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『地底潜航艇』

作者: 城元太

 以前仕上げた掌編を、多少校正して掲載しました。

「我々が、敵に対して非力である事は充分に承知している。

 祖国も既に死の灰に覆われ、我らには帰るべき故郷は無くなった。

 守るべき肉親も一人として残ってはいない。

 しかし、それで全ては終わるのか」

 暗黒の世界で声が響く。闇は全てを閉ざし、声の主が人なのか、獣なのかもわからない。

 地虫の蠢きにも似た音が聞こえる。

 ボンヤリと、橙色の燈が点った。

「我々に残された物は二つ。黒い鋼の棺と、自分自身の命だ。これは愚かな死神の術としかならぬ――」

 カーンと、金属を叩く冷たい音が鳴り渡る。

「だが、我々は敢えて死神への道を選ぶ。この鉄の棺で、やつら諸共、この地球から抹殺するのだ。――地底潜航艇隊、出撃だ」

 死神に憑りつかれた者の群れが、ヒタヒタと鉄の筒へと歩み寄る。

 黒一色の世界に、ジェットノズルからのバックファイアが飛び散り、赤や緑の曳光痕を残し、数機の地底潜航艇が出撃を開始した。


 開戦の直接の原因を知る者はいない。原因が伝わるまでに、メディアはズタズタになってしまっていた。

 ここ【甲】の町も例外ではなく、町全体が消滅していた。町の兵士達だけが、地底潜航艇の教練をしていたため、生き残れたのだ。

 地底潜航艇。

 現用している各兵器の最大の攻撃盲点である地底で使用する兵器である。とはいえ、潜水艦の様に派手な魚雷攻撃が出来るわけでもない。敵の地下作戦室、或いは地下動力室などに本体ごと侵入し、指揮系統、電気系統を混乱させるためのものであり、よって一切火器は有しない。

 艇の全長は11m余り。動力は燃料電池式の電気モーター。地質によっては一時間に60㎞近く進撃できるが、いかんせん動力の食いが大きい。艇の3/4をバッテリーにしても、フル充電でも二日と持たない。地下の途中で燃料が尽きれば最期となる。

 それは狂人の発明と言えた。


 地底潜航艇一号艇。搭乗者【乙】及び【丙】。

 機首に近い部分は振動が激しく、操艇するのも一苦労である。蓄電池の化学薬品の臭いが鼻を衝く。それが、棺となるにはあまりにも無粋で醜悪な代物であると、誰でも思う筈である。

 羅針盤が不規則に揺れる。赤い室内灯と、紫外線に照らされる計器の燐光が、二人の兵士の影を浮かび上がらせていた。

「針路修正、北7度」

 動力の騒音が大きい為、伝達は全て筆談である。

【乙】が付け加えた。

「われわれはまるでカミカゼですね」

「カミカゼには守るべきものがあった。われわれは何のために死ぬのか」

 受け取った【丙】が返した。

「カミカゼがうらやましい」

 と【丙】は書いて、そのままにした。

 もう二度とあえない太陽を思い浮かべ、小さくため息をついた。

「針路修正10度……変だ……」

 羅針盤を覗く【乙】の顔色が変わった。彼らは核攻撃によって地磁気が変化していることを計算に入れていなかったのだ。

「気圧が下がってきている。まさか」

【丙】の予感は的中していた。一号艇は羅針盤異常により鈍い上げ角を取っており、オゾン層の破壊された死の地表世界へと進んでいるのである。深度計は20mを示していたが、実際は5m程の地中であり、たちまちの内にひび割れたアスファルトを破って地表面に跳び出した。

 不運が重なる。胴外に漏れていた可燃性の気化燃料に、アスファルトとドリルの摩擦によって生じた火花が引火し、乾燥し切った地表の空気を媒体に、焔が一号艇の周囲を包み込む。

【乙】と【丙】に、脱出する暇は無かった。やがて燃料タンクが爆発し、一号艇は地上に四散したのだった。


 二号艇は羅針盤異常もなく直進していた。

 搭乗者、【丁】及び【戊】。

 かつての地下鉄街を横切り、密林の地下茎がのたうつ地底のジャングルを突き進む。

【丁】が叫ぶ。

「針路上に放熱反応あり。距離20m、移動している」

「規模は」

「反応は50m以上の潜地艦……こんな巨大なもの……敵は我々に対する対抗兵器を保有していたなど……」

 潜地艦との異名を持つ地底潜航艇は、彼らが独自の技術で開発した兵器である。対抗可能な武器などこの世界に無いと思われた。

 しかし敵は、地底潜航艇以上の大きさの潜地艦を遊弋させ、彼らが来るのを手ぐすね引いて待ち構えていたのだ。

「左70度旋回、攻撃態勢に移る。敵の魚形地雷に注意しろ、胴体中央に風穴を開けてやる」


 二号艇が接敵した頃、三号艇でも巨大な潜地艦を発見していた。

 搭乗者、【己】及び【庚】。

「反応あり……50m……大きい……」

 機関を低回転にし、出方を覗っていた三号艇に、敵艦が針路を向け突入してきた。

「敵変針、突っ込んで来る!」

「回頭90度、迎撃する」

 三号艇は敵と正面から向かい合うかたちで進撃を始めた。

 地底潜航艇の戦闘は、機首のドリルで敵の船体を切り裂く以外に方法はない。古代の殴り合い同然であった。

 二号艇【丁】は、艇を敵艦後方に回り込ませるため、舷側履帯を最高速度で回転させる。ドリルの回転を止め、次の瞬間に尾部を地中の壁に叩き付け90度回転。敵艦の中央胴体面へ猛進する。

 ところが敵も二号艇の動きを読んで平行角に移動する。敵のドリルが、二号艇の装甲を削り取った。

 交叉する形で前後に別れた二つの物体は互いに旋回し、再び対峙する。その時、【乙】は鋭い上げ角を取った。地中での三次元殺法である。直進すると見せかけ、上部履帯で地中面を蹴り、40度近い急勾配で下げ角に乗じ、更なる地中に身を潜める。

 肩透かしを喰らった敵も、次には咄嗟に下げ角を取る。時すでに遅く、その後方から二号艇が出現していた。追う態勢で急曲線を描き、精一杯の回避を行う。だが大きな弧を描いた曲線も次第に小さくなり、二号艇に追い詰められていく。

 敵艦かなわずと、下部履帯を跳ね上げ上昇。抑え込む形で二号艇が敵艦中央部に突入し、沈黙させた。

 だが。

「【丁】、これは」

【丁】と【戊】の確認する処には、彼らと同型の地底潜航艇の残骸があった。

「50mの巨艦のはずが、なぜだ」

 巨大潜地艦とは、地下鉄車両の残骸の誤認であった。標的が移動していたのも、地底潜航艇の探索装置の不備によるものであり、いつの間にか三号艇と混同され、同士討ちとなってしまったのだ。

 突入された三号艇は動力より有毒ガスが発生し搭乗者両名とも死亡。二号艇でもドリルの動力シリンダーに亀裂が入り、回転不能となった。

 地下の三次元殺法によって、深度は100m以上であった。

 改修しても、50m上昇するのが限度である。


 三つの棺が、こうして葬られた。

 過去の作品ですが、どのような評価か、宜しければお聞かせ願いたく思っています。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 断片的な情報と、最小限の文章で、情景が伝わる作品になっていると思います。 [気になる点] “二号艇が接敵した頃、三号艇でも巨大な潜地艦を発見していた。”の部分から三号艇の視点になっているは…
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