13日 港町まで
杏子そっくりな少女を目の前にして、
僕は驚きで声が出なかった。
「……あの、どうしました?」
黙っている僕の様子を怪訝に思ったのか、アルファと名乗る少女が尋ねる。
「え、あ……、うん」
あからさまに動揺していた。
「えっと、まあ君が無事ならよかった。じゃあ頑張って」
僕は言葉を残して、そそくさと立ち去ろうとした。
しかし、「待ってください!」と服の袖を捕まれてしまった。
「すみません、助けてもらった上に、こんなお願いするのは厚かましいのですが」
アルファは少しためらったあと、口を開く。
「私とパーティーを組んでくれませんか」
「パーティーだって?」
「私、このゲーム始めたばっかりで、一人で進むのが不安なのです」
「………………」
この丁寧なしゃべり方も、杏子に似ていた。
いや、この際、他人の空似はどうでもいい。
僕は現在、追われている人間だ。
無関係の人を巻き込みたくない。
なんとかうまくお断りしなければ。
「えっと、悪いけど僕は用事があって、港町に向かうところなんだ」
「わ、私も港町に行きたいんです。そこまででいいので、一緒に連れてってくれませんか」
用事があるアピールをしたが、裏目に出てしまったようだ。
彼女から逃げるのは簡単だ。
盗賊のスキルや腕輪の力を使えば、初心者の彼女をまくことなんて簡単だろう。
でも……。
「港町でいいんです。どうかお願いします!」
アルファが頭を下げて、必死に頼み込む。
そんな彼女を見ていると罪悪感が沸いてくる。
知り合いに似ているので、余計にそう思ってしまうのかもしれない。
「……港町くらいまでなら」
僕はしぶしぶとアルファの申し出を了解した。
自分でもちょろいなと思ってしまうが、僕には断ることはできなかった。
だけど、まあ、港町くらいまでなら大丈夫だろう。多分……。
†
僕とアルファの二人で森を進んでいく。
アルファの職業は魔術師、そして初心者なので、僕のように隠密系スキルは覚えていないので、当初の予定より、モンスターと戦う羽目になってしまった。
しかし、彼女は教えると飲み込みが早いため、戦闘にはさほど苦労しなくなる。
むしろ、その適応の速さは本当に初心者なのかと疑いたくなるほどだった。
小柄なアバターとか、杏子に似ているとか、いろいろ気になることもあるが、なんでもかんでも自分につなげて考えるのは自意識過剰だし、詮索するのはマナー違反だ。
だからただ偶然だろうと考えた。
まあ、そんなこんなで僕たちは森を進み、洞窟を抜け、街道を越えて、港町にやってきたのだった。
†
「ここが港町シーサイドですか」
アルファが町を見回しながら、目を輝かせて言う。
ファンタジー世界の港町をそのまま再現したような場所。
露店や商店が立ち並び、港にはいくつもの船が並んでいる。
僕もこの街に来たのは一か月ぶりくらいだが、なぜか様子が違って見えた。
何か違って見えるけど、どこが違うのかよくわからない。
なんというか、活気があるというか、建物が増えているというか……。
そういえばヤコさんの話だと大型アップデートがあったと言っていた。
もしかしてアニバーサリーイベントの盛り上がりのためにいろいろ街の施設を増やしたのかもしれない。そう考えるといろいろ納得だ。
それにしても。
僕はちらりと隣を見る。
港町に着いたんだけど、アルファは離れる気配がない。
おそらく町にはGMが常駐しているだろうし、それにもうすぐヤコさんとの待ち合わせ時間だ。
別れとかパーティー解散とか切り出しにくいなと考えていると、突然後ろから声がかかった。
「クリス君」
振り返ると、ヤコさんが立っていた。
「あれ、ヤコさん」
定期船の前で待ち合わせだったはずなのに。
ヤコさんは困ったような表情をしていた。
「ちょっとまずいことになったから、クリス君を探してたんだ」
そして、ヤコさんはアルファに目をやる。
「この子はだれ?」
声色に若干責めるような調子がある。
あれあれ、ヤコさんから笑顔から、なぜか怖さを感じるぞ。
目が全然笑ってない。
はあ、といろいろな感情が混じっているため息を出したあと、ヤコさんは周りの様子を伺っていた。
「とにかく、場所を変えて話そう」
†
港町シーサイドの橋の下。
僕たち三人はそこへ移動した。
それから軽くヤコさんとアルファは互いに軽く自己紹介をして、僕はヤコさんにアルファと出会った経緯を話した。
「クリス君、その、……ちょっと甘いんじゃないの?」
話を聞き終わって、ヤコさんは口を開く。
アルファの前で僕が逃亡者であることを伏せるようだったが、それでも少し厳しい言い方だった。
追われている身なのに、他人と関わって、巻き込んでしまったのは確かだ。
そのことについては僕は何も言い返せないので、黙っているとアルファが割り込んでくる。
「わ、私が無理を言ってお願いしたんです。クリスさんを責めないでください」
そう言って、アルファは頭を下げる。
その姿を見て、さすがにヤコさんも毒を失くしたのか、「い、いや、責めてるわけじゃないから」と弁解をする。
そして、アルファのことはうやむやになった。
場には微妙な空気が残り、僕はそれを変えるためにヤコさんに別のことを尋ねる。
「ヤコさん。そういえばちょっとまずいことって言ってましたけど、どうしたんですか?」
「………………」
ヤコさんはアルファが気になるのか、彼女をちらっと見たあと、しばらくして話す。
「私たちは定期船を使って、火山島に行く予定だったんだけど、どうやらその定期便が運航停止になったの」
「なんだって」
「さきほどメールを確認していたら、これが届いてて」
僕はヤコさんが開いたメールを見る。
件名は「【緊急】エリア移動サービスの一時停止のお知らせ」。
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プレイヤーの皆さまへ
DO運営管理局です。
諸事情により、以下のエリア移動サービスの一時停止を行います。
港町シーサイドの定期船の運航を停止
1/13(金) 12:00 ~ 1/15(日) 0:00まで
全エリアのワープゲートの機能停止
1/13(金) 15:00 ~ 1/15(日) 0:00まで
プレイヤーの皆さまに迷惑をおかけして誠に申し訳ありません。
後日、お詫びの品を配布させていただきます。
DO運営管理局
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運営の全体メールだ。
自分のメールボックスを確認するが、そこには届いてなかった。
送信だけではなく、受信もできなくなっているのか……。
……それにしてもこのタイミング。
「もしかして、これってあのシモンっていうGMの仕業なんじゃ」
僕はマイさんが言ったことを思い出す。
ワープゲートは設備としてシモンが管理していると言っていた。
もしかしたら、ワープゲートだけではない。エリア移動に関する定期船も管理しているのかもしれない。
「おそらく、そうだよね……」
僕の言葉にヤコさんが同意する。
「それにしても困ったな定期船を使えないなんて」
マイさんと通信を取るためには海の向こうの火山島に行く必要がある。
現在時刻は13時12分。通信の時間は16時。
あと三時間くらいだ。
ほかにも雪山や遺跡と通信を行える場所はあるが、それぞれ北と西の最奥層にある場所だ。
今から行っても通信時間には間に合わないだろう。
また次の通信の機会を待つか?
いや、16時の通信で会議の内容がわかると言っていた。
情報はほしいし、マイさんとも連携を取りたい。
「お二人とも火山島に行きたいんですか?」
アルファが唐突に話に割り込んできた。
僕たちの話を聞いていたのだろう。
「定期船を使わなくても火山島に行く方法はありますよ」
「船がないと島にはいけないよ」
ヤコさんがアルファの言葉を否定する。
「だったら船を持っている人に借りてみたらどうでしょう?」
「船を持ってるって……、あっ」
ヤコさんは言葉を言いかけて、突然何かに気づいたような声を出す。
「誰か船を持っている人を知ってるのか?」
「……うん、まあ、知ってるけど……、知り合いじゃなくて、有名人……というか」
僕の質問に煮え切らない返事をする。
表情もなんという表現をすればいいか、微妙な顔だ。
有名人?
一体誰の事だろう? 芸能人かな?
「……この街にはいるんだよ。家を持っていて、船も所有している。このゲームのトップクラスのプレイヤーが」
ヤコさんの説明に納得する。
ああ、そっちの有名人か。
「その人に船を貸してもらえるように頼み込んでみたらどうでしょう?」
それがアルファの提案だった。