文明保存計画 第2話
「あのぅ、倉庫の脳強化箱ですが」
森山が遠慮がちに、金兵衛が病院へ来ていた本来の用件に話を戻した。
普段は管理者も入れない重要倉庫に脳強化箱があった、と報告されて金兵衛は作戦地上本部からここへ来たのだ。
「積みこみますか?」
金兵衛が乗ってきた軽装甲バンに目を向けて森山が問う。あれは前線司令部の一輌として九段へ行く。
「人間用の数は?」
「一〇〇個以上ありました」
「ならば、注文どおりに積むといたそう」
「人間用を二〇箱でしたね?」
「いかにも」
重要倉庫は地下二階で、一階ロビーの客用階段は地下へは通じていない。受付奥にある職員用階段から地下へ戻ろうとして、隣のエレベーター扉が急に開き、金兵衛は足を止めた。
エレベーター内から、重要倉庫に残っていた小山士長が後ろ歩きで、金属の箱を積んだ籠台車を引いて出てくる。『B1』を指し示していた懐古趣味な階床表示板の針は、一階の扉に遅れて動いた。地下三階部分を急ぎで増設したことによる不具合だった。
「人用と書いてある強化箱、二〇です」
担架対応の廊下を玄関へ向かいつつ、配送会社の制服を着た小山が報告する。
「お疲れでーす。さすがモーモー輸送、仕事が早い」
地下三階の増設工事は、この荒川基地を文明保存計画の基盤となる避難所へと改造するべく、三年前に始まった。改造は当初からの予定ではない。文明保存計画と対をなす文明壊滅計画の実行は二二世紀末を予定しており、避難所もそれに合わせて二二世紀後半に建築されるはずだった。
「もちろんです。プロですから↑ーーッあ、ヤッベ!」
「え?」
「この道、雑草で……」
億万派は七~八年前から、避難所建築を一五〇年は前倒しで進めている。二一世紀前半の技術では数百人を数年間しか保護できないが、それでよしとされた。
第二次世界大戦後に億万派が再建した荒川基地の流用も時間を節約するという安直な事情からにすぎず、本来の計画では避難所をどこに築くかも、まだ決まっていなかった。
やっつけ工事をすることになった発端は、遠未来予知に優れた者たち(八年は超感覚にとっては、かなりの遠方になる)による「奈落からの大侵攻がある」との予言だった。古い世代のクダンが「常世は奈落の勢力に押され、地球の外界や近隣世界の地上へ敗退する」と言い始めたらしい。
「あ~~これはね、廃墟っぽい感じにするように司令に言われてまして」
「これじゃ積み入れが……出撃まで一五分しかない」
「テレキネシスでやってもらえばいいんです」
八年前に観察された未来は、常世の対応により既に変化している。ここ何年かの予知では、奈落に大敗することはなくなった。
それでも楽勝できるようになったわけではないし、地球側になんの影響もなく戦いが終わるわけでもない。
魔界の浸食が進んだ古い奈落破孔のいくつかで要塞が陥落し、近隣世界の常世支配圏が失われ、地球側へも攻めこまれる。遠未来予知に特に優れずとも、こうした何十日か未来を見た者は急増している。
「司令、出番です。司令」
「出番?」
「雑草で台車が通れません」
「ああ……」
玄関前の庭は、夏の河原と同じく雑草の楽園と化していた。軽装甲バンは密生した雑草を無慈悲に轢き倒して、踏み分け道に停まっている。籠台車は病院の備品だ。
「ここは憧れの超人類パワーでちゃちゃっとなにとぞ」
本業は配送屋である小山が、駐車した場所の状態を忘れるとは、やはり浮かれている。そう思いながら金兵衛は病院基壇から庭へ降りた。人頭牛身のモーモーちゃんが描かれた、見かけは通常の配送バンとそっくりな軽装甲バンまで四メートルほどあり、やや遠い。
金兵衛の念力は約五メートルの〝長さ〟を有する。三次元世界の骨肉で形成された身体に例えると、これは背伸びをしたり胴を捩じったりして手が届く距離となる。
楽に届く距離は約三.五メートル。この間合いで金兵衛は、それなりに気張れば、七〇~八〇キログラムの固体を秒速一〇メートルで挙上できる。
小山が基壇の縁まで進めた籠台車から、二一世紀の科学技術で一七キログラムに軽量化されたヒト用脳強化箱を、金兵衛は念力で垂直に動かした。
三メートルの高さで力の方向を横へ変え、同時にバンの後面扉を開く。脳強化箱は、下降曲線を描いて貨物室へ入った。残りの一九個も、広くはない貨物室にできるだけ低く積む。
「おおぉ、脳強化すげえぇー……」
常世が信奉者に約束する力を初めて見たのか、小山が感動している。
ウルトラ・クリムゾンは信奉者に、ヨーロッパや日本においては近世から、クダンの力を授けてきた。後れをとった常世改革派は、より魅力的な報酬として脳強化箱を二〇世紀の六〇年代に開発したのだ。
「[奈良園司令]」
金兵衛が小山に報告をうながすより早く、本陣指揮車から通信が入った。
今日は金兵衛も、夏の作務衣ではなく拳銃やヘッドセットを装備した司令コスチュームを着ている。
「[三番、四番。発進時刻にてござそうろう]」
軽装甲バンの市販製品より外板が厚く重い後面扉を、金兵衛は閉めた。
「こちらも強化箱二〇、積みこみ完了にござる」
「[了解。今一つ、横浜より……市街地は平穏なれどもノースピアに揚陸艦と駆逐艦あり、とのこと]」
「揚陸艦……」
「[映像によると〈ワスプ〉らしきもの二隻。駆逐艦が三隻]」
「例の一個師団であろうか?」
「[おそらく]」
「自衛隊の、ヘリ空母は?」
「[戦闘艦は定数が横須賀にあり]」
「わざわざ船で部隊を、カリフォルニアから……?」
ウルトラ・クリムゾンは影の政府として、アメリカ軍を動かしている。サンディエゴの揚陸艦に一〇日かけて太平洋を渡らせずとも、日本に駐留する地上部隊を使えばよい。
自衛隊も動かせるが、こちらには常世を警戒して『ロシア・中国・北朝鮮が、アメリカ傘下の極東諸国を攻撃する兆候がある。備えよう』と示唆するにとどめたようだった。常世に仕える現役自衛官は、所属する部隊の大きな準備行動を諜知していない。
「[トラゾンの虎の子やもしれませぬぞ。もしもアメリカ軍に、関東魔界へすぐさま乗りこめる部隊をこしらえていたとなれば……]」
「……」
「[しかも、そのカリフォルニアへ〈メサン〉が向かうとは穏やかならず]」
「避難所を荒らした報復をするつもりである、と?」
数年前、ロサンゼルス郊外に建設中の避難所が盗賊に荒らされた。
盗難物は、箱がそれらしく見えたのか日本土産の菓子から、外界の金銭では値段がつけられないものまで、さまざまだった。一人や二人の仕業ではなく、重い脳強化箱もゴッソリやられたらしい。事件後、ホーリーシールド避難所の関係者が数多く死に、詳細は億万派にまで伝わっていない。
「[さよう。アメリカ政府を威圧するだけならば、ワシントンの上に浮かんでいればよろしかろう]」
「ロサンゼルスと横浜を、同時に破壊」
「[兵器はなにを使うにせよ、慮外の混乱がおきたらば虎の子どもが、我らの都魔界落としにも手出しするやも、との懸念、具申つかまつる]」
車道に立つ佐久島が腕を振り、「四番隊、通過!」と叫んだ。
「まさか、今、発動するつもりか」
「[……発動とは?]」
「……文明壊滅計画」




