夢のツインタワー(9)不動産鑑定、そして疑念
不動産鑑定、そして疑念
阪神土地企業への投資は、一応の成功であったが、投資姿勢としてはやや中途半端なものであった。日本観光センターには、できればもっと思い切った額を投資し、大きな成果を得たい。
佐々木から日本観光センターについての情報を入手した私は、自分なりの調査を始めた。いくら佐々木が信頼できる投資仲間とは言え、自分として納得のいく銘柄でなければ巨額の投資をすることはできないからである。
まずは日本観光センターが保有する不動産について、きちんとした価値評価をしなくてはならない。
観光センターは、長年保有してきた八重洲口の土地3,700㎡の借地権のうち、持分の47%を2000年の10月に翡翠不動産に売却していた。
売却代金は205億円であった。そして同じ205億円で、翡翠不動産が建設した中央区芝に所在する芝セレスシティビルの土地(面積7,680㎡)と建物(延床面積61,000㎡)の持分41%を買収していた。
つまり八重洲の借地権の半分近い持分を205億円で売り、同じ205億円で新築される芝セレスシティビルの土地建物の持分41%を買ったということである。事実上の不動産の等価交換である。
この取引は、2000年の9月に行われていた。芝セレスシティビルの完成は2002年の4月である。日本観光センターが経営するホテルは、芝セレスシティホテルと名称を変更し、このビルの15階から20階に入居していた。
これら不動産について、取得した登記事項証明書を根拠に知人の不動産鑑定士に評価を依頼してみた。まずは、建物は別にして、八重洲口借地権53%、芝セレスシティビルの土地所有権41%の評価を得ることとした。
そして、その評価結果から、重大な疑念を抱くことになるのである。
日本観光センターが保有する八重洲借地権53%の鑑定評価は、230億円であった。この鑑定評価から売却された47%を算出すれば、204億円となる。実際の取引価額は205億円だから、鑑定評価とほぼ一致する公正な取引であったと理解できる。
ところが、観光センターが翡翠から買取った芝セレスシティビルの土地41%の鑑定評価額は77億円であった。実際の取引価額は130億円である。鑑定評価より7割近くも割高で買っていることになる。
この鑑定結果を、私は佐々木に電話して伝えてみた。
「佐々木さん、鑑定結果が出ましたよ。八重洲の方は予想通りだったのですが、芝の方は驚くほど低い。」
「いくらですか。」
「八重洲が230億円、芝は77億円です。」
「ひどい・・・。本当ですか。芝の取引値は130億円ですよ。観光センターが翡翠から130億円で買った土地が、77億円の価値しかないのですか。」
「そういうことになりますね、残念ながら。念のため、国税庁のホームページで路線価を調べてみましたがね、㎡当り190万円ですよ。取引の総額から㎡当りの単価を計算すると413万になりますから、路線価の2倍以上ということですね。」
「はい、確かにそうなりますね。」
「取引のあった2000年といえば、デフレ不況の真っ只中ですよ。この時期に路線価の倍額以上は無茶ですよ。」
「確かにそうですね。路線価は、相場より若干低いぐらいですよね。」
「はい、不動産の常識で言えば、路線価は相場時価の8掛けというのが一般的な考えです。この路線価から妥当な取引価額を算出すると、
(190÷0.8)×7680×0.41
という計算式になりますよね。」
「なるほど、190万が路線価だから、0.8で割り戻せば、㎡あたりの時価ですね。7680㎡の41%を売買したわけだから、そういう計算式になりますね。」
「この計算でも、やはり75億円ほどになります。これは簡便な計算方法ですが、鑑定士の評価との乖離はないでしょう。」
「鑑定士の評価が77億円ですか。ほぼ一致しますね。」
「これが常識的な線ですよ。翡翠が売主で観光センターが買主なら、相場の7割増ということになりますね。」
都心の地価水準は、2003年頃から明らかな上昇を始め、2005年、2006年には、急激な上昇を記録する。
しかし、この取引のあった2000年の頃といえば、まだまだ都心といえども、路線価や公示地価も急騰はしておらず、その路線価や公示地価からかけ離れた価額で取引もされていなかった。
「藤堂さん、ショックですよ。前からどうもおかしいとは思っていたんですよ。しかし、ここまでひどいとは・・・」
「結局、翡翠系の人間が、観光センターの経営を牛耳っているということでしょう。逆らえば、次の株主総会で首を切られる。それが怖いから、誰も翡翠のやりたい放題にブレーキをかけられない。」
「実は藤堂さん、僕には、もう一つ気になることがあるのです。もちろんこの2社の取引について、です。」
「まだ何かあるんですか。」
「とにかく調べ直してみます。」
佐々木は、とにかく両社の取引を調べ直してみると私に約束して、その日は電話を切った。
翌日、今度は佐々木から電話があった。
「藤堂さん、セレスシティの建物取引でも翡翠への不当利益供与が行われています。」
「どういうことですか。」
「翡翠不動産の2003年3月期の中間決算短信を見て下さい。一旦電話を切りますから、見たら連絡して下さい。」
「わかりました。」
観光センターが、翡翠不動産から購入した芝セレスシティビル土地建物の持分41%の取引価額は、205億円。内訳は土地130億円、建物75億円である。この建物売買金額75億円にも、翡翠に不当に供与された利益が隠れているというのである。
翡翠不動産は取引が決定した2000年10月のプレスリリースで、「2002年に建物を引渡すが、売却益は発生しない見込みである。」と発表していた。ビル建物は、工事代金相当額で観光センターに転売するということである。
ところが佐々木に言われたとおり、翡翠の2003年3月期の中間決算を確認してみると、芝セレスシティビル建物売却益として、10億6千万円が計上されていた。つまり工事代金64億4千万円の建物を75億円で日本観光センターに買わせていたのである。
私は確認すると直ぐにまた佐々木に電話をかけた。
「今、見ましたよ。右から左に建物を転売するだけで10億6千万円の利益。土地建物合わせて63億6千万円の不当利益供与ということか・・・。」
「本当にふざけてますよ。」
「しかし、佐々木さん、よく気がついたね。」
「簡単ですよ。建物の取引で利益が計上されているかどうか、取引のあった期の翡翠不動産の決算書をチェックしただけです。」
「いやいや、それがなかなか気がつかないものです。あなたの分析は、やはり大したものだ。」
「そんなことより藤堂さん、どうします?株を買って協力してくれますか。」
「もちろん買いますよ。問題の多い会社ですが、時価300億円以上の不動産資産を保有していることは間違いない。今の株価は250円程度。発行株式数が2千万株だから時価総額が50億円。実質PBRは0.15倍ほどです。これはやはり買いでしょう。」
「藤堂さんは、目標株価をいくらぐらいに考えますか。僕は、だいたい700円から800円ぐらいに考えてるんですが。」
「そんな気の小さいことは言わずに(笑)、目標1,000円ということで、頑張りましょう。」
観光センターの保有する資産内容からすれば、1株当り1,500円の価値があるわけで、それぐらいの株価がついてもおかしくはない。しかし不動産の含み益を現金化する場合には、課税されるわけで、その点も考慮する必要がある。また、現実が理論の通りにいくとも思えなかったので、その7割ぐらいで1000円と考えた。
大雑把な試算だったが、それぐらいにはなるのではないかと期待していた。