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永い終焉の始まりの日⋯⋯夏休み八月 三二日 二〇時 〇分


「ネクロニカ舐めてた」

「また、いきなりだなも」

「初めて見たときは、帯で一発芸の同人誌か、と思てスルーしたんだけど」

「それは、一〇年前のことであった……」

「うちら、一八歳っちゅー設定なんで」

「初耳だがねw」

「まあ、八歳か七歳のときにな、帯つきのを見たんよ」

「調べたらまーひゃー一五年前だわ」

「嘘やんw まあ、四歳か三歳のときにな、帯つきのを見たんどす……表紙が全見えなら即買いしていた! あのとき目覚めた!!」

「あれはそもそも表紙を隠すためのものであって」

「機会損失。インコグサン・ラボの機会損失」

「サヴァント人権論がどこにもにゃーという私憤を感じるw」





「お~~い! 日本は終了しましたって!」


 秋葉原駅・西口の切符売り場に立つ友人にそう言われて、降天(ごうてん)与魅子(よみこ)は腕時計を見た。一九時 五四分。

 近寄った発着掲示板の東京・品川方面には『日本は終了しました』と出力されている。


「まだ八時なのに……秋葉原の駅員さんは気が早いですねえ」

「人身事故じゃね?」

「人身事故……転生志望者の一人くらいで今日はおしまいにはならんしょ」

「もっと大規模に事故った?」

「かもねー」


 伊豆へ出張していた18きっぱーの与魅子は、荷物が多い。対して、足立区までの切符を買いに先行した沢村 美沙希(みさき)は、三泊四日の南国リゾートアイランド旅行と洒落こんできたにしては軽装だった。

 午後に横浜へ到着した豪華クルーザーからのリムジンで、与魅子が一休みしていた秋葉原へ乗りつけたそうだ。持つべきは大富豪の友人。


「明日、始業式だけど来る?」

「無理みたいだって」

「そっかー……」


 沢村家はつましい庶民で、富豪ではない。とんでもねえ大金持なのは与魅子たちの学校へ五ヵ月前に転入した、謎の美少女だった。


「九州まで行ってきたって聞きましたよ、沢村さーん」

「うん、行ってきた」

「豪華クルーザーで」

「うん、豪華クルーザーで」

「就職するの?」

「うん、しよっかなって」

「そっかー……」

「五〇メートルのクルーザーで、所有してる島で、町を作ってるとこ見せられたんだぜ? もうね、受験とか就活とかアホかと」

「そりゃ、エプスタイン島じゃなきゃいいんだけど……あー、ごめ、電話」


 カラビナで腰に固定した鞄から、与魅子は利口電話を出した。

 発信者は降天覚将。ブディズムを守護するデーモン・ロードの一柱。

 みたいな名前の、与魅子の父だった。

 さりとて降天覚将。リボル〇ック仏像シリーズに多聞天、持国天、深沙大将、金剛力士阿形、金剛力士吽形、金剛夜叉明王、降天覚将、と並んでいてもなんの違和感もない。


「もしもーし」

「[東京駅と霞ヶ関で事件がおきてる]」


 高校三年生の娘を「いやー、腰痛が治んなくてさぁー」という理由で働かせるスッとぼけた男が、やけに真剣な口調で言った。


「事件て? エプスタイン?」

「[東京駅で]」

「東京駅? 普通だったけど……二時間前は」

「[今どこだ?]」

「アキバの、駅の、外側」

「[東京駅が真っ暗になってる]」

「ん……?」


 与魅子は『日本は終了しました』を見あげた。


「ああ、それで」

「[そこから見えないか?]」

「ここからだと、ビルしか見えない」

「[高層ビルからの生配信を見てんだが、一〇分前に電気が消えたとか……アッー! おおん! 消える!]」

「な、なに?」

「[また消えてく! 西のほうだ! 西の!]」


 与魅子は駅舎から出て、西を見た。停電はしていない。見える範囲では、北、東、南も照明は灯っている。巨大都市の発光で、夜空は伊豆より薄明るい。

 秋葉原は電車以外、広場も店々も、いたって平穏だった。


「停電してるだけで大袈裟な」

「[いや、霞ヶ関も真っ暗なんだ。非常電源が利いてない。みんなテロじゃないかってテロップしてる]」

「コメね」

「[テロじゃないかってテロップ]」


 与魅子は、思わず顔を金剛力士吽形にした。こっちは雨に降られたというのに、生ビールでも飲んでいそうな浮かれっぷりだった。


「高三の娘を出張させてネット三昧たぁー、優雅な週末でいらっしゃる」

「[やれやれ……、まだ言ってんの? それ。パッパもな、事務作業とかしてるんだよ。物件の管理も、そろそろ覚えてく時期だ]」

「明日から学校なのに」

「[学校なんて辞めていい。よく一二年も通ってられるも]」


 覚将(あきまさ)の声に雑音が混ざった。曇天の霹靂めいたものが空にチラついた気がする。通信の不調は数秒で治まり、音声が戻った。


「[田町のへんだって言ってるぞ……。中学高校はチンパンジー調教所。小学校だけで充分だ]」

「大学はどうすんの?」

「[大学なんて、あんなもん、マヌケで愚かな社畜をカモにした詐欺商売だよ。学者になるとか、詐欺仲間になりたいならともかく]」

「でも――ぬあ! うるさ!!」


 轟音が夜空から急速に近づき、突風を浴びせて飛びすぎた。

 軽い物品が広場を舞う。そばにいた外人観光客の紙袋からウ=ス異本も舞う。与魅子もキャリーバッグもろとも転びそうになり、手摺をつかんでいた。


「[どうした!?]」


 燃える飛行機が、ビル群と高架線路の少し上を飛び去りつつある。

 空飛ぶロボットとか、空飛ぶ怪獣とか、空飛ぶ古代の亡霊とか、やけに空低くを飛ぶ宇宙人とかによく落とされる戦闘機だった。


「ジェット機に……」


 ジェット飛行機は、墜落が先か、爆発四散が先かという状態だった。秋葉原を通過し、南へ向かっている。燃えながらも西へ曲がろうと機体を傾けていた。

 道路の遠くまで、あちらこちらの人々が狼狽ダッシュを始める。

 飛行機は操縦士のワザマエか進路を変えることには成功し、代償に高度を失って、ビルのむこうへ消えた。


「降天そん!」


 改札窓口から駆けてきた美沙希が、ウ=ス異本を前にしてのけぞる。水捌けが良い材質らしく、路面はほぼ乾いていた。


「え、ショタコン? この人ショタコン?」

「そういう言いかたをしてはいけません」


 耳から外れて首扇風機に引っかかっているイヤホンマイクをかけなおすと、覚将がさらに興奮していた。


「[でかいロケットみたいなのが落ちたぞ! 爆発してる!]」

「今の、なんだったの?」

「ジェット機が、すぐ上を飛んでった」

「[ジェット機? 秋葉原のすぐ上をか?]」

「横浜タワーくらいの高さで、被弾、ていうの? 燃えてた」

「[燃えて……F‐15が飛んでるってカキコがあったんだが]」

「あー、それ、F‐15」

「エフジューゴ?」

「オゥ、F‐15(フィフティーン)


 美沙希と、涙目でウ=ス異本を集めていた外人観光客が応じた。大玉金剛棒太郎だいごくこんごうぼうたろう本を見つけるとは、お目が高い。


「[江戸城か赤坂あたりに墜落して、それが燃えてるのか……]」

「墜落したの?」

「[ああ、なんか墜落して、燃えてる。曲がって落ちたから、トマホークとかが外れたのかと思った]」

「市街地より空き地のほうがましと判断したのかもね。落ちるなら」


 本物のF‐15は、今でもかなり強い戦闘機だと聞いたことがある。

 アーメンダブツとかいうアメリカの最新機種には負けるにしても、トウバンジャンみたいな名前の中国機に、日本領空で後れをとるとは思えない。同盟国にたくさん売れたロングセラー。それが信頼と実績のF‐15。ええ、キモオタの受け売りですよ。

 ミサイルなどが届く高さまで相手が降りてきてくれれば、巨大ロボットや巨大UFOとすらそこそこ戦えることを全米が認めている。

 おまいらもっと高いとこにいれば楽勝じゃね? ていう。特に宇宙人。


「[……横浜ランドマークか。アメリカの空母が何隻もいるってニュー速で……あ、旅行の写真は見た。すんげーな、ネクロ財閥]」

「ネクロじゃなくて涅黎(ねらい)だから」

「[片道五〇万くらいか]」

「ごじゅ?」

「[高校のアニメ同好会の夏休み旅行の相場を、映像で圧倒的にブッちぎるっていうねw アニメみたいなwww]」

「電話、誰?」


 利口電話の降天覚将と表示されている画面を、与魅子は美沙希に見せた。


「腰のジョイントが悪いリ〇ルテック」

「ああ、おじさんw」

「自衛隊の飛行機が墜落してるって」


 美沙希は、まだ騒然とする広場や道路を眺めた。


「日本のF‐15がやられてるから、アメリカの東京湾攻撃かも」

「……は!?」

「ファ? ァメリカン?」

「[どこの攻撃かはともかく、二機一組で出動するはずだ。もう一機、飛んでるはああッ!]」

「お次はなんだぁ?」


 もう一機のF‐15を警戒して、与魅子は空を見あげた。

 秋葉原駅の上空に飛行機は見えず、その轟音も聞こえない。


「[空中で爆発した! 海だ! アクアラインが見える!]」

「遠いってこと?」

「[アキバからは遠い。カメラを振ってて、羽田空港っぽいのが見えたから離れてる。南を撮ってるのに切り替えたのか……川崎を撮ってるなら、そっちへ海岸沿いを飛んでたのが爆発した、と思われ]」

「えーっと、カワサキ?」

「[品川のむこう。東海道本線で通るだろ]」

「ああ……横浜の近くの?」

「[品川、川崎、横浜。……連射だ! 連射してるぞ! 爆発が……海じゃない、明るい陸地で広がってる!]」

「連射? 艦、艦砲射撃?」

「[ランドマークの映像がメチャメチャに乱れて……! まだ爆発してるとこはかなり……ああーこれサージなのか!? 真上から……レーザーって噓だろ、生成だろ]」

「実況~~~~下手ぁ。連射って、F‐15が撃ってるってこと? 自衛隊がなにか撃ってる?」

「[違う。あれは]」

「降天そん、スピーカーにして」

「プイット オン スピーカー」

「プイッと?」


 与魅子は利口電話を操作し、スピーカー・モードにした。


「[ームだ! 横浜の真上からビームで爆撃してる!]」



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