世界最悪の魔物が、野蛮な一神教徒や細菌兵器を撒き散らすコミー弾圧政府ですんでいる、この平和で退屈なゴイムの現実的日常を守る秘密結社の基地へ迷いこんでしまったら件 第2話
性急すぎる女の話に、理解が追いつかない。音波ではなく念波で喋っていることも気になる。
奈落要塞とは中央駅か、この地下施設群全体のことだろう。
管理事業者は秘密結社・オクヤマダ?
アメリカ軍の怪しい超能力部隊に協力とな。論外なり。
攻撃されている。一大事にござるな。
世界の破滅。それはもう転生戦士が前世の仲間を呼び集めて対処する案件。それより、拙者の不自然な予感はテレパシーによる干渉ではござらぬか?
「あなたは一般市民ですか?」
女の質問が明確な音声として、拙者の頭に届いた。激おこ口調ではなくなっていた。おぬし、今、心を読んだな?
「いかにも」
一〇〇メートル離れたところにある鼓膜を振動させるには小さすぎる音声出力で、拙者は応じた。
小銃を持った歩兵は、ここから見える限りで三人。音波と違って念波が選択性だとすると、無反応なカカシどもはテレパシー通信を聞き流しているのではなく、聞こえていないのだ。
カカシがアメリカ兵なのかオクヤマダ兵なのかは見分けがつけられない。
アメリカ軍だと自己紹介した女が隠れる相手ならオクヤマダ兵と考えられるが、特に秘密結社っぽい装備は身に着けておらず、ヤマ鉄(仮名)の駅員服でもなかった。どこの軍でも似たり寄ったりのものだろう野戦服に戦闘胴衣だ。バル・ベルデ兵よりは高価そうな装備ではある。
「ここにいるのは、なぜですか?」
プリッ♡ュア! プリッ♡ュア!
「歌はやめてね!」
囁く必要もないとは。アメリカ軍、恐るべし。
しかして、そこもとが心を読むならば、歌わねばなるまいぞ。
何百メートルも離れていた拙者の脳に、漠然とした危機感を厚い岩盤を透過して〝送信〟できるとなれば、記憶をプライバシー無視で読みとれる〝受信〟性能もあるかもしれぬ。
それに拙者、いい歳こいた参加者がプ♡キュア異本を求めることにも、いささか思うところがあり申す。
半月前に開かれた、おぞましき二〇万のヘンタイ的あれこれの記憶が吐き気を誘う酸っぱい瘴気とともに充満する地獄めいたウ=ス異本大祭を、そのテレパシーで覗い
「これは通信です。思考した意識しか読めません。あなたは一般参加者。それもわかりました」
なるほど、超能力部隊っぽいアンテナを着けているテレパシー女は拙者を秘密結社・オクヤマダの一員と思っていたのか。
そのせいで、「おおよその事情は知っていて当然。アメリカ軍が破滅をなんとかしてやるから協力するも当然。おうあくしろよ」な言いかたになったようだ。
「状況を説明します。卑劣な元老院の裏切りにより、我々は分断され犠牲になることを強いられています。愚かな元老院保守派は勝ち目のない戦争を選択するかもしれず、その場合、この世界の全人類は際限のない犠牲を強いられます」
「……ぐ、具体的に」
「奥山田総本家は、この世界から消滅しました。そのため活性化した奈落破孔は、次元位相変異が見つかったここ四〇時間でさらに数が増えています。ヤマダ軍だけでの対処は非常に困難であり、なんらかの兵力追加が必要とされます。そこで保守派は、外界人の無差別徴用を強行しました」
霧を噴き出す下方階段を、拙者は見た。
「……元老院の保守派? が、下界人の無差別徴用を強行した?」
「そのとおりです。ヤマダ軍は元老院の越権行為を承認していません。また、改革派と協調する外界軍閥を一時排除する緊急措置として、地表層出入口を閉鎖するつもりだと思われます」
「地表層出入口……横浜の駅も?」
「そうです。ヤマダ軍は奈落要塞の広い範囲を支配しており、ここも危険です。我々はノースピア基地との連絡を遮断されました」
「ヤマダ軍とは?」
「日本の自衛隊に相当する、常世の防衛軍です」
「な、なるほど?」
奈落の次は常世でござるか。
説明されても理解が追いつかない。
アメリカ軍の一派が、改革派とつるんでいることはなんとなくわかった。秘密結社・オクヤマダの元老院には保守派と改革派があるのだろう。テレパシー女は改革派だ。ピッグス湾で遊んでいたらキューバ危機がおきちゃった、と慌てふためいているCIAのクソザコエージェントという感じだった。
「常世はこの先にある居住区域です。奈落は地球の地殻に発生した次元の罅割れであり、奈落要塞は可能な限りでそれを鎮圧する施設です」
「うむ、えー、つまり、要約すると、奈落のンアッー! 止まらないよ状態で、それをチン圧するために常世の元老院保守派が下界人を無差別徴用した? と」
「……そうです」
「横浜の一般市民を拉致ってなにかやらせる、ということにござるか?」
「元老院保守派は横浜に拠点を構築し、人間を手当たりしだいにゾンビ化し、活性化した奈落破孔へ特攻させるつもりです」