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文明保存計画 第3話



「[それは、いささか……]」


 困惑した口調で、大室一五〇〇一五〇九任務部隊長が言葉を切った。


「[……地球全域に災いがおよぶとの予言は、何年も前に祓われてござる]」


 常世が外界への敗退を強いられたときは、外界人の現行文明は破壊すると決まっていた。意図的になにかをするまでもなく、常世と奈落の戦争が地球の表面でおこなわれれば外界文明は滅びる。


「避難所の工事は、つい先週までつづいており申した。不思議ではござらぬか?」

「[避難所建立は、奈落の外界侵攻を案じてのことなり。奴らの力を慮れば、海を隔てた諸方での建立も自然自明のことなり……と、戦略政府も公言しており申さば]」


 確かに、常世にとって二一世紀の外界人は保護の対象であり、脅威ではない。

 外界の科学文明が少しはまともに常世と戦えるようになる時期は、二三世紀と予測されている。それゆえに文明壊滅計画の発動は二二世紀末なのである。

 常世は現在、外界に対して破壊的な行動を準備していない。横浜で外界人を小規模に収穫しようとしているだけだ。日本政府なる腐った枝の伐採は、収穫をできるだけ平和的に実行するための手段にすぎない。

 念のために関東広域を焼き払う計画もあったが、それは億万派の尽力により廃案となった。

 戦略政府の初期計画は、奈落要塞・関東区域における侵攻が確定的となった時点で『ナラカ地下鉄横浜駅を利用し、横浜住人を奈落との戦争に根こそぎ徴用する。関東の地表部は、奈落からの汚染を見越してあらかじめ一掃する』というものだった。

 市民議会は五~六年前に、これを承認している。

 億万派は犠牲を限定するべく修正案を出し、それも承認された。市民議会は外界に対して中立的である証拠ともいえよう。


 修正案では、まず日本政府中枢を魔界へ放逐する。

 頭を失った日本政府の下部組織が麻痺しているあいだに、常世側の自衛隊が近くにいる外界人を横浜駅内へ誘き入れる。予定徴用数は、最小で五万人。

 横浜攻撃役は、地球首都リマクルを守る予備兵力でもある元老院が担当することとなった。何千年も歳ふりたる強力な者どもが、戦争状態を演出するべく自衛隊と駐留アメリカ軍を襲う。

 関東を大規模攻撃はしない。

 徴用作業が終われば常世軍は外界から撤収。

 改革派によって育てられた秘密結社が臨時政府を設立。攻撃は北朝鮮の仕業とし、騒動の収拾を図る。

 北朝鮮やロシアと戦争をするかは、日本人とアメリカ人の勝手だ。

 億万派の修正案でならば犠牲は東京の千代田界隈、横浜中心街、横須賀港、あとは奈落に汚染された山奥の数ヵ所に限られ、外界人の平和で退屈な日常は守られる。

 ゴイムにとっての現実的世界を支配するウルトラ・クリムゾンも納得の良案だった。


「考えすぎであればよいが」


 軽装甲バンを避けて踏み分け道を駆け寄る佐久島を見ながら、金兵衛は呟いた。


「東門から報告!」


 ヘルメットのカメラとHUDを作動状態にした佐久島が報告する。


「侵入者です」

「詳しく」

「服装は民間人の、男が二名。目立つ武装はなし。ただ、カメラを持ってます」

「カメラ?」


 金兵衛は佐久島のヘルメットに目を向けた。


「HUDでなくハンディの家電カメラで……、エンサーっぽい二人組が責任者と話したいとか言ってるみたいです」

「配信者のなりをした者どもが、今になって寄ってくるとは」


 金兵衛は自分の網膜投影機を起動した。


「……〈コツガハラ〉に釣られたのであろうか?」

「[さて、どちらにせよ、むこうから姿を見せるならば好都合。お……、指揮車のテレビにも映りてそうろう]」


 常世の者は今も、映像受信機をひとまとめにテレビと呼ぶ。外界の今様語に合わせるつもりはあるのだが、この時代の忙しなく移ろい変わる言葉を嫌う者も多い。


「[堤防の坂道、雑木林の陰に自動車が一輌]」


 佐久島について舗装路へ歩く金兵衛の網膜投影機に、東門を数十メートル上から映した景色が送信された。これも大室あたりの年代者に言わせると『眼鏡テレビ』だ。

 草原はまだ赤く染まりながらも、常世の者に快適な暗さへと色褪せつつある。

 東門に三人。一人は佐久島の相棒、同じヘルメットの高田士長だった。堤防道路とつながる坂道の木陰に、自動車が停まっている。


「[司令。いかがなされる?]」

「殺す」

「ほんと配信者はwマジで殺し……マ、マジっすか?」

「ウルトラ・クリムゾンの動きが気になる。基地へ近づくものは、その手先であるとみなす」

「[それがようござろう]」


 歩調が遅くなった佐久島を追い抜き、金兵衛は東門へ近づいた。


「ここは私有地だと言ったろ」


 うんざりした声で、高田が喋っている。


「我々がどんな格好をしてようが自由だ。許可なんかいらん」

「でも飛行機を飛ばすにはさ、許可をとる必要があるでしょ?」

「ああ、とってるよ。気になるなら自分で調べれば?」

「近所の人がさあ、みんな驚いてるから!」

「無責任じゃね?」


 夏の布服を着ただけの二人が、高田に言い返した。生配信とやらだからか、やけに強気な煽り口調だった。

 一人は手にカメラを持っている。高田と佐久島はM16を持っている。どちらもまだ、あからさまに構えてはいなかった。

 金兵衛は左ショルダーループに通して固定したサッシュを右手で払い、腰ホルスターの留金を外した。


「あー、司令。困りますよー」

「拙者がやれと指示したわけでは……」

「今日の司令?」

「これマジでイベント?」


 荒川基地へ初めて来た者のために、サッシュには『今日の基地司令』と刺繡されている。トン・キホーチで見かけた商品を参考に注文した。これを着けていれば、誰がどう見ても司令だ。


「さっきの飛行機のことで、お話いいですかー?」


 ココスヤシの木陰となる位置へ歩く金兵衛に、カメラ持ちの配信者が言う。温帯の気候でも大きく育った木々は、周辺の高層ビルから基地を見通せない遮蔽物となっている。


「飛行機か……」

「UFOみたいな」

「UFO?」

「すごい速さで飛んでったでしょ。みんなUFOって」


 金兵衛は拳銃を抜き、その男を射殺した。


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