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中年聖女トーコの酒ウマシリーズ

今日も元気だビールが美味い!

作者: 神那梅雨

ただ美味いビールが飲みたくて書き出したはずなのに、「短編とは…」という長さと日数がかかってしまい戦慄しています……。


※2018/8/19/23時頃

後書きを追加しました。

※2018/8/30

誤字修正しました


※2018/8/31<お昼>総合短編日間ランキング28位におりました~!ちょっとビックリ∑(@△@;)

※2018/9/1<お昼>総合短編日間ランキング14位!!?からの10位!!?ひゃあぁぁぁ!!

こんな辺境の短編にブクマ&評価、感想ありがとうございます♪♪

「どっせーーーーーーい!!」


 逞しい雄叫びが辺りに漂うと同時に

 ズシーーーーン!!

 重量のある何かが地に倒れ伏す。


 地響き、そして砂を含んだ空気の軽い衝撃波が駆け抜け、砂埃が落ち着きやがて静寂が訪れると、仁王立ちの人影、その向こう側に倒れ伏したエレクトロバイソンが姿を現した。


「ふい~!!――今日のおかずゲットだぜぃ!!」


 満足げに額の汗を腕で拭った女性…もとい中年のおばちゃんは、躊躇い無く眼前の巨大牛を首ちょんぱした。象並みの大きさの牛に、軽~く振り上げた普通の万能包丁のたった一振りでである!!

 包丁を腰のホルダーに仕舞った彼女が牛の胴体に向け右手の平を広げ、その腕をぐっと高く掲げると、首なし牛の巨体がふわり宙に浮く。手の平の動きに合わせてクルリと切断面が真下を向くと、見えない何かを掴む様に指の第一関節をギュッと折り曲げた。

 すると見る間に血抜きが終わり、地面にはおびただしい血の池が出来ている。

 女はその血生臭い臭気にちょっと顔を顰めつつ、空中のバイソンを覆い隠すように、空いた左手を己の視線に被せると……


「クローズ!!」


――忽然と肉の塊が消え去った。

 同様に牛の頭を隠す様に左手をスライドさせ視界に被せると、そこにはただ草原が延々と広がっているだけだった。


「エレクトロバイソン五体、討伐完了!ついでの一体は我が家の食材用に解体してもらわなきゃ♪」


 身軽なおばさんはうきうきと依頼達成報告の為街の冒険者ギルドに向かう。

 その姿のどこにも巨大な牛は見当たらなかった。


 + + +


 女、片桐藤子(かたぎりとうこ)は茫然と立ちすくんでいた。


 早番シフトで夕方前に会社を退社出来、上機嫌で夕飯の買い出しをしていた藤子。35歳、独身。

 保存のきく食材と、今日の晩酌用ビール、つまみの惣菜。それらを入れた買い物袋を肘に下げ、スーパーの自動ドアを出るとそこは―――――異世界でした。なんじゃそりゃ!!


 堅牢な石造りの塔だろうか?光る文様の浮かぶ床の上に立っているのは藤子と可愛らしい少女。あの制服は有名私立女学校じゃないか?生JKだ。紺のニーハイから覗く絶対領域の素足が眩しい。

 そういえばスーパーを出る時隣に誰かいたな。この子か?女子高生の手元には同じスーパーの一番小さいレジ袋が下げられている。あ、やっぱりそうなんだ。

 少女も大層困惑している。ポカンと立っていたがやがて辺りを見回し私を見つけた。

 お互い目を見合わせて何とも言えず、ただ眉が下がるばかり。


 そこで漸く同じ室内にいたらしい誰かの声が響いた。


「なっ……!!?…聖女が……二人…!!?」


 声の方を見やると真っ白で重たそうなローブをきた男?――大きなフードがすっぽりと目元まで覆っている――がわなわなと震えていた。


「聖女?……私が…?……」


 隣の女子高生が震える声で呟いた。が、その震えは恐怖や困惑の色では無く、どこか喜色を帯びている…気がするぞ?

 石壁に反響して実際より大きく聞こえたその呟きに、ローブの男が仰々しく頷いた、瞬間。


「異世界召喚キターーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」


 隣の女子高生がガッツポーズで叫びをあげた。


 藤子とローブの男はポカンと口を開け、そんな少女を見つめたのである。


 + + + 


 説明しよう。

 藤子はナント、聖女として招かれた女子高生『南条紗良(なんじょうさら)』の召喚に巻き込まれたのだ。

 巻き込まれついでに聖女と同等のスキルを手に入れていたのだが、『聖女』とは国の希望。象徴としての役割もあるとかで見目麗しい乙女が最適であろう。ピチピチの――誰だ『死語』って言った奴!――十代で目はクリっと大きく、フワフワのセミロングが可愛らしい紗良と、35歳で中年太りの気があるダサい藤子とでは比ぶべくもない。

 あっという間に紗良は聖女として担ぎ出され――本人もやる気に満ち溢れている――藤子は扱いに(新品スペア)非常に困るお荷物(だけど見た目がね…)となってしまった。


 豪奢な王宮の客間に押し込まれて早数日。

 初日に元の世界へ帰る術はないと聞かされ、紗良が聖女としてこの国の『魔』を鎮める役割を担うと説明された。藤子は人目にさらされぬよう客間に軟禁状態だ。仕方が無いのでゴロゴロと巨大な天蓋付きベッドで惰眠を貪っていた。ちょっとした人生の休暇だと思えばいい。

 しかし悲しいかな働きアリの日本人。三日を過ぎた辺りで限界が来た。何かしないと死んでしまいそうである。

 とりあえず部屋の掃除でもしようかとその辺のメイド(?)さんに声をかければ全力で拒否され、窓から見える庭で運動でもしようかと扉を開ければ見張りの騎士(?)に連れ戻される。

 最後の楽しみは食事位なのだが、至れり尽くせりで運ばれて来る三食豪華な食事も最初こそ感動したけれど、今はただただ味気ない。

 ―――鬱憤が溜まっていた。どうにもお姫様待遇は性に合わないらしい。ムクムクと首を擡げるある思いが日に日に強くなっていく。

 あの日会社帰りにスーパーに寄ったのも、そもそも()()が目的だったのだから。


『 う ま い 酒 が 飲 み た い !!! 』


 うまい酒とは何も高級酒ではない。発泡酒だろうがワンカップだろうが、己が汗をかき労働したご褒美として飲む酒は何でも『うまい酒』足り得る。

 そこに酒に合わせた肴でもあれば最高だ。日本の居酒屋文化万歳!!


 ここはナントカ言う国の王宮だという。今の藤子は『聖女(予備)』として賓客待遇で至れり尽くせりの毎日だ。でもここには藤子の求めるものは無い。『うまい酒』は此処には無いのだ。


 思い立ったが吉日。

 藤子は早速王様の元へ向かった。手に職を付けて細々と暮らしたい旨を伝えると、話を聞いていた家臣たちが諸手を上げて賛成してくれた。よっぽど藤子が邪魔だったらしい。

 ただ、藤子の存在は王国の不祥事である。それを交渉材料に、王宮からほど近い場所に藤子の望む住処を用意する事、当面の生活費を前払いする事、この国の各種調味料を須らく提供する事を了承させた。

 果たして藤子は脱サラして異世界にてスローライフを手にしたのである。


 + + + 


「オープン!」


 呼び声と共にドサドサッと空間の切れ目から落ちてくるエレクトロバイソン×6。

 聖女の魔力が為せる空間魔法というものらしい。どの位容量があるのか不明だが、鞄要らずで大変重宝していた。


「流石トーコ、状態も悪くない。こりゃあ報酬に色をつけなきゃなぁ!」

「やった!!依頼外の一体は私用のお肉にして欲しいんだ、ランディさん、頼める?」

「もっちろんだぜ!…というと、このバイソンも…?」

「ええ、メニューに入れますよ!!」

「待ってろ、ソッコーで解体すっから!!!」


 冒険者ギルド解体業者のランディが目の色を変えて腕まくりした。藤子はそれに笑いかけてギルド窓口へ向かう。エレクトロバイソンの討伐報告と報酬を受け取るためだ。


 王城を出て半年。

 藤子は王都所属の冒険者になっていた。己に宿る聖女の力は万能で、一人で生計を立てるのに申し分ない働きをしてくれる。

 約束通り、王宮に一番近い王都の外れに隠れ家的な一軒家を建てて貰い、そこを住処にしている。

 一階にはカウンターとオープンキッチンを誂えて貰い、奥にはカウチポテトできそうなソファーとローテーブル。水場は広く取って貰い、足の延ばせる大き目のお風呂を完備。二階が居住区。2LDKの贅沢な作りだ。一階二階共に大きい冷蔵庫を置いて貰った。勿論ストッカーも欠かせない。


 この世界は魔法が存在している。電化製品のようなものは『魔道具』と呼ばれ、利用するには核となる『魔石』に結構な魔力を充電しなければならない。だが聖女にとってそんなものは枷にもならず。

 大貴族も真っ青の贅沢な魔道具たちは慰謝料として王様から毟り取ってきた戦利品だ。お陰でとても快適な暮らしが出来ている。

 そうして一人暮らしを始めて、職を探し始めた。そこで知ったのが『冒険者』という職業である。取り分け『採取』という分野に興味を持った。これなら自給自足も夢では無さそうだ。

 自分の気に入った仕事を選んで報酬を貰えるなんて何て素敵な職業だろうと、早速ギルドの窓口へと向かったのである。――『聖女』の特典で読み書き会話も不自由は無かった。


「トーコ、もちっと時間掛かりそうだから直接家まで運んでやるよ!」

「ありがとう!助かるよ。…じゃあ今日は一杯サービスね♪」

「それならもっと気合い入れないとなっ!!」


 にっかり笑う筋肉ダルマ(ランディさん)に手を振ってギルドを後にした。

 さぁ、今日の肴は何にしようか…?


 + + + 


 一人暮らしを始めて少しした頃、ずっとやってみたかった居酒屋もどきをやってみようかと思い立った。何てことは無い、一人は寂しいから誰かとワイワイ飲み交わしたかっただけである。――いつか友達が出来たら、料理しながら酒を飲み交わそうと作って貰ったカウンターを早速活用することにした。

 最初は試しに冒険者ギルド窓口のお姉さんに声を掛けた。「冒険者の説明をもっと詳しく聞きたい」を誘い文句にすると快く招待されてくれた。好感触だったらホントに飲食店経営も良いかもなんて甘い夢を見つつ、藤子はお客様に腕を奮った。

 そして次の日。適当な採取依頼を物色しに何時も通りギルドを訪れると、もの凄い数の問い合わせが殺到した。どうやら皆受付嬢から昨晩の自慢話を聞いたらしい。どうしてこうなった!?


「営業時間は?」「定休日は?」「どんなメニューがあるの?」「酒の種類は?」「店の名前と場所を教えてくれ!」


 あまりの剣幕に押されてちょっと尻ごんでしまった。もしこの人数が家に押しかけてきたら…。素人がこの量を一人で捌ききれるとは思えない。とっさに答えた「不定休です」「営業は気の向いた時だけ」「会員制なんです」との対応を今では褒めてあげたいと思う。あくまで自分は冒険者だからと言えば、残念そうにされながらも納得してもらえたようだ。


(…良かった、変に宣伝しないで。)


 こっそり胸を撫で下ろしたのは言うまでもない。

 …あくまで趣味の範囲内で。美味しいお酒を、美味しい肴と。そして楽しい会話で過ごせたらそれでいい。


 ―――――そうして半年。ウマの合った人にだけ声を掛け、それでも()()()()と呼べる飲み友達が結構出来た。皆昼間は仕事をして、夜になると我が家へ集まってくる。

 一日の心の洗濯をしに『うまい酒』を求めて―――――。


 + + + 


「「「かんぱ~~~~~い!!!!」」」


 シュワシュワ泡立つエールの入った小樽のジョッキを高らかに掲げ合わせる。そのまま口元に髭を蓄え誰もが無言で黄金色の液体を嚥下していく。ゴクッゴクッと小気味よい合奏音が響く、神聖な沈黙時間(儀式)だ。


「ブハッ!!あ~~、これを知っちまうと街の酒場に戻れねぇぜ!!」


 開口一番そう零したのは剣士のクリスさん。新人の藤子を心配して採取に付いてきてくれたのがきっかけで仲良くなった。――後に藤子のチート魔法を知り護衛要らずと知る。


「ホントよね。私も初めてお呼ばれした時、これがエールって信じられなかったわ!」


 こちらは最初に声をかけた受付嬢のエンヴィさん。小悪魔的な色っぽさを持つ冒険者ギルド窓口の華である。


 この世界にもビールはあった。それはエールと呼ばれる常温の物で、冷やすには精々氷を浮かべるくらいだと言われた。やはり魔道具とは庶民には流通しずらい高価なものなのだ。氷も高級品のようだった。

 でも藤子はどうしても冷たいビールが飲みたかった。

 労働の後、キンキンに冷えたビールを――出来れば生で!――ゴクゴクと飲み干したかった。

 なので己の能力を駆使して生ビールを作りました!

 樽のエールを購入し、それに管を繋ぎ、注ぎ口のレバーを作って貰う。エールは冷蔵庫で冷やして、注ぐときに炭酸ガスを魔法で注入したら――念じたら出来た。最早執念といえよう――それっぽいものが出来たのである。


「いや~、よく分かんねぇ(コック)を作って欲しいて言われた時には何かと思ったが、こんな美味いものにありつけたんだから儂ぁいい仕事したわい!」


 早速二杯目の『生』を口に運びながら日用大工士のガン爺さんが陽気に胸を張る。

 皆から拍手喝さいを受けていた所にランディさんがやって来た。


「お、もう始まってるな。…ほれトーコ、バイソンの美味いトコ持って来たぜ!!」


 そう言ってドサリとカウンターに置かれたバイソン肉。

 綺麗にさしが入ったピンク色の塊はキラキラと宝石の様に輝いている。


「ランディさん、他の部位は捨ててないよね?」

「ああ、ちゃんと骨まで取ってある。明日取りに来てくれ」

「分かった、ありがとね!とりあえずエールでも飲んでて」

「待ってました!」


 「あ、私ももう一杯」「俺も!」との声に頷きながらジョッキを手渡していく。ランディを交えた乾杯が響き渡った。


「はい、今日のお通しはこれで~す!」


 今日は蒸し暑かったのでサッパリしたものがいいなと。

【キャベツのざっくり細切りにコーンビーフを混ぜ、レモン汁で和えたもの】を用意した。アクセントに黒コショウをパラリと砕き落としてある。コーンビーフの塩加減とレモンの酸味、黒コショウのピリリとしたアクセントがビールのつまみに最適だ。

 因みに食材は鑑定魔法で藤子の知るものに近いものを選別できる。各々こちらの世界の名前が付いているが、藤子は日本式で呼んでいた。


「わ!なにこれ~!!」


 早速エンヴィーが喰い付いた。女子は野菜好きだよね!


「う~ん…。『トーコ式ザワークラウト』…かな?」

「へぇ?エールに合うんでしょう?」

「それはご自身でお確かめください♪」


 皆の前に小鉢を並べていく。それぞれ興味深そうに口に運んでいった。


「んっ!」


 誰かが零した感嘆の後、凄い速さで皆がエールを飲み干していく。

 プハッと呼吸音と共に「おかわり」の声が重なった。トーコ式ザワークラウトは気に入って頂けたらしい。

 チン♪

 軽いベルが鳴った。オーブンのタイマーが終了の合図を教えてくれたのだ。


「ちゃんと使えてるみたいで安心しました」

「うん!すっごい助かってる。ありがと、オーフェンさん」


 オーフェンさんは機械技士。キッチンタイマーが欲しくて試行錯誤して貰いました。


「そのタイマーの成果です!!―――はい、名付けて『トーコの誘惑』~!!!」

「なになに?…刻んだポポト?」


 再び興味津々のエンヴィーさん。


「熱々なんで、気を付けてくださいね!」


 こちらもビールに良く合う肴だ。【粗めに刻んだジャガイモに生クリームと粉チーズをかけて焼いただけ】なのだが―――


「ん?この塩気は何だ??」

「あ、気付きましたか、クリスさん!それこそこの『トーコの誘惑』の()()()()()なのですよ!!」


 クリームグラタンの中に入っているのは【刻んだアンチョビ】。これが生クリームの甘さとジャガイモのほくほくした味を絶妙に繋いでくれるのだ。


「コイワシの塩漬けか…。こんな使い方もあるんだね。」


 オーフェンさんが微笑んだ。でしょでしょ?私も初めて食べた時ビックリしたもん!!


(でも()()()()()()って誰なんだろ?)


 当時レシピをググるのに夢中で、由来的なものは見なかったからな…。


「おい、トーコ。結局バイソンはどうするんだ?」


 ランディさんが待ちきれず催促してきたので「はいはいただいまー」と某居酒屋のような返事をしてしまった。


「じゃ、パパっといきますか!」


 まずは塊肉を適当な大きさに切り分ける。その内の一ブロックを薄~くスライスしてお皿に並べた。

 「ファイア!」藤子の人差し指の先に炎がともる。――強出力のバーナーのような見た目だ。

 その炎の先をスライスした肉片にあてがうと、ジュジュっと香ばしい焦げ目がついていく。火が通り過ぎないように気を付けながらぐるりと皿を一周した。


「あ~!たまらん!!トーコ、酒をくれっ!!」

「すぐ出来るからちょっと待ってガン爺!」


 私はカウンターの見える位置に皿を置き、全員の真剣な視線に苦笑しながら仕上げに入る。

 自家製マヨネーズを細く枡の大きな網の目状にかけ、レモンをキュっと搾る。肉の上にベビーリーフをふわっと盛り、スライスしたパプリカをちらす。煮詰めたバルサミコ酢を全体にササっと垂らし、オリーブオイルを回しかけ、砕いた岩塩をひとつまみパラリ。高い位置からブラックペッパーの入ったミルをゴリゴリ捻れば……


「はい!『エレクトロバイソンのカルパッチョ』だよ!!」


 コトン。皆の方へ皿を寄せれば「うぉぉぉぉ!!」と熱い歓声が上がった。


「う~ん…さしが綺麗なお肉だからなぁ…残りはシンプルにステーキにしちゃおっかな?」

「それならばちょうど良い所へ来たな!」


 ガラリと引き戸が開き、ワイン瓶を抱えた壮年過ぎの男がのそりと現れた。


「お~、久し振りだなぁ『ロッド』殿!」


 ランディさんが愛想よく片手をあげたのに対して、


「美味い赤ワインが手に入ったのでな。皆で飲もうと持ち出してきたのだ!」


 ()()()さんが両手の酒瓶を高く持ち上げて応えた。機嫌よく笑ったその顔に、皆「でかした!」と称え合っている。


(…王様、……何やってるんですか。)


 そう彼は『ロッドスチュワート・イングブリベイド三世』。

 ……この国の頂点(トップ)である。


 藤子が王城を出る条件に『あらゆる調味料を差し出せ』というものがあったのだが、これに興味を示した王様が『理由を言わなければ許可しない』とごねた。その時に、故郷の(異世界)料理を作る為に研究すると説明した所「是非異世界の料理を食べたい!」と言い出した。その時は「どんな食材があるかも分からないからすぐは無理」とか適当に受け流して退散したが、藤子がこうして自作の肴で仲間と飲み始めて少し経った頃、どこからか噂を聴きつけた王様がフラリとやって来たのだ。

 …一人で。

 …独 り で !!

 庶民の皆に正体を明かすわけにもいかず閉口していると、勝手に「トーコの知古のロッドだ」と名乗って輪の中に入ってしまった。

 その日は皆で仕事の愚痴で盛り上がっていたよ。…疲れてるんだね、王様。

 藤子はそっと涙を拭い、ロッド氏の参加を黙認した。


「トーコ、栓抜き貸してくれ!」


 クリスさんに小ナイフと栓抜きを渡せば器用にボトルのコルクを抜いていく。皆は各々持っていた木のジョッキの中身を飲み干し、そのままワインを注いでいった。ここには色や香りがうんちゃら~なんて無粋な事を言う人はいない。美味ければ何でも良いのである。


「トーコ、早く残りの肉も焼いて頂戴!!このままじゃ生殺しだわ!!」


 エンヴィーさんがワインをちびりと飲んで呻いた。私も早く皆と混ざりたい一心でコンロに向かった。


 常温に馴染んでとろりと脂が滲んできたバイソン肉に軽く塩コショウを振り熱したフライパンに置くと「ジュッ!」と油の弾ける音。焦げ目がつくまで片面を焼き、きつね色になったところでサッと裏返す。ジュージューと活気ある音楽と共にお肉の濃密な香気が漂っていく。…このままかぶりつきたい衝動を抑え、色付いたお肉を蝋引き紙でぐるりと包んだ。余熱でじっくり仕上げていく。

 その間にソース作り。

 フライパンに残った油に料理用の赤ワイン、蜂蜜をほんの少し沸騰させてバターを落とす。ぎゅっと煮詰めたとっておきの赤ワインソースで味を締めて完成。

 お次はガーリックソース。スライスしたニンニクをオリーブ油に入れ、焦がさないよう気をつけながら弱火でじっくり揚げていく。ふとここで思い付いて、スライスしたマッシュルームも投下してアヒージョのようにしていく。お塩で味を調えて完成!

 あとは大根おろしに自家製ポン酢を垂らしたもの、岩塩とおろしワサビを用意した。好きなものをディップしてもらおうと思う。

 ソースの準備を終えて寝かせていた肉を取り出した。

 スッと包丁の刃を引けば、中から綺麗なロゼカラーがお目見えする。ほわっと仄かな湯気が慎ましやかに宙へ解けた。

 予め水にさらしてあったオニオンスライスの上に、食べやすく切ったステーキを乗せていく。仕上げにクレソンをモサッと乗っけてピンクペッパーを散らした。


「お肉焼けたよーーーーー!!」


 これで一先ず自分も飲もうと新しく注いだ『生』と共に皆に合流した。


「はぁ~ん!このお肉、口で溶けるわぁ!!」


 エンヴィーさん、艶かしいです。

 彼女は下唇についた脂をペロリと舌で舐めとると恍惚の表情を浮かべ、うっすら笑んだ。酒の力もあいまってほんのりと頬が上気している。

 エンヴィーさん、エロいです。その魅力(女力)を分けてください!!


 それにしても。濃厚なステーキの脂をビールで洗い流し、ザワークラウトで口内を清めた後ワインを楽しみ、カルパッチョとのマリアージュ、のち、誘惑の甘じょっぱさ、ビール……ローテーションが止まらない!


(う~~!今日も生きてて良かったぁぁぁ!!)


 このしみじみと噛み締める瞬間が堪らない。

 ワイワイ皆と舌鼓を打っていると、何だか表が騒がしい。自然と扉に視線が向けば、勢いよく引き戸が開いた。


「藤子さーーーん!オムライスが食べたいよぉぉ!!」

「紗良ちゃん!?」

「聖女様お待ち下さい!!」

「「「「聖女様!?」」」」


 紗良ちゃんを追いかけて入ってきた白ローブお化けの呼び掛けに皆が飛び上がった。――お忍びの約一名は盛大な舌打ちをならした。おいこら王様下品ですぞ。


「藤子さん、ご飯屋さんなんでしょ?私、私…日本食が食べたい……」


 潤んだ瞳で紗良が見上げてくる。そっか、ホームシックかな?一人でずっと頑張ってたんだもんね。これは同郷の誼として、美味しいもので元気をつけたげよう!


(しかし『ご飯屋さん』とか誰が法螺吹いたのよっ!…まぁ良いけど。)

「オムライスね?この藤子おばちゃんに任せなさい!!」


 藤子は腕まくりして胸を叩き紗良にニッカと笑う。


「トーコは聖女様と知り合いなのか…?」

「バカ、冒険者の素性を詮索するのはご法度よ!」

「噂には聞いていましたが、本当に可憐なお嬢様ですね」

「あわわわわ!せ、聖女様!?ほ、ほほほほ本物!!!!?」

「トーコ、そのオム?なんとかは美味いのか?」


 以上、上からクリスさん、エンヴィーさん、オーフェンさん、様子のおかしいランディさん、ガン爺のコメントです。


「あれ?……王さ「あーーーっと、紗良ちゃんはまだお酒は飲めないよねぇ~~?」」


 ロッド氏に目ざとく気付いた紗良ちゃんの呟きを藤子が強制上書きすれば、彼女の大きな瞳がパチパチと瞬かれた。

 ハッとした白ローブお化け――こと筆頭宮廷魔術師殿――を眼力で黙らせる王様、必死です。


「未成年だからお酒は飲めないよ。ジュースなら飲みたい!」


 紗良ちゃんはにっこり笑ってわざとらしい茶番に付き合ってくれました。聖女やわ、尊いわ~!

 私も笑ってリンゴジュースを差し出した。瞬間冷凍したシャリシャリの細かい果肉を氷代わりにしてある。


「それ飲みながら待ってて。」


 藤子はウィンクを投げて調理に取り掛かった。


(玉ねぎニンジンピーマンベーコン…ついでに木の子も入れちゃおう!)


 熱したフライパンにオリーブオイルを回し細かく切ったベーコンを入れる。ベーコンの脂が滲みだしたところで野菜をゴロゴロ入れると、食材が音も無くみじん切りされた。藤子がフードプロセッサーよろしく魔法で細かく刻んだのだ。

 炒めて塩コショウで軽く味付け具材を片側に寄せる。空いたスペースに自家製ケチャップを投入!


(汁気を飛ばしたら~冷ご飯を投入♪お米が手に入る文化圏で良かった~)


 正しくは米のような物なのだが藤子には些末事だ。それっぽければ問題ない。

 綺麗なえんじ色に染まった米を一度取り出しフライパンを洗う。再び火にかけたフライパンにバターを落とした。溶けきる前に卵をボールに割り淹れかき混ぜる。さあ、ここからはスピード勝負だ!


 溶き卵を流しいれるとジュワっという音と共に甘いバターの香りが際立った。フライパンを傾け回し液体をのばしながらくるくると菜箸でかき回し小さなダマを作っていく。とろっと半熟の玉子の中央にケチャップライスを楕円に乗せ上下の端を折りたたむようにして包み込んだ。フライパンを手前に傾け包みを寄せる。そのまま縁を利用して整形したものを平皿の上に引っ繰り返した。金色の丘の上から赤い川を流し完成!!


「さ、紗良ちゃんできたよ~!フツ~のオムライス~☆」

「ホントにホントのオムライスだ~~~~!!!!」


 目がキラキラです。星が落ちて来そうです。聖女の笑顔から後光が…!?


「いただきまーーーす!!」


 久々に聞いた私以外の「いただきます」に胸が締め付けられた。

 金色の丘にスプーンを差し込み口に運ぶ少女を見守る。


「んん~~~~~~!!!!」


 幸せを噛み締めた紗良が身もだえた。二口三口とスプーンを忙しく運び、次第にその頬を涙が濡らしていく。


「わた、…私……藤子さんが、一緒で…よ、……よかったよぉ~~~~!!!」


 泣きながらも器用に食べ続ける紗良。

 藤子もこみ上げてくる衝動を抑えて紗良の頭を撫でた。


「頑張った後は、いつでも帰っておいで」


 思わず零れた藤子の言葉に紗良は何度も頷いた。


「ありがどう~…ど~ござん~~……」


 泣いた後のグズグズで濁音まみれの謝辞を受け取ると皆の視線を感じた。


「トーコ、儂もそれが食べたいぞい!!」


 ガン爺がオムライスの乗っていた皿を凝視していた。


「そう言うと思って、皆の分も用意したよ!小さめに作るからこれが今日の(しめ)、ね!」


 わっ!と歓声を浴びながら藤子は再びフライパンに向かった。

 泣き笑いになった紗良はロッド氏を「お父さん(親子設定にしよう!)」と呼び王様を驚かせ、気付けばあっという間に皆の輪の中に溶け込んでいた。所在無さげな宮廷魔術士殿は「()は私が連れて帰る」と主張した王様に追い返されました。


 + + + 


 宴はお開きになり、残った紗良ちゃんが片づけの手伝いを申し出てくれたのでありがたくお願いした。

 王様は奥のソファでブランデーをくゆらせている。


「藤子さん、……ごめんなさい。私のせいで……」

「何が?」

「私の召喚に巻き込まれたんでしょう?藤子さんは関係無かったのに…」


 俯いて紗良が漏らした。本当はそれが言いたくてここに来たのかもしれない。


「ん~~~…。私もさ、色々考えたんだけど、きっと紗良ちゃんを独りにしない為に私は呼ばれたんじゃないかって思ったよ。」

「え?」

「そりゃあ家族も仕事もほったらかしでこの世界に来ちゃったけど、不自由しない能力は付けて貰えたし、快適に暮らせてる。未練はあるけどさ、こう…無人島に漂流したと思えば向こうにいてもあり得ない話じゃないかなって。で、紗良ちゃんはその漂流仲間!」

「仲間?」

「独りじゃないから頑張れることは多いと思う。もしかしたら救助ヘリが見つけてくれたみたいに、向こうに帰れる可能性だってあるかもしれない。私たちはそれを分かち合える…信じあえる。」

「……ひとりじゃないから…」


 藤子はそうだと頷いて笑った。

 勢いに任せて走れている時は良い。でもふと立ち止まって振り返った時に襲いくる言い知れぬ不安に立ち向かうには(よすが)が必要だ。『うまい酒』然り『帰る場所』然り。


「だから何時でもここに帰っておいで。その時は美味しいご飯用意して迎えてあげるから」


 食器洗いに集中する紗良は小さく頷いただけで。その顎から雫が伝い落ちたことには気づかないふりをした。


 そうして片付けが終わると幾分かスッキリした顔の紗良と、お土産の自家製ビーフジャーキーに上機嫌な王様はお城へ帰って行った。今後彼らは()()として頻繁にそこの引き戸を開けるのだろう。

 その時を想像して笑ってしまった。


「そろそろエール樽買いに行かなきゃなぁ…」


 独り言ちてカウンターに置かれたコインを数える。

 お客様(常連さん)たちには飲食代として一定額の支払いか、食材の現物提供をお願いしていた。藤子はそれを毎日の宴の費用に充てている。


(取り合えず明日は残りのエレクトロバイソンを受け取りに行って…フォンドボーにデミグラスソース……あ~、ビーフシチュー食べたい~~!)


 止まらない妄想に舌なめずりをする。

 冒険者ギルドを覗いたついでに良さげな採取依頼があれば受けてしまおう。


 お風呂で今日の疲れを流し、寝室のベッドに横たわると睡魔はすぐにやってきた。それを抵抗なく受け入れて明日の活力を復活させるのだ。


 自給自足の生活は朝からやる事が目白押しである。

 藤子は明日の『うまい酒』の為に、明日も汗を流す。


 そんな異世界生活は存外藤子の性分に合っていると、馴染みつつあるスローライフな毎日を藤子は楽しんでいた。

藤子の食道楽はまだ始まったばかり☆


【エレクトロバイソン】

雷属性の巨大牛。

頭から生える二本の角からスタンガンの様な電撃を放つ。

猪突猛進な為方向転換が苦手。草原を群れで駆け抜ける姿は圧巻である。

皮は装飾品や防具に。雷撃耐性を持つ。

角や骨は装飾品や武器に。雷属性と相性のよいものになる。

肉は主に高級品として扱われる。


討伐ランク>B

(但し群れの場合はAランクに相当する)


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[一言] おなか、すいた...
[良い点] 主人公が虐げられ、ざまぁする、といったパターンが跋扈する巻き込まれ召喚ものの中で、ほっこりするお話が読めて良かったです。 [気になる点] ビール好きとして気になる点が少し。生ビールというの…
2018/09/02 23:33 退会済み
管理
[良い点] すごく面白かったです。 読んだ後、なぜか目が潤んでました。 [一言] 一万文字があっという間に読めてしまった。続編がヨミタイな……。 とても満足しました!ありがとうございました。
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