世界最悪の魔物が、野蛮な一神教徒や細菌兵器を撒き散らすコミー弾圧政府ですんでいる、この平和で退屈なゴイムの現実的日常を守る秘密結社の基地へ迷いこんでしまったら件 第4話
「まず上さぁ……トラック、あんだけど」
「はぇ?」
「乗ってかない?」
拙者の誘いに、テレパシー女は「ああ、いいっすねえ~」と即答はしなかった。
「トラックでどこへ行きますか?」
「まずは近くの町か、どこでも人里へ……そこから電話なりインターネットなりで、ノースピア基地とも連絡できるのでは」
「ああ、そうですね……」
「ただし外へ通じると思しき、すっごい大きな金属の扉が閉まっており申す」
「外郭扉には、操作する小さな部屋があるはずです」
「あり申した」
「それなら手伝ってもらえば開けられます」
テレパシー女が同行すれば、外へは出られそうだ。ヤマ鉄電車で横浜へ戻ることは危険だし、群馬の本拠地へ進むなど自殺行為に等しい。
外の道が青梅街道(国道四一一号)とつながっていれば、トラックで奥多摩にある拙者の別荘へ行ける。ただし、不慣れな山奥のド田舎で道に迷ってしまう可能性もある。
迷って時間を無駄にしそうならば別荘はあきらめ、大雑把に西と南へ、関東から遠ざかりつつ幹線道路へ向かうほうが良いだろう。
うらぶれた集落しかない奥多摩などオクヤマダも攻撃するまいが、自衛隊とアメリカ軍の基地がある立川には巡航ミサイルを飛ばすかもしれない。一〇〇キロトン弾が立川を焼けば、三〇キロメートル離れた別荘にも核の灰は降る。
拙者、横浜や東京に常住しているわけではなく八月と年末年始のみ、この別荘にて暮らす。奥多摩には国道四一一号と並んで青梅線が通っているため、自動車は使わない。
きさらぎ駅に自動改札口が生えたような無人駅から青梅線に乗れば、本を読んでいても立川駅へは着く。ドライブは一日一時間。片道三〇分以上の運転はしたくない。秩父など聖地であれど行ったこともない。すなわち自動車が通行できる関東の山道については疎いのである。
「わかりました。やむをえません。外へ出て通信を試みます」
「ここの上の、地名は?」
「今は檜原村」
テレパシー女の意識が急に乱れた。まだつづきがあった音声の換わりに、映像が拙者の脳内で形成された。
地下道を走る電車。築地のタライロンめいて車内の床に積まれた乗客。前後を見通せる列車の床一面に、整然と二段積みか三段積みされている。大漁ヤッター。
照明は、やや赤みがかった昼光色。それに照らされて長椅子で身をよじる、やけに血色が悪い何人かの乗客。誰かは立っている。視点はここだ。他に立っている者は壁にもたれ、なにかわめいているか、窓ガラスに顔を当てている。
扉のまわりは作業用の足場らしく、意識喪失者は寝かされていない。汚れた床に、意識を回復して〝積荷〟から這い出たのか、糞尿レストランの徳川と我修院のごときありさまで乗客がうずくまる。
その乗客が撃たれた。開いた扉のむこうに、小銃を構える兵士。
電車は停まっている。静止したプラットフォームに『ならか 破孔37号』とオサレ展示台。あとウシ。栗毛のウシっぽい動物が倒れて血を流している。
女の髪も、同じ色の栗毛だった。散らされた霧が戻りつつある。
「シャイセ! なんたる……ズィー コンメン!」
テレパシー女の声で、不気味に鮮明な幻覚が消えた。
この駅へ拙者が降りた側の線路に、冷たい霧を散らす風が吹いた。電車が近づく音も聞こえる。
兵士らが散開し、プラットフォームに並んだ。等間隔に並んだならば、この位置から見えているだけではなく七~八人はいる。
兵士らが線路側へ小銃を構え、拙者は幻覚が近い未来の予知であることに気づいた。
「なぜ攻撃いたす?」
ゾンビの大量生産には元老院とヤマダ軍は合意したのではなかったか?
「車内にいた、あれらがゾンビのはず」
「屍解が早すぎる!」
長く連結された電車が到着した。音を立てて減速する列車は、プラットフォームとほぼ同じ長さがあるようだった。
舞いあげた霧をまとった扉が「新郎新婦の御入場です」みたいな感じで開く。
一つの扉ごとに数人の乗客が転げ出て、それを兵士が撃ち始めた。
新郎新婦を撃たないでくださーーい。
いやw、プラットフォームで血飛沫を撒く乗客はゲロで汚れた夏服や寝間着だから結婚式には見えないのだが、ひどい新たな門出もあったものよなwww
おそらく騙されてゾンビ化処置を受け、雑な作業によって不具合が出た個体は失敗品として、ここで殺処分w 雄に生まれたヒヨコのごときあつかいなりww
「まだならぬ!」
無謀にも駆け出そうとしたテレパシー女に、拙者は忠告した。
「待たれよ。兵隊は電車に入る。トラックへ走るは、そのときにござるぞ」
テレパシー女は動きを止めた。腰巾着も止まった。
しかし電車を降りた乗客は動きを止めない。
胴と頭を撃たれてプラットフォームに倒れはした。彼らは散り散りに走り、まず胴を撃たれた。
普通の人間ならば、胴への一発で終わりだ。二度と立ちあがれない。小銃弾はM16であれM4であれ、夏服を着ているだけの貧弱一般人が至近距離で受けて耐えられるものではない。
拙者が見ていたTシャツに短パンの新婦は、腹を撃たれ、胸を撃たれ、よろめいて立ち止まり、頭を撃たれた。これでようやく倒れたのだが、まだ四肢はウネウネと動いている。
強制的な人生の新たな門出に憤ってか兵士につかみかかる新郎もいたが、やはり撃ち倒された。〈死の力場〉の効果は確認できない。つかまれた兵士に痛がるようすはなく、冷静に新郎が離れるまで腹や肩を撃っていた。
まだ完全な力が発現していない『なりかけのゾンビ』であるからなのだろうか? 彼らは、いわゆるB級映画ゾンビのモタモタした動きはしていない。「やめて!」「撃つな!」「助けて!」などと愚かしいながらも意味ある言葉を喋ってもいる。
そして何人かは対面の線路へ跳びこみ、霧に姿を消した。
「ゾンビが線路へ放たれてしまったぞ……」
拙者が乗ったヤマ鉄の車輛は、扉が左右それぞれに三ヶ所あった。今の満員ゾンビ電車が一〇輛編成だとすれば三〇の扉が開き、一ヶ所平均二人だとすれば六〇人が走り出たことになる。
客は二〇メートル走れば、塹壕状の線路に身を隠せる。兵士は途中下車する客を完封はできなかった。一個分隊では無理ゲーだったようだ。
「ヒノハラ村とは、奥多摩の南にある檜原村でござるか?」
ここの上はヒノハラ村、とテレパシー女は言った。
檜原は奥多摩の南側に隣接する村だ。東京なのか神奈川なのかは忘れた。当然、行ったことはない。青梅線から見える山地の峰を越えたら檜原村なんよ~、とは聞いた憶えがある。
破孔37号駅は、青梅街道から南へ山を一つ二つ越えたあたりに存在するらしい。トラックのナンバープレートに熊谷と書いてあったせいで位置を誤認していた。
「隣の駅はどうなっておるのか……ヤマダ鉄道は、かなりの人手不足と見受けたが」
立川あたりで調達した物資を運び入れた(お約束のホームセンターで買ったにせよ、協賛軍閥や企業からもらったにせよ)この駅は、厳重に閉鎖したはずだ。しかし他の場所はどうなのか。
線路を逃げた客は、隣の駅まで歩けば地上へ脱出できるかもしれない。ここと同じく武器が置いてあるなら、それを利用もできる。
ヤマ鉄職員を威すなりして脱出した彼らが完全なゾンビとなり活動を始めると、すぐに恐ろしい事態になるような気がする。夏の山には虫が多い。こうした小動物がいかような過程でかゾンビ化するのであれば、超自然汚染は森や川伝いに広まるのではなかろうか。
この仮定が当たっている場合、東京湾岸の都市部を焼くだけでは無駄ということになる。
「外へは出られずとも、ゾンビが武器を持って反撃してくるとは考えておるのであろうか……? テレパシー女殿?」
テレパシー女は、拙者の呼びかけに応じなかった。
兵士は電車内へ乗りこみ、断続的に撃っている。
気絶からは回復しても、エクストリーム途中下車に参加できる体調ではなかった乗客を始末しているのだろう。
アホどもに「隣の駅にも武器を飾っているなら、討ち漏らした客を追え」と助言してやりたい。
武器を手に入れ態勢を整えたゾンビは、必ず復讐しようとする。必ずだ。
一五万七〇〇〇年の長きにわたる常世の歴史において、ゾンビの復讐は一再ならずあったのだ。
「む、……降りる」
拙者と同じ危機を強く感じたのか、兵士らは分隊を二つに分けた。
一班が電車に残り、もう一班が対面線路へ降りる。
電車の扉が閉まり、破孔37号駅から発進した。線路へ降りた班も、霧の中を横浜方向へ歩きプラットフォームを去った。
「テレパシーによる、思考誘導か。すばらしき力にござるな」