少女と鎌と僕の記憶
ーーどうして私は死を選んだのか。
それはもう君には伝えられないのだろう。私が最期に見た君は、私を拒絶していたのだから。
それでもどうしても伝えたい。もう一度、君に会いたい。忘れないで私のこと。私には君しかいなかったのだから。
どうか、この願いを叶えて。
今日はいつもより晴れた初夏の空。日差しが強くなってきて、どんどん僕の嫌いな季節に近づいていく。この春、高校に入学して数ヶ月が経つ。ついに絶好のお昼寝の場所を見つけた訳なのだが…
「もう少ししたら暑くなるなぁ。今度は涼しい場所探さないと。」
購買のパンを食べながらそんな事を考えていた。別に学校生活は嫌いじゃない。同じクラスに友達と呼べるやつは何人かいるし、休みの日は遊んだりもしている。しかしお昼はゆっくりと自分の時間が欲しい。何も考えなくていい時間が。
キーンコーン…
予鈴、いつの間にかもうこんな時間か。そろそろ教室に向かわないと。今日はお昼寝できなかったから、授業中にでも寝るか。席が一番後ろなのは寝るのに好都合で嬉しいものだ。
下駄箱で上靴に履き替えていたその時。不自然なくらいの風がフワッと僕を撫で付けた。
「ーー貴方はもうすぐ死にます。」
「え…?」
突然の声に振り返るとさっきまでそこにいなかったはずの少女が、僕の真後ろにいた。真っ黒なマントに大きな鎌を持って。それはまるでーー死神のようだった。
「正確にはあと約3時間…と15分後に死にます。」
首から掛けている懐中時計を見ながら少女は言った。その瞳は今にも吸い込まれそうくらいに真っ赤でキレイだ。ーー違う。そうじゃない。この子は何を言っているんだ。僕が死ぬ?3時間と15分後に?ってことは今日中に!?
「貴方の死因については、規則なのでお伝えはできません。」
冷静に、そして無表情で喋っていく少女に僕は全く理解が追いつかなかった。一気に頭の中が真っ白になる。これは夢?現実?もうそれさえわからない。そうだ、ベタな方法だけどほっぺたをつねってーー痛い。
「本来なら貴方に気付かれる前に処理をさせてもらうところなのですが、私の不注意で姿を見られてしまったので説明をさせていただきました。」
「それでは失礼します。そこを動かないでくださいね。」
そう言うと少女はその大きな鎌を僕の目の前で振り上げた。その瞬間やっと口が開いたんだ。
「ま、ままっ待って!待って待って!!」
僕がそれを言い終えた時には、あと数ミリで首に当たる距離にまでに鎌が来ていた。冷や汗がツゥッと頬を流れる。
「…何でしょうか。」
鎌は下ろさずに少女は言った。緊張で胸が張り裂けそうだ。僕はこのまま殺、される、のか…?いや、殺されてたまるか。まだやり残したことだってあるんだ。だからーー
「こ、殺さないで。まだ死にたく、ない…。」
恥ずかしいくらい情けない声が出た。でも紛れもない本心。こればかりはどうしようもない。本当なのか、それとも冗談なのかはわからない。それを置いておいたとしても、急に自分が死ぬなんて言われて、はいそうですか。なんて言える奴がいない。いるはずがないんだ。僕だってそうだ。それにこんな鎌で喉を掻っ切られたら、きっと痛いし苦しい…。目の前の鎌に怯えながら目に涙が溜まってくる。
「……あぁ、この鎌ですか?これは生身の人間は切れませんよ。」
「ぅえっ?」
僕がそう言った時には、鎌は僕の身体を切り裂いていた。向けられていた首元から真っ二つになって…いるはずなんだけど。あれ、切れていない?まだ死んでいないのか?
「先程も言いましたが、この鎌は生身の人間は切れません。貴方の身体と魂を切り離しただけです。」
首元を何度も確認したが、切られた後は何もない。痛みすらない。そしてまだ生きている。でも身体と魂を切り離したということは…
「もちろんまだ一応は繋がっています。貴方が死亡した時に魂が逝くべき場所に辿り着くように施しました。それが私、死神の役目です。」
ーー死神!!やっぱりこの子は死神だったんだ。なら僕は、本当に死ぬんだろうか。今日。
気付くと死神の少女はすぐ目の前に来ていて、僕に手を伸ばしていた。その手はそっとおでこに触れて小さな光を放つ。
「今この出来事は貴方が逝くべき場所に来るまで忘れていてもらいます。未来が変わる可能性があるので。」
キーンコーン…
はっ!!僕はこんな所で何をしていたんだろう。これは予鈴?いや、本鈴だ。早く教室に行かないとーー。