文明保存計画
強烈な冷気にさらされたかのような痛みを感じて、拙者は跳び退りながら足元に落ちた幼体ヤマダを、四尺刀の切先で刎ね飛ばした。
「誤解があるな。我らは改革派のクダンを粛清しようとは考えておらぬ」
新たに飛来した三体を斬りつつ、トラックへ何歩か動く。それで脚の痛みは消えた。
テレパシー女によると、〈死の力場〉の効果半径は一メートル未満。
「――まあ、聞くがよい。我らも、そこは妥協した。外界人の先進文明は保存する。新旧勢力の対立は解決したのじゃ」
突進を準備する闘牛めいて後ずさるテレパシー女を追って、階段から歩き出た女王ヤマダが音声で喋っている。
つづいて駐車場へあらわれた第二の女王ヤマダも声を発した。
「それゆえ作戦は、順調に進行しておる。数日後には一〇〇万の屍軍をもって、有象無象どもを奈落の奥へと駆逐できよう」
イリエワニの巨漢、カッシウスだかブルートゥスだかは大きさが五五〇センチメートルとどこかで聞いたことがある。
女王ヤマダは全長だけでも、あきらかにカッシウスやブルートゥスよりでかい。さらにワニともサソリとも違う重厚長大な脚が一メートルの高さに胴と尾を支えているため、体格はワニより何倍も大きく見える。
前体(に相当する部位)から直立しているヒト型の頭胴部も、サソリ型の胴と比べて小さすぎることはなく、かなりの大女だった。頭頂高は八尺といったところか。そこから放たれる声は、一五メートルは離れていても明瞭に届く。
「――しかり、文明壊滅計画は発動した」
「ロサンゼルスにも三時間前より、東京と同規模の攻撃をしかけておる。アメリカ人の加勢はなかろう」
「ウルトラ・クリムゾンはノースピアを退いたとの報告もある。この戦いの始めから、そなたがたは孤立しているのだよ」
二体の女王ヤマダは、仲間同士で無駄話をしているわけではないようだった。テレパシー女からの質問に答えているのだ。
拙者との〝接続〟は切ったのか、テレパシー女の言葉は聞こえない。
「――いや、それは却下した」
「一億規模の群を保護し、外界人の現行文明を維持存続させる計画は、あまりに煩雑なればなり」
攻撃役の幼体ヤマダとは別に、騒々しく飛びまわっていた攪乱役の羽音が静まりつつある。天井の梁に停まったのだろう。あの重武装した女王ヤマダが拙者の正面に立てば、幼体ヤマダによる上面からの挟撃には対処できまい。
幼体ヤマダを慎重に駆除している余裕はなさそうだった。テレパシー女が稼いでくれる時間は、せいぜい数分だ。
「現在の文明水準を回復させるに、一億は必要ない」
「文明保存計画は代替案が、既に施行されておる。数十年前よりのう。――さよう、冥加を授けたと言うたであろう」
拙者はトラックへ走り、荷台の暗がりから飛びかかる幼体ヤマダを打ち払った。
加速が乗っていない幼体ヤマダの飛行は遅い。跳躍力はそれなりだが、鳥類のように身体構造を軽量化していないのか、動きは重かった。
「修正された計画に基づき、諸方の先進社会に大小の避難所を築かせた」
「工場や動力の規模はさまざまの由とて、生物のままなれば一〇〇〇匹が一〇年は籠って暮らせる基本仕様であるそうな」
助手席の扉を開け、手動式の窓ガラスを二/三ほど閉める。トラックの操縦室内に幼体ヤマダはいなかった。
「この一〇〇〇匹が、生き延びた一〇万規模の群を導けば、数十世代で科学は今と同等の水準に回復すると試算されておる」
幼体ヤマダの片翼は開長三〇~四〇センチメートル。小型トラックの操縦室も窓も、自在に動くには狭い。
「これでよいではないか」
「落としどころではないかえ?」
「今回の文明は、浅ましい欲望のままに肥大しすぎた。それが滅亡の大なる原因よのう」
助手席扉を閉め、膝から下に痺れが残る脚をペダルに乗せ、回収しておいた溝式鍵を胸ポケットから出した。
「――忠告するが、アイダホの黄泉はクダンも成殊者も移住できる状態にあらず」
「我らの封印を解きはしたが、まだ破孔の次元界面を安定させることもできぬ段階のようだぞ」
拙者は鍵をハンドルに差した。
「改革派がつきあってきた、ウルトラ・クリムゾンの大それた野望は潰えたのじゃ」
「北アメリカの外界人社会は二ヵ月から一五ヵ月で崩壊する」
「黄泉の封印をいじくるだけならば大目に見ていたが、近隣世界をフロンティアにせしむるなど、もっての外よ」
「仙人の残党ごときが第二の常世を築こうとは、身のほど知らずも甚だしいわ」
エンジン始動。
「ザッケンナコラー!」
ヨっちゃんの怒声がエンジン音を切って響き、自動小銃が連射された。