文明保存計画 第4話
配信カメラマンが地面に倒れ、額にできた穴から血を噴くと、もう一人の配信者は「オッ!? ウオッ!? ウオォーーッ!」と驚愕全開の声を発した。
金兵衛は片手持ちの拳銃をそちらへ向け、叫ぶだけで走ろうとしない配信者の腿を撃った。立ちすくんでいたジーパン男も、二発の九ミリパラベラム弾で倒れた。
「あああ、ほんとに殺っちまった」
「やべえよ……やべえよ……」
「車ぁを撃て!」
佐久島が配信者に狙いをつけていたM16を上げ、ただちに撃った。
HUDに位置情報を表示されている自動車は、距離おおむね五〇メートル。荒川基地に対して、藪に隠れる場所を選んではいる。
その藪が佐久島の銃撃でざわめくと、自動車から東門へ反撃の弾がバラ撒かれた。こちらのM16と同じフルオート射撃だった。
佐久島と高田が外壁の後ろへ逃げる。金兵衛はココスヤシの幹を盾とした。連射は数秒間。それが終わると同時に、自動車が堤防の坂道へ急発進する。
「基地指令室に、ラジコンヘリで攻撃せよと伝えられたし」
「[女王が出撃すると、今]」
「[車のほうは生け捕って進ぜる]」
大室との通信に女の声が割りこむ。
「[ウルトラ・クリムゾンの手先であろうゆえのう]」
金兵衛は地面に落ちたハンディカメラの電源ボタンを押した。
「よろしくそうろう」
坂道を快速に駆け登った自動車は、多目的スポーツ車と分類されるもののようだった。一~二トンの車体を秒速二~五メートルほどで加速できている。搭乗者の運転技術も、性能を活かせる高さに見える。
「撃ちかた、やめ!」
弾倉交換する佐久島と高田に、金兵衛は射撃中止を指示した。一五〇メートル離れた動く標的に小銃弾は当たらない。
静まった東門の上を、闇が飛びすぎた。
球状の闇は緩やかに弧を描いて堤防へ接近、堤防道路を下流側へ走り去ろうとする多目的スポーツ車に合わせて減速、重力が作用する質量体の動きで真下へ落ち、車室部を圧し潰した。
火花を散らして車高が半分になった多目的スポーツ車が止まる。
標準的な女王ヤマダの体重も一トンほど。この自重を念力で飛ばせるならば、加速力は少なくとも秒速一五メートル。自動車で逃げきれる可能性はなかった。
埼玉側の民家へ突っこむつもりで斜面を降りたとしても無駄だ。東京都心に先んじて、ここで小規模に魔界落としがおこなわれるだけで、逃走に役立つ騒ぎにはならない。
あの闇は、光を操作して影を作る初歩的な魔術ではない。遥かに上級の魔術で形成された、外界人が世界の全部だと認識している通常空間に満ちる光を、無限に広く決して明るくはならない魔界へ吸いこむ穴なのだ。
「どうしますか!?」
「小山士長を呼べ。車で来いと」
「了解!」
多目的スポーツ車の変形した側面窓から、助走をつけた幅跳びのような勢いで搭乗者が飛び出す。何メートルも空中を飛び、道路へ転がったようだ。
東門から堤防上の路面は見えない。発砲音は届いた。抱えていた銃を撃っている。
闇をまとう女王ヤマダも路面へ降り、伸ばした鋏を高々と振るう。搭乗者は基地がある河原側へ放り投げられた。
草が茂った堤防斜面を、都市迷彩柄の服を着たガチムチ体型の禿……男が滑り落ちる。手に大きな物品は持っていない。脚の一本はズボンだけでつながっているような折れ曲がり具合だった。
「[奈良園司令、時間です。六番隊、発進できますか?]」
大室と代わった指揮車の誰かが質問した。
女王ヤマダが市街地側へ姿を消してしまった堤防道路を、金兵衛は見た。
「できる。事故車が堤防上に一輌あり」
「[了解]」
「五番、六番隊が発進しだい、荒川基地を封鎖する」
小山の軽装甲バンが東門を前にして停まった。即死した配信カメラマンと同じく、ジーパン男も動かない。
近寄って覗きこんだ高田が叫んだ。
「流れ弾が当たってる! 死んでます!」
「[封鎖ですか?]」
「出撃陣地としての役目は終わった。〈コツガハラ〉は補給が必要ならば母艦へ帰る」
高田と佐久島が手を握って外壁のそばへ引きずるジーパン男は、胴からも出血していた。何発か当たっていることから、偶然ではなさそうだった。牽制射撃のついでに生け捕りにされそうな囮を始末したのだろう。
「そうですね。やはり監視されているみたいですし……ウルクリは、我々の都魔界落としに気づいたのでしょうか」
軍用の銃を持って荒川基地へ来た迷彩服男は、ほぼ確実にウルトラ・クリムゾンの手先だ。とぼけた配信者をけしかけて、なにがしたかったのだろうか?
「億万派が東京でなんらかの行動をすることは、気づいていよう。しかし、MMOのことは知らぬはず」
関東には億万派が所有する建物が、いくつもある。それらには一五〇〇一五〇九任務部隊が使える駐車場があり、魔界への通路もある。
数日前、三浦から横浜、木更津、館山までの東京湾一帯において普段は閉ざされている〝穴〟が開かれた。そこから噴き出す魔力の霧に、東京メガロポリスは今やおおわれつつある。
魔力の霧は超感覚をも遮蔽するため、時空のどこからであろうと現在の、さらに数ヵ月後までの東京を知覚することはできない。
「[それなら輸送船を飛ばしたことが気になったか、混乱に乗じて避難所を狙っただけかもですね……ロサンゼルスの、……その、あれみたいに]」
「そこはインタビューする」
「[するんだ。あ、発進]」
なんの修練も積んでいない常人が魔力にさらされると、感覚器や脳を幻惑される。一昨日からの東京湾岸で、UFOの幻覚なり怪物の悪夢なり次元界の断面なりを見た者は、かなりいるだろう。数十分前に、浮上する〈メサン〉を見た者もいるかもしれない。
金兵衛が配信カメラマンをどけると、小山も軽装甲バンを寄せ、近づく車列に道を譲った。
堤防へ向かう長距離バスや大型トレーラーは、商業用の外装をほどこされている。どれも億万派が作った、実在する会社のものだった。
自動車整備士として自衛隊に雇われている佐久島が、敬礼して車列を見送る。予備役の高田も、死体を足元に置いて敬礼した。
「[東京のビルに屍解觳をしかけた]」
女王ヤマダの声が告げた。
「[と、車より逃れ出ため、まんさんが言っておる]」
「……その女は?」
「[捕らえた]」
周辺の高層ビルを、金兵衛は見まわした。
「屍解觳とな……!?」
「[意趣返しめいて]」
東京には多数のビルがあり、それらのどれをウルトラ・クリムゾンの信奉者が所有しているかは、億万派もその他の改革派も完全には知らない。
屍解觳は大きさも繊細さもガラスの飾り棚ほどで、狭小アパートにも置ける。しかけるならば、むしろ貧乏人やゴキブリやハエやダニでにぎわう賃貸集合住宅のほうが効果は高い。食物連鎖を介する原虫式を使える。
「[封を解かれたばかりの屍解觳が、車にもあったぞよ]」
「その、壺は?」
「[魔界へ放りこんでおいた]」




