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文明保存計画 第1話


 あと二時間でロサンゼルスへの攻撃準備が整うとの報告を受け、常世市民軍 一五〇〇一五〇九任務部隊は秘密基地を発進する。目的地は一五キロメートル南の日本政府中枢。

 廃墟に偽装した東京北辺にある基地の門が次々に開かれ、中央区画地下の広い駐車場から五輌の大型トレーラーが、ゆっくりと北側トラックヤードへ走り出た。

 市谷を担当するこの一隊につづき、霞ヶ関を担当する二番隊が地下駐車場を出る。二番隊は重要物流道を一直線に南下し、遅くとも三〇分後には配置に着く。

 次に一〇分の時間を置いて、麹町と永田町へ三番隊と四番隊が出撃する。

 さらにその一〇分後、東京駅を担当する五番隊と、本陣を兼ねる六番隊の出撃となる。

 一時間後には一五〇〇一五〇九任務部隊によって日本政府中枢は包囲され、無警告で攻撃がおこなわれる。

 市谷、麹町、永田町、霞ヶ関、東京駅、そして九段に布陣する各隊はおのおの半径五〇〇メートルの次元界面を形成し、三次元空間と魔界とを融合させる。次元界面が形成されてしまえば外界人に抗う術はないため、腐敗と堕落と利権の巣窟(すくつ)は数時間で闇へと沈む。

 東側広場の『廃病院』で二番隊を見送った奈良園 金兵衛は、バブル経済期の古びた廃墟に見せかけつつ、じつは機能を維持している一階受付を出て夕暮れの空を振り仰いだ。

 高度四〇メートルに、近所の住人が『超芸術バベル』と呼び習わす中央塔から小型輸送船が浮上し、誰の趣向なのか管弦楽曲を鳴り響かせている。


「奇襲作戦っすよ!」


 東門から駆け寄る門衛の佐久島二曹が叫んだ。病院玄関と東門は二五メートルしか離れておらず、無線機を使うより走るほうが早い。


「まずくないですか、あれ」


 金兵衛は視線を佐久島から小型輸送船へ戻した。


「あれは、営業再開の宣伝にござる」

「え、営業再開?」

「さよう。この休業パークの営業再開を、飛行船にて宣伝しているのみ。御心配無用」

「はあ、飛行船……に見えますかね?」


 小型輸送船の全長は三〇メートル。プロペラはついていないが砲弾型で、大まかには硬式飛行船と似た形状をしていた。無音で空中に浮遊できることも、飛行船と共通している。排水量で一〇〇〇トンを超え、重力に似た力場を発生させて無限・無反動推進するところは異なるが、それは一見しただけではわからない。


「黄昏時なれば、見える見える」

「まあ、誰か来たらそう言っておきますが……あ、これ聞いたことある……ニャル、ニャルラジ……ニャルンマスター」

「ニュルンベルク」

「そそ! ニュルンベルク」


 中央塔から伸びている触手めいた能導管が抜け、小型輸送船は南へ回頭した。四〇キロメートル離れたノースピア基地には、外界と常世の中間に地位を築いたウルトラ・クリムゾンの交渉団が来ている。彼らを牽制するべく、小型輸送船は横浜へ飛ぶ。

 今の段階で一五〇〇一五〇九任務部隊を阻止できる外界勢力は、クダンの一派も仲間にしているウルトラ・クリムゾンのみだった。


「ナチスのワーグナーは知ってますよ……ノンホイザー・ゲート」


 豊橋直通の●穴などない。


「タンホイザー」


 金兵衛が「のんちゃんとほいくんに謝りなさい」と言うより早く、病院から出てきた森山三尉が佐久島のボケに応じた。半袖ミニスカの看護服を着た森山は、廃墟に出没する怪人物として、目撃者にエロボディーナースと通称をつけられている。

 月二回出勤のレアキャラにしてエンカウントは『廃病院』の周辺に限られるエロボディーナースの命名者は、近所の住人ではない。廃墟ウォッチングを趣味とする暇人やらようつべるやら、あるいはそうしたつまらぬ輩のふりをしている探索者が目撃し命名したようだ。

 こうした厄介者の処理も、『荒川の謎廃墟』を住みこみで管理する金兵衛の仕事だった。週に一人か一組が河川提道から外周の私道をうろつき敷地を覗きこむ程度ではあるが、今夜のウォッチャーは、それだけで死ぬことになる。

 昨日の八月三一日、荒川基地防衛の増援として来たばかりの佐久島は当然ながら武装していた。緊急出勤した森山も、今日はミニスカにガンベルトを巻いている。


「あ~、タンホイザー」

「ついでに、あれはマイスタージンガー」

「マイスター? ニュルルンベルクって」

「『ニュルンベルクのマイスタージンガー』ね――うひゃ! はや!」


 二〇世紀前半には飛行船と誤認され、後半からはUFO(ユーフォー)と呼ばれている小型輸送船は、佐久島と森山がのけぞっても追いつかない勢いで急速上昇し夕闇に姿を消した。

 二〇世紀ばかり前の九州人には、常世の宇宙船は天諧(あまかのう)、すなわち天の神々の船と称えられた。渡来していた秦人か魏人にも、この文字で記録されている。彼らの一部、弥生時代に関東を探検した渡来人がウルトラ・クリムゾンの源流であり、分岐、埋伏、断絶、合流を繰り返しながら現代までつづいているのだった。

 数世紀前、彼らは外界の覇者たらむことを望み、本拠地をヨーロッパへ移した。

 この頃の彼らにとって、まだ常世は神だった。外界人に対する覇権を求めた理由も、『奈落の諸勢力と戦う神々の一助になるため』と、本気の信仰心があったのかはともかく綱維綱領には記している。

 一九世紀、産業革命が実現されたイギリスにおいて、彼らは改めてウルトラ・クリムゾンと名づけた結社を作り、科学者や資本家を招いた。科学と産業をもって宗教と王侯を屈服させる、覇道へだ。

 これは北アメリカで開拓者がイエローストーン火山を、樹海の奥に隠れた珍しい自然物や古い遺跡を見つけた時期と連続する。

 二〇世紀、飛躍的に発達する科学を自らの力に加えたウルトラ・クリムゾンは、常世の市民議会に議席を得て、元老院に対等の交渉を要求するようになった。

 二日前の西暦二〇二四年八月三〇日、ウルトラ・クリムゾンはつつかれたハチの巣状態の常世に「活性化した奈落破孔へ一個師団の自衛隊とアメリカ軍を派遣できる」と協力を申し出た。協力の見返りとして、彼らは奈落要塞の使用および駐留、さらに奈落への案内を要求したらしい。

 自衛隊とアメリカ軍、それぞれ一個師団は、なりたてのゾンビ五万人よりは当てにできるだろう。しかし交渉は、常世元老院が「外界人軍はゾンビにして使い捨ててよいのか?」と問い合わせたせいで、紛糾することになった。

 そして一五分ほど前、全長二八〇メートル、排水量二六万トンの小型戦艦〈メサン〉がロサンゼルスへ発進した。常世とウルトラ・クリムゾンの交渉は物別れに終わったのだ。〈メサン〉は熱圏を秒速数キロメートルで飛び、二二分後の一九時三〇分にはロサンゼルス上空へ到着する。


「あと五時間」


 高揚を抑えきれない声で喋っている二人に、金兵衛は言った。

 常世が自衛隊とアメリカ軍を受け入れず民間人の無差別徴用を選ぶとは、残念なことだった。一五〇〇一五〇九任務部隊の母集団である常世億万派は、文明保存計画を支持し外界人社会の即座かつ大規模な破壊を望んでいない。


「遅くとも五時間後には日本政府中枢を無力化し、同時に横浜で強制避難が始まる。それゆえ政府の武装組織が、この荒川基地に手出しする余裕はなくなる」


 金兵衛は荒川堤防の何百メートルも向こうにそびえる、東京にはありふれた高層集合住宅を見た。不景気のせいか人口減少のせいかウルトラ・クリムゾン派の工作か、暗い窓が多い。その暗がりに身を潜めた探索者が、こちらの一挙一動を見つめ返している可能性は、低くはない。

 第二次世界大戦後、ひとくくりに改革派とされる常世のいくつかの小集団が、秘密結社として外界での活動を再開した。核爆発を見せびらかしたウルトラ・クリムゾンの成功にあやかったともいえよう。常世の古い種族が重い腰をあげた原因もそれだ。


「しかるに我が隊が出発すれば、ここにはわずかな守りしか残らぬ。今から日付が変わるまでが、最も危険な時間と心得られよ。東京湾岸を制圧する、これより四〇時間の作戦において、そこもとがたが退路を確保するかなめとなる」

「了解しました!」


 姿勢を正して傾聴していた佐久島が答えた。


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