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世界最悪の魔物が、野蛮な一神教徒や細菌兵器を撒き散らすコミー弾圧政府ですんでいる、この平和で退屈なゴイムの現実的日常を守る秘密結社の基地へ迷いこんでしまったら件 第1話


 大規模な核シェルターを連想させる上層階は、車道が東へ数百メートル延び、そこで行き止まりだった。縦七~八メートル、横は一〇メートルもありそうな金属扉で、道が完全に閉鎖されている。

 大きさや堅牢さからして、この金属扉が外との出入口である可能性は高い。

 非常灯が点いた大扉の操作室らしき小部屋は、しかしリフトのトラックと違い施錠されていた。金網入り窓ガラスのむこうは、高度経済成長期に建てられた駅員室のような感じで、古びている。ここにも誰もいない。改札もないし、冷暖房用の送風口も作動停止している。

 小型トラックのタイヤには土がついていたから進入路を辿れば外へ出られるだろうと思ったのだが、こちらは手詰まりになってしまった。何百トンもありそうな金属の大扉は、人力と鉄砲で開けられるものではない。

 トラックを置き去りにした秘密結社員は、不用心ではなかった。市販の自動車より遥かに頑丈な設備で、ちゃんと戸締りをしていたのだった。イノシシどころか戦車の体当たりにも耐えられそうだ。

 大扉操作室(推定)の中にある構内図らしき案内板に少し揺れながら目を凝らしていると、不意に隣のモニターが点灯し、頭上から「プーー! プーー! プーー!」と警報音が響いた。

 拙者は腰に巻いた装備ベルトから拳銃を引っこ抜いた。

 ジングルベル逆再生をかました直後に、ゾンビやスライムやサメやカカシや忍者が出て襲う! Z級お約束の展開。サメは霊体スタイルで、アルバトロスのごとく空中を飛んでくる。


「地震が発生しました」


 頭上の鉄骨梁につけられたスピーカーが告げた。スライムは貼りついていない。操作室内のモニターが東日本の地図を映す。ブラウン管ではなく広角液晶の画面に表示された関東の西部に➀と➁と➂が次々に追記された。


「最大震度 三。この地震による 構造体損壊の危険はありません」


 少し視界が揺れるわい、と思ったら地震だったのか。

 モニターの地図には鉄道なのだろう記号群があり、それらに震度が表示されている。

 横浜から群馬の山奥にかけての路線、その奥多摩か秩父あたりに位置する[37]に➂が出ていた。➂は一個のみで、周囲にいくつかの➁。➀が多数。

 拙者が謎電車に乗ってしまった地下の横浜駅は、地図上にもある。東京駅はない。東京湾岸のメガロポリスを通る路線は〈横浜⇅群馬の山奥線〉の、これ一本しかない。忍者も出てこない。

 地図は関東地方を主として、西辺は静岡、長野、富山の東半分、愛知の東端、北辺は東北地方のチェルノブイリあたりまでで、北海道は省られている。

 道路記号群の最も目立つ場所は、拙者を乗せた謎電車が向かっていた群馬の山奥だった。

 ここを中央駅として何本もの鉄道あるいは車道が、各地へ広がっている。横浜を除いて、大都市にはつながっていないようだった。この〈横浜⇅群馬の山奥線〉と、温泉街の近くへ出そうな〈伊豆⇅群馬の山奥線〉の他は、山中で行き止まりになっている。


 モニターに表示されただけでは信じられない規模の秘密基地だった。

 これらの全部が実在するならば、謎の秘密結社は日本を陰から支配していてもおかしくない存在だ。

 これほどの活動をしていながら今までその名を囁かれたこともない彼らに匹敵する能力を有する集団は、拙者が現実として知る範囲で、日本にいない。アメリカ政府はグリーク・アイランドを作ったが、秘密を完璧に守るなど不可能だった。こっそりと地下道路網を作ることだけが秘密結社の目的というならともかく、そんなバカバカしい話はあるまい。

 日本政府が、ここを冷戦期に税金を使いこんで密造した、とは考えづらい。政府が施工主のシェルターだとすれば、全面核戦争不可避となったとき自分が真っ先に逃げ出せるように、国会議事堂前駅あたりを横浜駅とつなぐ。はずだ。テレビ屋の前でアホ面をさらして「ただちに爆撃はない」とのたまう連中もいるにせよ。

 それに工事を秘密裏におこなうとなると、キューバ危機にビビってから建設開始では遅い。大量の岩屑を横浜駅(となる海辺)から埋立予定地へ捨てたのであれば、一九五〇年代がやれる期限となるのではなかろうか。建設費も難問だ。

 ふたたび警報が鳴り、拙者は考えごとをやめた。

 群馬の中央駅には、なにか途轍もない、世界に破滅をもたらしかねない秘密が隠されている。なぜゆえか奇妙なまでに強く、そう予感していた。


「震源地は 破孔37号です。大変危険ですので 関東魔界線の 職員は武装してください」


 よく聞くとボカロだった案内嬢が告げる。

 武装をうながす案内放送とは珍しい。拙者、初めて聞き申したw しかも「すてきなお買い物、お楽しみいただけましたでしょうか」と言いだしそうな爽やか口調にござるなww しかるに地震で危険で武装してね、とはいかなる仕儀なるや?

 前頭葉ではそんなことを思考しながらも、松果体の直感は体を斜行リフトへ走らせていた。

 震源地がこの駅の下にあると思われる破孔37号で、なんらかの大変な危険に対処するべく、武装した職員が電車で戻ってくるならば拙者も急がねばならぬ。


 小型トラックと斜行リフトは、そのまま動かされることなく残っていた。空調機が起動したのか、やや涼しくなっている。

 広い通路の暗がりから武装したカカシは出てこなかった。自作した柵か檻かを運ぶために、やはり出払っているのだろう。

 階段を途中まで駆け下りて、拙者は滑りかけた足を止めた。岩の階段や壁面が濡れている。


「ぬぅ……? なんと……」


 プラットフォーム階は真冬のように冷えていた。破孔37号への下方階段から吹き出す霧が、両側の線路へ滝となって流れ落ちている。

 あれが毒ガスならば大変な危険だが、そうではないようだ。

 ヘルメットを着けて小銃を持った兵士が何人か、下方階段の近くに立っている。ガスマスクは着けていないし、咳こんでもいない。平静にまわりを警戒しているように見える。

 オサレ展示台のこちら側にも、一人か二人が霧に沈んでいた。ヨツンヘイムから出てきたばかりだからかヨツンヴァインだ。いや、展示台と霧で、カカシから身を隠している。


 霧の国はニプルヘイム?

 細けぇことはようござる。

 うずくまっている一人が霧から頭を出し、こちらを見た。階段とプラットフォーム階天井の梁が交差するところで動きを止めた拙者とは一〇〇メートル近く離れているのだが、バッチリと目が合ったような気がした。


「我々はアメリカ軍です!」


 女の声が響いた。日本語だった。


「この世界は破滅の危機に瀕しています! 我々は滅亡を阻止する任務部隊です! 協力を要請します!」


 兵士は女の声に反応しない。敵対しているわけではないのか、聞き流していた。


「我々は奥山田総本家から正当に管理事業を継承しました! 現在、奈落要塞は攻撃されています! さあ、団結して戦いましょう!」


 アメリカ軍の現地求人係のようなことを言う女は、通信器なのかヘルメットの換わりにアンテロープの角めいたものを着けている。もう一人は負傷したか腰でも抜けたか、黙って女の後ろにくっついているだけだった。


「英雄的に世界平和を守る任務に、あなたは安心して協力できます!」

「嫌でござる」

「アメリカ軍は正義の権化であり、人類の保護者であり、あなたを裏切りません!」

「絶対に嫌でござる」

「明日ホール! 初エッチ!? あぁん!?」


 小声で呟きを返していた拙者の頭の中に、女の怒声が響いた。


「歪みねぇな! ファッキンサノバビィ~~ッチ!」

「テ、テレパシー?」


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