13日 理由と対価
「その有名なプレイヤーってどういう人なんだ?」
僕たち三人は港町の居住区を歩いていた。
その有名人の家への道すがら、僕はどんな人物か聞いてみる。
「ヨハンっていう有名なプレイヤーなんだけど知ってる?」
「知らない」
「まあ、このゲームやってれば耳に入っているから当然知っているよねって、知らないの!」
ノリ突っ込みをされてしまった。
「知らないし、聞いたことないよ、アルファは知ってる?」
僕は隣に歩いていたアルファに尋ねる。
「……私も……名前くらいなら」
初心者のアルファでも知っているのか。
僕もそれなりにDOをやっているが『ヨハン』なんて名前聞いたことがない。
まあ、僕はあんまり他のギルドとか興味ないから、聞いてもすぐ忘れたのかもしれないが。
「それで結局どんな人なんだ?」
「うーん、なんて説明すればいいのか、えっと……傭兵?」
傭兵? なぜ疑問形。
「もしくは廃人かな」
「どんな人なんだ……」
想像がつかない。
「DOのギルド対抗イベントとかあるでしょ。『○日までに○○を100体倒せ!』とか『○日までに○○を200個集めろ!』みたいなやつ」
「ああ、あれね」
僕のチームも参加したことがあるが、100番にも入らなった。
「その上位達成者として毎回トップ5以内に入っているんだよ」
「すごいな」
「一人で」
「すごいな!」
基本、あの手のイベントは時間をかけて、こつこつ達成していくものだが、それを一人でクリアするなんて、多大な時間をイベントに費やしているのがわかる。
「基本的にソロプレイヤーだけど、たまにどこかのギルドに雇われて所属したりしてるんだって」
「へー」
雇われて所属ね、確かに傭兵だ。
「でもそんな有名人にいきなり押しかけて、船を貸してくれるかな……」
僕の不安がつぶやきとして声に出る。
「まあ、大丈夫だよ。きちんとと頼めば、きっと船を貸してくれるよ」
ヤコさんは楽観的に応えた。
†
「はあ、なんで俺が、てめぇーらに船を貸さなきゃいけないんだ?」
椅子の上で偉そうにふんぞり返っている男が冷たく返した。
港町の住宅地。
その大きな白い家の中にその男はいた。
彼がヨハンさん。トップクラスのプレイヤーだ。
長身の男で、傍らには戦斧が置いてある。
おそらく職業は戦士系統なのだろう。
「お願いします。どうしても火山島にいきたいんです」
僕は頭を下げるが、ヨハンさんはめんどくさそうに手をひらひらさせる。
「知り合いでもなんでもないやつに、簡単に物を貸すわけねーだろう」
「じゃあ、どうすれば貸してくれますか?」
ヤコさんの質問にヨハンさんは簡潔に答えた。
「そりゃあ、金だよ」
「金?」
「ああ、一人五万ステラ、三人なら15万だな。それで火山島なり、どこへでも運んでやるよ」
お金、しかも五万なんて吹っ掛けすぎじゃないか?
定期船ならば、一人三千ステラで乗れるのに。
僕の手持ちは一万ちょっと……、ヤコさんを見ると、彼女は黙って首を振った。
おそらく初心者のアルファもそんな大金持ってないだろう。
「確かに今は定期船使えねえが、あさってになれば使えるだろ。なんで今日わざわざ火山島なんて行きてーんだよ」
ヨハンさんは怪訝そうな顔をする。
確かに火山島なんて、割と強めのモンスターが出るだけで、行く意味はあまりない。
でも、本当の理由も言いづらかった。
「……えっと、……そのどうしても行きたいんです」
ヤコさんが言葉を添えるが、ヨハンさんの反応は変わらなかった。
「そんなん、理由になるわけねーだろ」
「………………」
「なんか訳ありかも知れねーが、理由を言えよ、理由を」
ヤコさんは何も言えず、言葉に詰まってしまう。
このままだと船は絶対貸してもらえないだだろう。
僕にはどうしても情報が必要だった。
ここで止まっているわけにはいかない。
「わかりました、理由を説明します」
僕の言葉でヤコさん驚いて、こちらを見る。
……本当にいいの、と目で訴えてきた。
僕はうなずく。
何も理由を言わず、船を貸してもらうなんて、虫のいい話だ。
それにここまで付き合っているアルファにも現状を話を聞いてほしいのだ。
確かにヨハンさんもアルファも信用できるかどうかわからない。
だけど、こちらが信用を示さない以上、信用してもらえはしないと思う。
僕は決意して、これまでの事を離した。
ゲームオーバーになって、そして目覚めてから、ここに来るまでの事を。
その間、アルファもヨハンさんも口を挟まず聞いてくれて、ヤコさんがたまに僕の話に補足をした。
僕がすべてを話し終わったあと、沈黙が続く。
アルファもヨハンさんも何か考えているようだった。
しばらくして、ヨハンさんが口を開く。
「まあ、その話が嘘か本当かわからないが、その理由で納得してやる」
「じゃあ!」
「でも船は貸すことができない」
ヨハンさんは僕の期待を切り捨てる。
「俺はボランティアをする趣味はねー。その話が真実だとして、俺がお前に船を貸すことにどんなメリットがある?」
「ひどい、船を使いたい理由は話したのに」
ヤコさんが食ってかかる。
「俺は理由を聞いただけだ。話したら船を貸すなんて一言も言ってない」
ヨハンさんはふん、と息をつく。
「今の話の分で一人二万くらいは負けてやる」
一人三万、三人で九万になったがそれでも足りない。
僕たちが黙っていると、ヨハンさんは手をひらひらさせる。
「帰れ帰れ。運営には黙っといてやるから」
……だめか。
理由を話せば貸してくれると思ったのに、ダメだった。
ヨハンさんの要求はお金というわかりやすい形だが、それを簡単には曲げない。
理由を話した分、料金をまけてくれはしたが……。
そうだ、お金がない以上、何か代わりになる交渉材料を考えなければ。
何か対価さえ払えれば、船を貸してくれそうなんだが……。
相手はトップクラスのプレイヤーであるヨハンだ。
僕はまだ一年未満のプレイヤーだし、彼がほしがりそうなものは持ってない。
相手がほしがりそうな情報もないし、さっきのような話もない。
ヤコさんも彼ほど長くやっているようには見えないし、アルファに至っては初心者だ。
……僕らには対価になるものは払えない。
………!!
そんなとき、ふと頭の中にひらめくものがあった。
だけど、それを対価にすることは……ためらわれる。
……少し悩んだが、結局それしか思いつかず、僕は対価を見せる。
「…………これで、どうでしょう」
僕は左腕をあげた。
「なんだそれ? 腕がどうした?」
「いえ、ここについている腕輪です」
もらい物だけど、しょうがない。
「この透明になれる腕輪、僕の問題が解決したら、これをあなたに上げます」
僕には取り引きの材料はこれしか思いつかなかった。
マイさんは実験作としてこれを作ったと言っていた。
プレイヤーに出回ることのない、チートアイテム。
「は! なんだよ透明になれるアイテムなんて聞いたことないぞ!」
疑いが混じった口調だが、興味を示している様子だ。
食いついた!
僕は腕輪を触れ、目を閉じて隠れたいと念じる。
そして目を開けていると、ヨハンさんが周りを見回すような仕草をしていた。
よし、成功だ。消えることができた。
僕は腕輪から手を離す。
目の前に急に僕が現れて、ヨハンさんは驚いた顔をする。
「どうです? 僕の問題を解決したら、この腕輪を差し上げますよ」
「………………」
ヨハンさんは値踏みをするような目つきで僕の左腕の腕輪を見る。
しばらくしてから、尋ねる。
「『僕の問題』ってのは、どういうことだ」
「『僕の問題』はさっき話した通りです、GMから逃げなくて済むようになったら、この腕輪を渡します。それまでヨハンさんを雇いたいのです」
僕は緊張で声が震えるのを隠して言った。
このGM特製の透明になれる腕輪と船を借りることは釣り合わない。
この腕輪を対価としてかけた以上、できるところまでふっかけるのだ。
「ヨハンさんは他のギルドに雇われることがあるって聞きました。だから僕のギルドに入ってくれませんか?」
「………………」
ヨハンさんは考えるように目をつむり黙っている。
彼は僕の現状を話したとき、同情しなかった。
かといって運営に通報するということもしなかった。
彼は一貫して、対価を要求し続けた。
だから問題は僕の要求とこの腕輪の対価が釣り合うかどうかだ。
ヨハンさんは、しばらくして目を開いて言った。
「いいぜ、その取引のった」
彼はどこか楽しそうに笑う。
「お前の問題が解決するまで、俺が雇われてやろう」
「ありがとうございます」
僕は頭を深々と下げた。
やった! トップクラスのプレイヤーが仲間になった。
彼はヤコさんとアルファとは違った意味で心強い、かなり希望が見えてきた。
もしかしたら、僕の問題もなんとかなるような気がしてきた。
†
なんとかなるような気がしてきたんだけどな……。
「うげぇ、気持ちわりぃ」
ヨハンさんは顔を青くして、えずきながら舵を握る。
さっきまで偉そうに椅子でふんぞり返っていた姿と比べると、はるかに弱々しい。
大丈夫ですか、と聞くと、今は話しかけんな、と返された。
僕たち四人――僕、ヤコさん、アルファ、ヨハンさんは船上にいた。
ヨハンが持つ小型船に乗り、海を出て、現在火山島に向かっているのだ。
僕は甲板から海を眺める。
仮想世界の海の上、見た目は現実感はある。
しかし、現実と違って潮のにおいはしないし、船もあんまり強く揺れない。
「船に乗るのって初めてですけど、こんな感じなんですね」
僕の隣でアルファが同じように海を眺めている。
アルファは結局、僕たちについてきた。
ヨハンさんの家ですべて説明したが、彼女はそれでもクリスさんは悪くない。私も何かお手伝いしたいと言っていた。
たまたま出会っただけなのに、ここまで親身になってくれるなんて、彼女はそこぬけのお人好しなのだろう。
GMから追いかけられているとき、僕は少なからず自分が理由がわからないが何か失敗したとか、悪いことをしてしまったのではないかと考えた。
それは、アメリカから日本へ引っ越して来たとき、文化も生活様式も違うこの国でいろんな失敗をしたことを思い出される。
知らず知らずのうちに犯していたマナー違反やモラルのない行動。
僕は自分がそんなことをしているのではないかと恐れ、ストレスで体調を崩したこともあった。
だから僕の話を聞いて、僕が悪くないと言ってもらえて、とても安心したのだ。
僕にとってはアルファが味方がいることはとても心強い。
その反面、アルファに何か危害があったらと思うと、とても不安になるが……。
まあ、そうならないように頑張るだけだ。
そうだ、不安と言えば……。
「……………うー、…………うー」
ものすごい形相で舵を取って、ヨハンさんはうめいていた。
「本当に大丈夫ですか?」
僕の質問にヨハンさんは、まるで唸るような声で返す。
「……ああ、俺は船とか飛行機とか、揺れるものとか揺れそうなものが本当にダメなんだ」
ヤコさんが話に入ってきた。
「もしかして観覧車とかジェットコースターとかも」
「あんな動く凶器、近づこうとも思わねーよ」
ヨハンさんはまるで言い訳するように話す。
「子供のころ大地震にあってから、その時のことを思い出して、どうしても揺れるのは苦手なんだよ」
「大地震?」
「ほら11年前の巨大地震」
その言葉にヤコさんがうなずく。
「そういえばありましたね、私もニュースで見た気がするよ」
11年前というと、今が2102年だから、2091年のことか。
「そんなのがあったんだ」
「あれ、クリス君は知らない?」
「僕はその時は一才だし、日本に来たのが二年前なので、よく知らないんだ」
正確な年代は忘れたが、昔日本で地震があったとか聞いたことがある。
まあ、それはともかく。
「どこかで少し休んだほうがいいんじゃないですか?」
僕の言葉にヨハンさんは首を横に振る。
「いや、海の上で休むなんて、そんなことできるか。それに……」
ヨハンさんが顔を上げ、僕らもつられて顔を上げた。
「ほらほら見えてきたぞ」
目線の先には、島が見えてきた。
緑の森に囲まれ、茶色の肌をした山がそびえ立っている。
ヨハンさんが、弱々しいながら、おちゃらけた風に言った。
「火山島アルフレイムへようこそ」