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世界最悪の魔物が、野蛮な一神教徒や細菌兵器を撒き散らすコミー弾圧政府ですんでいる、この平和で退屈なゴイムの現実的日常を守る秘密結社の基地へ迷いこんでしまったら件 第5話



 階段を急ぎ足で降りプラットフォームに立つと、かえって視界は狭くなった。腹まで霧に沈み、履いているサンダルも白く霞む。二メートルにまで近づくとようやく見える人影を避けて、拙者はオサレ展示台へ歩いた。


「外郭扉までトラックで五分。そこな武器を回収いたして、エスコートつかまつる」


 テレパシー女は思考誘導念波の出力にまだ集中して、血生臭い霧の中に無言でたたずんでいた。

 今しがたの体験で知ったが、テレパシー能力は知識や映像を〝放送〟することもできる。〝受信〟する側は意識にわくこれらを、自分の記憶や思考と識別することが難しい。言語化されない、漠然とした危機感ならばなおさらだった。

 知っているはずがない常世なるものの歴史を、音声は英語で意識に投射され、拙者は外部からの情報入力に気づいた。しかしアメリカ兵は、彼らにとって不自然ではあるまい情報入力に気づかなかったのだ。


「兵隊は片道一五分も歩かせれば充分。次の電車が来る前に、ここを離れたく存ずる」


 オサレ展示台のまわりは、兵士によって中身を抜かれた五.五六×四五ミリ弾の空箱がいくつか放置されている。

 拙者はM16を一挺とり、規格が合うことを確認して、弾倉に一五発づつ弾をこめた。新品だからかバネが硬い。とりあえず二個もあればよかろう。

 開けっ放しにされた戸棚には、革製の櫃も入っている。バイクのリアバッグのような形状で、商品札がついていれば『特大 ¥59800 最終値下げ!』とでも書いてありそうだ。わずかにカビが生えているそれを広げ、無傷のM16と弾薬箱をつめた。

 MP5も一挺だけ頂戴してやったぜ。小型トラックの運転席でM16は大きすぎる。革ン中がパンパンだぜ状態になったバッグの蓋を閉め、拙者は時計を確認した。弾ごめと荷造りで一〇分経過。


「横浜駅から来る電車は、三〇分に一本がせいぜいと思うが、いかがでござる?」


 拙者はテレパシー女の聴覚に届くよう大声で尋ねた。

 テレパシー女は、長い首を縦に振った。


「群馬よりの追っ手は?」


 テレパシー女は、首を横に振った。

 テレパシー女の一族(クラン)は、元老院(セネート)に追われている。拙者が理解できた分の英語情報によると、その予知能力(プレコグニション)を警戒されたらしい。


「この駅には停まらぬ、と?」


 テレパシー女は、首を横に振った。


「わからぬという意味か……」


 バッグはオサレ展示台に四つ入っていた。二つ目のバッグに残りの弾薬箱もつめこむか迷った拙者の耳に、足音が聞こえた。プラットフォームの群馬側からだった。

 M16を握り、目玉展示品の鎧へ移動する。サンダルは軽量で半額で¥5980で無駄に音を立てない、それなりに良い品だ。

 鎧と下方階段のあいだに並んでいた盾はエクストリーム途中下車で客が使い、床に散らばっていた。ミズミミズが泳ぐようにうごめく人影も、そばに倒れている。彼らは立って歩く、あるいは四肢を協働させて這いずるといった知的な行動はしていない。脳を破壊され、雑音を発しているだけだった。


「……いるの……?」


 靴で空薬莢を踏む音と、なにかを引きずる音が小さく響いた。

 一〇メートル前方は下方階段から高く濃く噴きあがる霧で、まったく見通せない。


「……電車に乗ってた人が、誰か、まだいる?」


 かすれた女の声に銃口を向け、拙者は力強く応じた。


「ここにいるぞ!」

「げえッ!」


 早ッ!


「ヨっちゃん!」

「はぁ! はぁー……はぁー……ああ、血が……うぉ、げえッ!」


 下方階段の近くに二人はいる。えずいているほうも、むさい武将ではなく声は女だ。


「撃つなーー! こっちも拉致られた、民間人だから!」

「英語の通信は無視して! 横浜でも使ったMKウルトラ電、波ぁぁ……頭の中にぃ……うぅ、ふぅー、撃たないで聞いて!」

「承知した! 用があらば急いでもらおう!」


 霧の中から、盾を引きずって二人の女が歩き出た。一人は盾を構え、もう一人は腹が血まみれだった。二人とも武器や鞄は持っていない。他の乗客もそうだったが、服以外のものは奪われたようだ。

 鎧の鞍状部にM16を置き、拙者も二人の前に出た。


「我らは先を急ぐ」


 用件を言わない二人に、拙者はプラットフォームの南端を手で示した。


「近くの街までなら、トラックで送ろう」

「トラック……?」

「むこうの階段を上がったところにある」

「先に、怪我を手当てしたい」


 肌は蒼白、髪はカフェラッテ色の女が二〇分はかかりそうなことを言う。


「医療品は……」救急箱らしきものはオサレ展示台にあった。中身は見ていないし、ここで応急処置している時間もない。「あのリフトの脇に水道があった。まず傷口を洗わねばならぬ」

「わかった。そうよね」


 カフェラッテ女は盾を手放して捨て、『ヨっちゃん』に肩を貸した。

 拙者はM16をとって駆け戻り、二つ目のバッグに弾薬箱をつめた。

 アメリカ製の物資ではない救急箱は二つ。アルミニウムかチタニウムの外箱に、漢字で『非常事医療品』と印刷してある。これもオサレ造形で、意外に重い。箱ではなく中に、なにか重い固体が入っている。『人用』が一つ。読めない漢字で『□用』と印刷されたものが一つ。□は『山』『虫』『兌』を組み合わせた見たことのない一字だった。


「あの人は?」

「今は忙しい」


 拙者の横を通りすぎながら、カフェラッテ女がテレパシー女について尋ねた。拙者が短くあしらうと、それ以上は詮索しなかった。

 二つ目のバッグに弾薬箱と救急箱と私物の襷鞄を入れ、装弾したM16も突っこみ、拙者は立ちあがった。一八分経過。テレパシー放送は終わっていた。


「気絶から回復した者と、せざる者。個体差が生じたは、なぜゆえでござる?」


 プラットフォームの縁から闇の彼方を見ているテレパシー女に近づきつつ、気になっていたことを質問した。

 横浜方面の隣駅は南東へ五~六マイル。サムライが山奥でもイクサをしていた時代に哨所として築かれた。奈落へ通じる破孔はなく、無人の通過駅とされて久しい。


「アルテリアカロティスインター……」


 アーサー王 インシター?


「首の、脳とつながっている血管に、調薬した〈死の溶媒〉を注入する方式を用いたと思われます。それが脳ではなく胴体へ多く流れてしまうと、気絶している時間が短いと聞いたことがあります」


 間近で見るテレパシー女の頭頂は、一四〇センチメートルほどの高さだった。耳の少し上から古代エジプト文明の神めいた、長さ四〇センチメートルの角が生えている。ヘッドフォンは着けづらそうだ。代わりに眼鏡を着けるには便利らしく、テレパシー女は角の根本で眼鏡型の機器を固定していた。


「この方式は脳を傷つけ、知能を低下させます。しかし、心臓は止まらないので屍解が速いのです」

「シカイとは、仙人の?」


 拙者は左右に担いだバッグを、ひとまず下ろした。どちらも三〇キログラムにはなっている。


「そうです」

「荷物を、この鞍? にかけてもよろしいか?」

「どうぞ」


 テレパシー女の胴衣にもあった鞍状部に、M16を抜いたバッグを吊るす。


「不老長寿を報酬に、元老院は歴史が始まる前から外界人を操ってきました。現代人が知らない超古代の文明を、成長しすぎたという理由で滅ぼしたこともたびたびあるそうです」

「ほう」


 拙者が空いた手で曲刀を二本つかみ上方階段へ小走りに向かうと、テレパシー女も軽快につづいた。


「しかしまた元老院も、強者が台頭し弱者が淘汰される運命を免れません。産業革命以来、急速に力を増した現代文明と戦うときが来たのです」



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