13日 初期微動
「なんでこんなことに……」
僕は思わずため息をついた。
ここはセントラルシティの街酒場『大熊の背中』だ。
その中の角の席、僕とヤコさんは机を挟んで二人で向き合って座っていた。
僕たちはあの後、逃走して一番近くのこの街にたどり着いた。
ここに逃げ込んだ理由としては、このDOの中央に位置する街で人が多く行き交うので隠れやすく、多方向に逃げられることが可能だ。
そしてGMも人目のつくところで荒事はしないだろうという考えだ。
街には平日の朝だが、人はそれなりにいた。
大学生、主婦、フリーター、ニート、時間がある人間がログインしているのだろう。
時刻は8時31分。
いつもなら学校に登校している時刻だが、僕は相変わらずここにいた。
街に着いて追手が来ないのを確認してから、再びログアウトや通信をしてみたが、やはり使うことはできない。
今、僕の肉体はどうなっているんだろう。
ベッドの上、『ブレインデバイス』を被ったままの状態だ。
人間は一日くらい飲まず食わずの状態でも大丈夫というが、僕としては気が気ではなかった。
誰か僕の肉体を発見してくれればいいが。
昨日、友人のセントに遅刻しそうになったら、起こしてほしいと頼んであるが、大丈夫かな。
それに今日の夜には両親も帰ってくる。
こんな大事になったら、叱られるのは確定だ。
もしかしたら、ゲーム禁止になるかもしれない。
今日中に問題が解決すればいいんだけど……。
「大丈夫? クリス君?」
ヤコさんに呼びかけられ、はっと顔を上げる。
「あ、はい。今のところは……」
精神的な疲弊と混乱で大丈夫とは言い難いが、心配をかけさせないように答えた。
「……そうだ、ヤコさん」
僕は今まで聞きそびれていたことを尋ねた。
「なんで僕についてきたんですか?」
「えっ?」
「僕はGMに追いかけられているのに、一緒にいたらヤコさんにも危害が及ぶかもしれませんよ」
僕は巻き込まないように一人で逃げようとしたところを、彼女が呼び止めた。
彼女はただ僕を見つけただけで、無関係なのに。今もこうして一緒に行動している。
「あー、うーん、……私もほとんどノリでついてきちゃったんだよね~」
ノリって……。
「何が起こっているかわからなかったけど、あのままGMの人同士が争っているあの場所にいたくなかったし……」
ヤコさんは少し考えるよう言った。
「それに君がGMに追われるような悪い人間に思えなかったからかな」
「…………ど、どうも」
そう言われて、とりあえずお礼を言った。
確かに自分でも自分のことを悪い人間とは思ってないが、そこまで信用されるほど良い人間とも思ってない。
ただ言えるのはGMに追われるような悪いことはしてない、……はずだ。
自信を持って言い切れないのは、一つの大きな要因があるからだ。
空白の6時間。僕がゲームオーバーになったのは1時頃、そして7時頃に目が覚める。
僕の体感時間としてはほんの数分のできごとだった。
だけど、僕の時計やヤコさんの話、そして街の時計を確認した限り、本当に6時間経っていると考えべきなのだろう。
「ヤコさん、僕が倒れていた時の様子を教えてくれませんか?」
僕は思い切って質問する。
「何かおかしな様子とか、不審な点とかあったら教えてください」
もしかして、僕は別の人格があり、僕が気づかない内になにかとんでもないことをしでかしたんじゃないか……。
突拍子もない案だが、今はこれくらいしか思いつかなかった。
「おかしな点?」
ヤコさんはなんか考え込むように、口元に手を当てる。
しばらくして、「特になかったよ」と答えた。
「ただ倒れているだけで、何かあったのかなと思ったけど。
おかしいとか怪しいみたいな不審な点はなかったと思う」
「そう、ですか……」
ああっ、もう考えても分からないことばかりだ。
そういえばあの眼鏡白衣の――シモンって言ったか?
あいつは僕のことを見てなんと言ったんだろう。
『では、問題を解決致しましょう』
問題? 問題ってなんのことだろうか。
多分、僕に問題があるのは間違いないのだけど、どうしても心当たりがないのだ。
いや、ひとつだけあった。
あの痛みだ。シモンに刀で肩を刺されたとき、信じられないくらいの激痛が走ったのだ。
DOでは痛みはチクッとしたり、ピリッとした程度に制限され、過剰な痛みが起こらないようになっている。
もしあの時、刀が首を切っていたら……。
……僕は、死んでいたかもしれない。
ゲームの世界だけの話ではない。
ショック死を起こすことだってあり得るのだ。
そこまで考えて、胃の底が冷えるような感覚がした。
†
「そういえばクリス君はこれからどうするつもり?」
ヤコさんが別の話題を振ってくる。
「ログアウトもできないし、DOの運営管理局にまた連絡しようか?」
「それはダメです」
僕は即座に拒否した。
「運営管理局は信用できません」
運営管理局に連絡して、またシモンのような奴が現れると考えると、肩を刺された痛みを思い出し、背筋が震える。
もちろん僕をかばってくれたゴスロリの人のようなGMもいるかもしれないが、どうしてもあの痛みのせいで、僕は運営管理局は信用できなかった。
「僕は、友達に相談しようかなと考えてます」
僕が信用できる相手、それはクラスメイトであり、一緒にDOをやっている友達だった。
「ええ、ギルドの仲間で毎日のようにログインしているので、今日もきっと来ると思います」
確かリコットの家族がDO関係で働いていると聞いたことがあるから、そこのツテを使って相談したらいい答えが聞けるかもしれない。
「へえ、その友達はいつごろに来るの?」
その質問に僕は憂鬱な気分になる。
「……待ち合わせ時間は夜の9時です」
「まだ12時間以上もあるじゃん」
「ええ、そうなんですよ……」
12時間という長い時間。
もしもGMが僕を未だに探している、追っているというなら、僕は逃げきれるだろうか。
「あっ、やば」
ヤコさんは声を上げた。
目線は店の出入り口に向けられている。
つられて視線を向けると、二人の冒険者風の男が立っていた。
腕にはDO運営管理局と記された腕章。
そのうちの一人と目があいそうになり、慌てて視線を逸らす。
横目で男たちの様子を見るが、どうやらこちらにはまだ気づいていないみたいだ。
出入り口近くにいた客に写真を出して、何やら質問している。
もしかして、……僕を探しているのか?
二人の男は順番に聞き込みをしているらしい。
近くの客に話を聞き終わったら、その隣の客という手近な順番だ。
なるべく目立たないように、店に入ったが、誰かに見られてないという保証はない。
どうしよう、隠れなきゃ。
でも、ここで不自然に動いたら、見つかるかもしれない。
だからと言って、そのまま動かずにいたら、追い詰められてしまう。
隠れないと、逃げないと。
体中から冷汗がでるような感覚。
何か、何かないか……。
心が落ち着かず、左手首につけた腕輪を触る。
そして、二人の男たちは僕たちの席にやってきた。
「すみません、DO運営管理局のものですが」
男は張り付いた笑顔で話しかける。
「こちらのアバターのキャラを知りませんか?」
そういって、ヤコさんに写真を見せる。
僕には目もくれてない。
ヤコさんに差し出された写真を覗き見た。
茶色を基調にしたフード付きの身軽そうな服、盗賊系職種の服装。
黒髪に見覚えのある顔。
このゲームをするときにエディットしたアバター。
まぎれもなく僕の姿だった。
脂汗がどっと流れるが、それと同時に違和感を覚える。
なんで目の前にいるのに、僕に何も言わないんだ?
「えっと、知らないです」
ヤコさんは写真を見て、首を横に振った。
ヤコさんも僕が目の前にいるのに、どうしてそんな堂々と知らないふりができるんだ?
「そうですか。ありがとうございました」
男は淡々と言って、他の客に話を聞きに行った。
その客が最後だったらしく、話を聞き終わると、酒場から出て行ってしまった。
なんで僕に気づかなかったのだろうと首をかしげる。
「クリスくん、どこにいるの?」
ヤコさんは小さくささやくような声で言った。
「目の前にいますよ」
と返すと、ヤコさんは驚いた表情をする。
なんだ? どうしたんだろう。
何かおかしなところはないか自分の恰好を見てみる。
何もなかった。
何も見えなかった。
自分の姿が消えている!
「!!」
無意識のうちに触っていた左手首の腕輪から手をはなす。
その瞬間、腕が、体が、現れた。
ヤコさんも驚いた顔で僕を見ていた。
「ど、どこから現れたの?」
「いや、ずっとここにいましたけど……」
慌てて辺りを見回す。
怪しまれていないか、他の客の様子を伺うが、こちらを見ていた人はいないようだ。
さっきまで、僕の姿は消えていたということか……?
手首の腕輪につけた腕輪。
あの白衣眼鏡から逃げるときにゴスロリGMがくれたアイテムだ。
これに触っていたから、姿が見えなくなったのだろうか?
もう一度、腕輪に触る。
…………………………………………。
何も起こらなかった。
どうやら、この腕輪を触るだけじゃ、何も起こらないらしい。
僕は腕輪の情報を見てみる。
おそらくそこに何か説明があるはずだ。
武具名 ニーベルング
???
???
???
腕輪の名前は『ニーベルング』というらしい。
しかし、腕輪の能力について文字が?で埋められている。
『ニーベルング』の説明文に何かヒントがないか調べてみる。
説明
話がしたい
中央都市 南区3-4-1
9:35
pass:miracle
通信可能
なんだこれ?