暗闇の中で
午後の授業もいつもと変わらず退屈だった。ノートを書く時以外はほぼ寝ていた気がする。終礼が終わったら早く帰ろう。夕方からドラマの再放送をやるから見なくちゃ。きっと間に合うはずだ。
そして終礼が終わり、僕は真っ先に下駄箱へと向かった。そして靴を履き替えようとしたその時、僕は何か違和感を感じた。今日ここで何かあったような、そんな気がするのに全く思い出せない。思い出そうとすればするほど頭の中が真っ白になる。変な感覚に酔いそうなほどだ。きっと気のせいだ。そう思い直して僕は家へと向かった。
家から学校までは歩いていける距離だ。時間はだいたい15分程度。近さを重視して選んだ学校なのだから当然なんだけど。僕の家は駅と正反対。ほとんどの生徒は自転車か電車で通っているので、歩いている生徒とはあまり会うことはない。その方が僕としては気が楽でいいが。
あとこの信号を渡ればもうすぐ家に着ーー
この時僕は、誰かに背中を押されたんだ。
僕を跳ねる鈍い音。車のブレーキ音。まだ赤いままの歩道者の信号。そして誰かの叫び声。その全てがゆっくりと動いていくように感じた。あぁ、嫌になる程の真っ青な空が僕を嘲笑っているみたいだ。
ーー僕は死ぬんだ。そうだ、さっきの違和感はこれだったんだな。死神がお迎えに来たこと、やっと思い出した。
僕には何もなかったから、やり残したこととかそういった類のものはない…はずなのに。心の隅に、ひとつだけ。
「…さい。起きてください。貴方に伝えなければいけないことがあります。」
誰かに体を揺さぶられながら、声が聞こえた。真っ暗の世界から引きずり出されるような。眠たい朝に無理やり親から起こされるような、そんな感覚。
そう、僕は死んだ。車に跳ねられて。誰かに背中を押されて。つまりは殺されたってことなのか。僕は誰かに恨まれでもしていたんだろうか。それともーー
「起きて!くださいっ!!」
「ひゃいっ!!!」
さっきよりも強く揺さぶられて、僕はびっくりして目を開けた。その先には死ぬ前と変わらない体と声と、僕の魂を抜き取った死神がいた。…死神?そうか、あの時の違和感はこれだったのか。
辺りを見渡せば、そこにはただ暗闇がずっと続いている。そして僕たちの周りにはぼんやりと綺麗な光を放つ水晶玉のような球体がいくつか転がっていた。
「僕は、生きてる?死んだんじゃなかったのか…?」
「もちろん貴方は死にました。でもその死に方に問題がありまして。」
「問題?って、何?」
「本来なら貴方の死因は事故死だったんです。魂を抜き取るまでは確実に。まぁ結果的には事故で死んだのですが…誰かに背中を押されたのを覚えていますか?」
「あぁ、覚えてる。背中に手が当たった感覚も。その人は誰なんだ?」
もともとは事故死だった…?それが誰かによって殺人へと変わったということなのか?それは一体誰なんだ。僕を殺した犯人はーー。
「私にも誰が貴方の背中を押したのか分かりません。死神は死ぬ運命の人の魂を抜き取り、死んだ後にこの場所へと導きます。死ぬ瞬間には基本的に立ち会いません。そしてこの場所に来た魂は周りにあるような球体へと形を変えます。白く輝いている魂は天使の元へ、黒く染まった魂は悪魔の元へと運ぶ。そこまでが死神の役目です。」
「ん?白い魂と黒い魂の違いって何なんだ?」
「魂は生前の行いによってその色を変えます。白く輝いている魂は何も悪いことをしなかった、天国へ行ける者たちです。逆に黒く濁った魂は悪い行いをした、犯罪などを犯した、地獄に行く者たちです。例えそれが生前にバレていなかったとしても、この場所ではすべてお見通しという訳です。」
周りが真っ暗で気付かなかったが、よく見ると真っ黒な球体も転がっていた。これは全部亡くなった人たちの魂なのか。それなら俺は?まだ球体にはならずに人の形をしている。これにはどんな意味があるんだろうか。
「そして貴方はまだ球体にならずに生前のままの姿です。これには意味があります。貴方は私が魂を狩りに行った時に私の姿が見えましたよね?」
「見えたけど…もしかして普通の人には見えない、とか?」
「その通りです。そういった人たちは死後の世界で働ける素質があります。」
「死後の世界で働く?俺も死神になれるってこと?」
「はい、死後の世界ではーー」
ギィィィ…。急に重い扉が開く音と、久々に浴びた眩しい光が俺たちに降り注いだ。
「あれっ??あなたたちここで何してるの??」