13日 南へ
セントラルシティを出た僕は一人で街道を進んでいた。
ヤコさんと別れて、一人になった。
ログアウトできず、GMから追われる。
そんな状況に対して、初めて一人となり、とても心細く感じる。
他のプレイヤーと見かけたり、すれ違うたびに、妙に緊張して不安になる。
あれはプレイヤーのふりをした運営の人間じゃないかとか、僕のことを不審に感じて、運営に連絡するんじゃないかと、疑心暗鬼になってしまう。
そういえばこのDOにもサクラがいると聞いたことがある。
プレイヤーのふりをして、イベントを盛り上げたり、初心者にゲームの進め方を教えたり、他のプレイヤーを監視して、不審なことがあったらGMに通報したりするらしい。
運営管理局は存在を否定しているが、真偽は怪しいものだ。
念のため、不審な行動をとらないように気を付けなければならない。
自分の行動を気にすると、さらに挙動不審になりそうなので、考えを切り替える。
そうだ。これからの予定を考えよう。
現在、街道を歩いているが、そこを進み続けると森ステージへたどり着く。
森ステージには川と湖があり、のんびりとしたところで隠れるところも多い。
そして、その森の途中で洞窟がある。その洞窟には水路があり、まるで迷路のような洞窟だ。
その洞窟を抜けると、街道でその道に沿って行くと、港町に着く。
港町から定期船を使って、目的地である火山島へ行けるのだ。
街頭では整備された道を外れない限りモンスターは出ないので安心だ。
森や洞窟のモンスターも、<気配遮断>のスキルがあればそんなに戦闘をこなさなくて大丈夫だろう。
こういうときは盗賊で本当によかったと思う。
港町や水路の洞窟に行くとき、いつもワープゲートを利用していたので、徒歩で実際にかかる時間はわからない。
だが、今までの経験則からして、およそ二、三時間、モンスターと無駄な戦闘を避ければもっと早くつくと推測している。
それにしてもと周りを見る。
ほかのプレイヤーはみんなチームで行動しているのものが多い。
確かに多人数の方がクエストやレベル上げが効率的に進められる。
そのせいで現在の僕みたいなソロプレイヤーは目立ってしまう。
目立つつもりはないのに。
前髪をいじり、髪の色を見る。
僕がキャラクリエイトで選んだ黒の髪の毛。
目立つ。目立つ、か。
そのキーワードでふと過去の記憶が想起される。
あれはいつの時だったけ?
†
確か半年くらい前の出来事だった。
「おい十文字、その目立つ髪をなんとかしろ!」
中学校の生徒指導室、僕は学年主任の先生からありがたくない説教を受けていた。
内容は髪の色のこと。
あーだ、こーだと長い話をされて、僕は適当に相槌を打って聞き流す。
そして説教が終わり、帰っていいということになった。
僕はカバンを持って生徒指導室から出て行く。
時間はすでに放課後を過ぎ、廊下を出るとオレンジ色の光が窓から差し込んでいた。
昇降口へ行こうと廊下を歩いていた時、
「クリス~」と後ろから名前を呼びかけられ、僕は振りかえる。
見覚えのあるクラスメイトの姿、黒髪のブレザーを来た少女、が廊下をかけてきた。
僕は彼女が追いつくまで足を止める。
「リコッ……照戸さん」
「今、リコットって呼びそうになりました?」
リコット――照戸杏子はそう言ってからかうように笑った。
学校内より、DOの中で会話することが多いので、ついハンドルネームで呼んでしまった。
「クリスは今帰りですか? 私も今帰るところなんですよ。一緒に帰りませんか?」
断る理由もないので、僕はうなずく。
二人で歩きながら会話する。
「そうだ、前々から言おうと思ってたんですけど、私のことは杏子って呼んでください」
「えっ、そんな、いいよ」
女子を呼び捨てなんて、ちょっと抵抗がある。
「だって、私はクリスって呼び捨てにしてるから、クリスも私の名前呼び捨てに呼んでください」
僕たちのDO仲間は学校では、「くん」とか「さん」とか敬称を付けて呼んでいるが、DO内ではハンドルネームを呼び捨てで呼んでいる。
僕の場合、学校でのあだ名とハンドルネームが一緒なので、呼び方は「クリス」として定着している。
僕は別にそれで構わないのだが、杏子は僕を呼び捨てで呼んでいるのだから、僕からも呼び捨てで呼ばれるべきだと考えているのかもしれない。
僕は何度も別に気にしてないといったが、杏子はしつこいかった。
僕はついに折れて、名前を呼ぶ。
「じゃあ、……杏子」
「はい、クリス」
「……………………」
何だか気恥ずかしかった。
いつのまにか下駄箱へたどり着き、僕と杏子は靴を履き替え、外に出る。
「そういえば」
杏子が口を開いた。
「生活指導室から出てきましたね。どうしたんですか?」
「ああ、ちょっと髪の色を注意されて」
僕は前髪をいじり、髪の色を見る。
キツネの体毛のような金色の髪の毛。
「目立つし、風紀が乱れるから染めろって説教された」
「あー、あの先生、考えがチョー古いですからね。今の時代、幼稚園児だって髪染めてるのに」
「さすがに幼稚園児で髪染めているのは一部だけだと思うけど……」
「それにクリスの金髪って染めてんじゃなくて、遺伝でしょ」
「うん。母がイングランド系アメリカ人だからね」
この髪の毛は母譲りだ。
「へー、いいですね」
「……どこがだよ」
「金髪ってかっこいいですよ。私も髪の毛染めてみたいです」
「そう? 僕からしたら黒髪の方が憧れるよ。そっちの方がかっこいい」
自分の金髪が嫌いってわけではない。
だけど、なんとなく黒髪にあこがれを抱いてしまう。
「えー、そうですかー。クリスの髪の毛ってキラキラしててとてもいいと思いますよ」
「………………」
素直に褒められて頬が熱くなる。
僕はそれ以上髪の毛の話題が気恥ずかしくて、別の話題を振った。
「そういえば家族の話だけど、杏子の家族ってDOで働いているんだよね」
「そうです。お母さんが研究員でお兄ちゃんはアルバイトです。働いている場所は違うんですけど……」
「へー、研究員ってなんの仕事しているの」
「AI――人工知能ですね。NPCとかモンスターのAI。お母さんはそれを研究開発携わっているんです」
AI――Artificial Intelligence
直訳すると人工知能だ。
僕もあまり詳しくはないが、人工知能をざっくりと説明してしまうと、
人間のような知的活動をコンピュータで実現する、といったところだ。
しかし現在人間のようなといっても、人工知能はチェスや将棋、囲碁などのプロプレイヤーたちを圧倒するまでになっている。(もちろんそれぞれのゲーム用のAIの話だが)
そしてDOにおいても、人工知能が使われたNPCとは世間話ができるくらい進んでおり、モンスターも生き物のように行動させることが実現しているのだ。
「色んなことができる人工知能ですけど、まだまだ欠点があるんですよ。その一つが不測の事態に対処できないということです。
人工知能はあらかじめ、こんなことが起こったら、こんな対処をするみたいなある種パターンのようなものがあって、思考・行動しているんです。だから、パターン外のことにとても弱いんです」
杏子はわかりやすく説明しようと、例を挙げる。
「例えて言うなら、チェスの対戦で勝手にマスを増やしたり、盤外から将棋の駒を持ってさしたり、そんな予想外の行動に人工知能は対処できないんです」
「対処できないというか、それってルール違反じゃん」
「そうです、ルール違反、ズルですね」
彼女はずるをすれば、人工知能に勝てるんです、と笑う。
「もちろん、人工知能もそのルール違反を設定されれば、対処できるようになりますけど、人間はズルを無限に思いつきますからね。それらすべてのズルに対処はできない。
まあ、これが人工知能の弱点である、不測の事態には対処できないということです。
その欠点をなくそうっていうのが、私のお母さんの研究していることなんです」
「欠点ね……」
むしろ今の人工知能は人間を超えるような勢い、むしろある部分はすでに人間を超えているので、欠点があったほうが親しみやすくは感じるけどなぁ、とぼんやり思った。
「そうそう、そういえば最近ね、お母さんは別の研究にも着手したんですよ」
杏子がそれを言いたくてうずうずしているようなので、先を促す。
「別の研究?」
「そう電子生命体」
聞いたことがない、人工知能関係の言葉だろうか?
「電子生命体? なんだそれ?」
「お母さんはね」
杏子はまるで自分のことのように自慢げに言った。
「心のあるAIをつくろうとしているの」
†
「きゃああああああっ!」
甲高い声の悲鳴で我に返った。
僕は慌てて周りを見回す。
辺りのは高い木が生い茂り、木々の緑が空を覆っていた。
いつの間にか森の中に入っていたらしい。
僕は声の出どころを探して走り、それを見つけた。
道から少し外れたところ、一人の少女がモンスターに囲まれていた。
その少女はしゃがみこんで丸まりながら、三体のモンスターの攻撃を受けている。
フードを深くかぶっているので表情は見えない。
モンスターはベアーキッド。
見た目は熊の着ぐるみのようなモンスターで、木のこん棒を持っている。
強くはないモンスターだが、三体同時に相手にするのは難しい。
思わずここまで走ってきたが、どうしたものか……。
GMから追われている身としてはあんまり他プレイヤーと関わるべきではない。
それに僕はHP0になったら死ぬ可能性だってある。
それに比べて、彼女がHPが0になってもゲームオーバーになるだけで別に死ぬわけではない。
ただ負けるだけだ。
そうだ。負けるのもゲームの一部だ。
僕の方が大変なんだし、僕には関係ない。
そのまま<気配遮断>のスキルを発動して通り過ぎよう。
僕は音を立てないように、その場からゆっくりと離れる。
僕も初めてこのゲームをプレイしたときはモンスターがリアルで怖かった。
相手がコンピュータとわかっていても、戦うのも倒すのも抵抗があったし、モンスターの攻撃も危害がないといっても、他者から暴力的に攻撃を受けるというのは恐怖だ。
もしかしてあの少女もこのゲームを始めたばかりの初心者で、まだゲームに慣れてないのかもしれない。
それとも仲間とはぐれて、一人不安なときにモンスターに襲われたのかしれない。
………………………………。
………………………………。
………………………………ああ、もう!
僕は走って、今来た道を引き返す。
自分でもこの行動はバカとしか思えない。
おそらくメリットよりもデメリットがはるかに大きい行動だろう。
だけど、なぜかほおっておけなかった。
モンスターを見つけ、目測を付けると、両手に握ったナイフを投げる。
ナイフはそれぞれ二体のベアーキッドに命中する。
やつらは僕の姿に気づき、声を上げながら襲い掛かってきた。
まず考えるべきは少女からベアーキッドたちを引き離すこと。
僕はひきつけるようにナイフを投げる。
一体ずつなら倒せない敵ではないが、さすがに三体同時だときついかもしれない。
ナイフを投げ、三体ともこちらに注意をひきつける。
距離を取らなければ、やつらがこちらに進んだ分だけ、僕は後退をする。
そうだ、こっちに来い。
それぞれ一体一体を警戒するが、突然その中の一体、しゃがむような体勢を取る。
背筋にぞくっとした冷たいものを感じるが反応が遅れてしまう。
ベアーキッドの突撃、防御も回避もとれない。
しまっ…………。
激しい衝突。
体が大きく揺れた。
ベアーキッドの突撃が決まり、僕はふとっばされる。
しびれるような強烈な痛みで動けなかったが、痛みに慣れたのか声を出さずにすんだ。
やはり三体を同時に相手にするのは無理があったか……。
それぞれに警戒しなくてはならないから、一体への意識が散漫になりやすいのだ。
あっという間にベアーキッドが三体集まり、僕は囲まれてしまった。
こん棒は振り上げられる。
これから一斉攻撃が始まるのだ。
やっぱり、でしゃばらなければよかったかなと考える。
でしゃばる、目立つ……。
その時、頭の中でちかっと何かがひらめく。
反射的にその行動を行う。
………………………。
ベアーキッドたちは振り上げたこん棒を下げ、辺りをきょろきょろと見回し始めた。
思った通りだ。
僕は腕輪に触れて、透明になっていた。
――パターン外のことにとても弱いんです。
この透明化を行うリングは実験作として作られたとマイさんは言っていた。
つまり、これは正規の方法ではないずるということ。
こいつらは、いやおそらくすべてのモンスターは、相手の姿が見えないと攻撃ができないのだ。
現にベアーキッドたちは僕の居場所を探して、きょろきょろと探す。
相手が透明になっている。
相手のいる位置を推測して攻撃する。
そんな思考がないし、行動できない
パターンに組み込まれないないから。
おそらく、僕が瞬間移動したとかそんなことを思考しているのかもしれない。
僕は右手で左手首をつかんだまま、左手でナイフを持つ。
そして後ろを向いている無防備な背中に刃を振り下ろした。
†
少し手間取ったが、三体のベアーキッドをすべて倒した。
何回も攻撃しても、姿が見えない限り攻撃はしてこないし、きょろきょろと敵を探すだけだった。
何か一方的で少し卑怯のような気がしたが、しょうがない。
こちらも色々といっぱいいっぱいなのだ。
倒れたベアーキッドはすぐに消え、僕は透明化を解いた。
「あ、あの」
横から声をかけられ、思わずびくっとする。
そこにはさっきの少女が立っていた。
まだおびえているのかフードを深くかぶり、顔を隠している。
「あ、あの。助けてくれたありがとうございました」
少女が頭を下げて、お礼を言う。
それにしても、僕は彼女を改めてみた。
彼女の姿、彼女のアバターが小柄なことに少し奇妙に思った。
このDOはアバターの体系はあらかじめ決まっており、男女ともに各六パターンずつ、合計十二種類ある。
一通りいろんなアバターを見てきたつもりだけど、こんな小柄な体系のアバターを見たのは初めてだった。
僕が怪訝な顔で少女を見ていると、彼女はおもむろにフードを外す。
少女の顔を見て、僕は絶句した。
「わ、私、その……始めたばっかりで……」
僕の知っている人物に、心なしか声も似ていた。
「私はアルファと言います」
黒髪、よく知っている顔だち。
彼女は杏子にひどく似ていた。
杏子のアバター、リコットではない。
その姿は現実世界の照戸杏子とうり二つだった。