行方を探しているのですが、何しろ神出鬼没な奴らで。まだ捕まっておりません。この先を進むのであれば、よくよく注意が必要でございます」
「分かった。心しておこう」
ルディウスが頷くと、隣でシメオンが呟いた。
「王の道で殺生とは」
その顔に浮かぶ表情は険しい。
国を横断する国王所有の街道は、「王の道」と呼ばれる。軍事的、経済的理由によって整備されたこの街道上での犯罪行為は、重罪である。特に略奪に対する処罰は厳しく、死刑に処せられることになっていた。
その王の道で盗賊行為など許していては、国の威信にかかわることは明白だった。
「ご主人、情報提供に感謝する」
ルディウスが礼を言うと、宿屋の主人はまだ何か言いたそうな顔をしている。しばらく瞳を落ち着きなく動かしていたが、やがて意を決したように口を開いた。
「……このような事を頼むのは筋ではないと分かっているのですが、町に不安が広がっております。軍部の方々にこうしてお泊まりいただいたのもなにかの縁。どうか盗賊どもを討伐してはいただけないでしょうか」
シメオンが首を傾げる。
「なぜ我々が軍の人間だと?」
今のルディウス達は軍服ではない。地味な旅装をしているにもかかわらず、宿屋の主人には軍部の者だと分かったようだった。
「こういった商売をしていれば、色々な方にお会いしますので。自然と人を見る目はつきます。それにその、……軍の方々というのは、比較的分かりやすいのです」
聞きながら、ルディウスはなるほどと頷いた。軍人特有の空気というものは、容易に隠せるものではないらしい。
「しかし俺達も先を急いでいる。悪いがわざわざ盗賊の隠れ家を見つけ出す為に、時間はさけない」
「勿論です。そのために時間を取れとは申しません。もし盗賊を見つけたら、お力を貸していただきたいのです」
もしも盗賊に遭遇したら、頼まれずとも一戦交えることになるだろう。
「約束はできないが、できる限り対処しよう」
「ありがとうございます」
翌日。宿を出発したルディウス達は、周囲を警戒しながら旅を続けた。
ルディウスが先頭になり、最後尾をシメオンが守る。ユニスはライラの馬に乗り、今は隊列の中央にいた。
足元に岩がごろごろと転がる一帯に来ると、一気に視界が悪くなった。小さな岩山がいくつもあり、視界を遮るものが多い。誰かが潜んでいても、簡単には気づけない見通しの悪さである。
それでもルディウスが岩場の影に潜む人間の気配に気づけたのは、やはり細心の注意を払っていたからだった。
男達の姿を認識したと同時に、ルディウスは鞘から剣を抜く。
――3人か?
数が思いのほか少ない。偵察部隊だろうか。
ルディウスの視界がその姿を捉えたのに、男達も気づいたようだった。
男のひとりが弓を構えてルディウス目がけて射掛けると、次の瞬間には後退を始めている。おそらく威嚇の為の攻撃だろう。普通の旅人であれば、矢を射られれば怯んで後を追うことなどできない。
しかし威嚇の為に放たれた一矢は、ルディウスの剣に叩き落とされて終わった。
「あそこだ」
ここで取り逃がせば、仲間を引き連れ戻ってくる。土地勘のないルディウス達をどこかで待ち伏せでもされれば、厄介なことになる。
この時、ルディウスの決断は早かった。
「追うぞ」
言うやいなや、ルディウス自身がファスとともに駆け出している。
偵察の為近づいていた3人組の男達は、凄まじい勢いで突進してくる騎馬に逃げる間もなかった。
一人はファスの突撃を受けて身体ごと跳ね上がり、残りの二人はルディウスの剣の餌食になった。
ルディウスは最初の一閃で一人の男の片腕を切り落とすと、第二撃でもう一人の背中を切り裂いた。鮮血が宙に飛散する。
シメオン達が追いついた時には、三者三様、盗賊の男達が地面で悶絶しているという有様だった。激痛にのたうち回る男達を、他の兵が捕縛する。
「他に仲間は何人いる?」
ひとりの男の眼前に剣先をあてながら、ルディウスが問いただす。
痛みに耐えながら尚も男が黙っていると、ルディウスは躊躇いなく男の右足の腱を切った。男の絶叫が場に響く。
「二度は言わない」
ルディウスの声音は、冷静そのものである。その冷淡ぶりに、男の顔が恐怖に染まった。
「……言う! 言うからやめてくれ!」
ルディウスは静かに男の言葉を待つ。
「俺達以外で7人だ」
ほぼルディウス達と同数である。敵を上回る数で戦う、というのが兵法の定石ではあるが、援軍を呼びに戻るより、敵に奇襲をかける方が早い、とルディウスは思った。
「隠れ家の場所は?」
「……岩山の反対側に洞窟が」
ルディウスは部下に向かって呼びかけた。
「シメオン、ライラ!」
その声に、素早く二人が反応した。
「殿下とともに俺達が戻るまで隠れていろ。ゼノは町に戻り、憲兵へ連絡、援軍を連れてこい。レノスとムラトは、この男達の見張りを。他の者は俺とともに来い」
ルディウスは最後にユニスのもとに近づきながら口を開いた。
「ユニス殿下。申し訳ありませんが、しばらくはシメオンとライラとともに隠れていて下さい」
馬上にいるユニスは無言のまま、ルディウスの顔を凝視している。
「……殿下?」
不思議に思ってその顔を覗き込もうとすると、ユニスがびくりと肩を震わせた。
見れば、その表情は硬く強張っている。
こちらを見つめる瞳に、困惑と怯えの色が混じっていることに気づいて、ルディウスは己の失態を悟った。
――怖がらせてしまったか。
目の前で男の腕を切り落とし、重症を負わせたのだ。怯えさせて当然だった。ルディウスはすっとユニスから距離をとると、ユニスをこれ以上怯えさせないよう、つとめて静かな口調で侘びた。
「恐ろしいものを見せてしまい、申し訳ありません。しばしこの場を離れます。憲兵が来るまでシメオンの言うことをよく聞いて、お待ちください」
言って、ルディウスはファスに跨ると、さっと踵を返して駆け出した。




