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夢のツインタワー(6) 残余財産分配請求権①

残余財産分配請求権


 私から相談を受けた佐々木の反応は予想以上だった。最初にメールで相談を持ちかけた後、彼はすぐに調査を開始し、次に電話をかけたときには少しばかり興奮していた。

「いいじゃないですか、あの会社。どうしてあんな会社を知っていたのですか。」

「地元の会社なのでね。それに私、あの会社が経営していた教習所で運転免許を取得したのですよ。」

「そうだったのですか。」

「競輪事業の廃止の話もかなりもめているようで、競輪場で働く関係者や阪神土地企業の労働組合などが猛反発しているので、新聞の地域面でよく目にしますよ。」

「しかし、公営ギャンブルが赤字の垂れ流しではどうしようもないでしょう。」

「そう、このままでは存続できないでしょうね。」

「そうすると阪神土地企業も会社としての事業がなくなることになりますね。」

 阪神土地企業は解散するしかないのではないか。自動車教習所が赤字で閉鎖した以上、残る事業は競輪場の賃貸だけといっていい。ところが、その競輪場を貸す相手がいなくなってしまえば、事業そのものがなくなり、会社の存続する意味もなくなってしまう。

90年代後半からの不況で、上場企業の倒産はもはや珍しい話ではなくなっていた。特に金融機関の破綻は、枚挙にいとまがなかった。

 しかし、解散というのは聞いたことがなかった。大手証券会社であった山一證券は自主的に廃業を決め、その後に清算会社となったが、これは財務悪化による事実上の破綻であり、自主的な解散とは異なっていた。

 私と佐々木の興味は、阪神土地企業が解散するのかどうか、解散した場合、どれほどの資産が残り、配当されるのかということになっていた。

 私は言った。

「どう考えても、存続する理由は見当たらないですよ。」

 佐々木の方が慎重だった。

「何か新しい事業でも始めようということにはならないんですか。」

「無理でしょう。自動車教習所の方は、すでに廃業しているし、残った事業は競輪場の賃貸だけですからね。競輪が開催されないんじゃあ、どうしようもないでしょう。」

「本当に解散して、残余財産が株主に分配されるなら、投資対象としてはきわめて魅力的な案件ということになりますよ。」

「そうですね。これが本当のハゲタカ投資ですね(笑)。」

「ハゲタカかハイエナかは知りませんが。しかし、上場企業で倒産でもないのに自主的に廃業して、残余財産が株主に分配されるなんて話は聞いたことがないですよ。」

「確かに、残余財産分配請求権なんて商法の教科書に書いてあるだけで、実際に行使されることのない権利ぐらいに思っていましたよ(笑)。」

「ただ、もう一度念のため、存続する可能性としない可能性、清算する場合の残余財産について精査してみましょう。」

「そうですね。」

 そういった会話の後、お互いがそれぞれ、あらゆる可能性やリスクを勘案し、数日後に検証し合うこととした。

阪神土地企業が解散する場合、残る最大の資産は、競輪場と旧自動車教習所の土地約2万6百坪である。それ以外には現預金が約8億円、賃貸ビル、土地、株式、などの資産もあった。一方、会社の有利子負債は41億円。それ以外に未払金や買掛金、預かり保証金といった事業活動によって生じる負債が6億円程度あった。

土地を売れば、含み益が売却益となって課税対象となるが、阪神土地企業は数年間赤字を出し続けており、損益を通算できれば課税も軽減される。私と佐々木は、仮に20600坪の土地が坪当たり30万円で売れれば、30億円程度の資産は残るはずと計算した。3千5百万株の発行済株式総数で割れば、1株あたり85円というわけである。土地の坪単価が35万ならば110円、40万ならば125円にもなる。

阪神土地企業の競輪場、旧自動車教習所の土地は、阪神電鉄甲子園駅から、徒歩で約10分程度という交通至便の場所にある。いくらデフレの時代とはいえ、周辺の相場や路線価などから考えても坪単価が30万円を下回ることは考えられなかった。

大証2部での阪神土地企業の株価は30円台であったから、解散・清算の場合、分配される残余財産によってかなりの利益が見込めることになる。その場合のリスクは考えられなかった。

問題は会社が存続してしまう可能性である。

「存続してしまう可能性」とは、会社の役員や従業員たちにとっては、ひどい表現かもしれない。しかし、自動車教習所が事業廃止となり、競輪場の賃貸もできなくなってしまえば、会社の事業がないわけであり、事業のない会社が存続する意味はないとしか言いようがないのである。

ただ、それでは役員や従業員は失業してしまうということになる。自分達の失業を回避するために、無理やりにでも儲からない事業を始めるのではないか。これが唯一のリスクだった。

他の事業を始めるとすれば、考えられるのは、競馬や競艇の場外馬券(舟券)売場か。競輪のバンクは撤去して、超大型のディスプレイを設置し、現在の車券売場を馬券(舟券)売場として転用する。教習所の跡地は、そのための駐車場にする。甲子園球場での野球開催日は、野球の観客用の駐車場として営業する。

あるいは、施設はすべて撤去して、自らがマンションデベロッパーとなり、跡地の開発を行う。こんなシナリオが考えられた。


「会社に解散を働きかけることができるかもしれない。」

株主名簿を見た私は、そんな可能性を感じていた。それにしても実に因縁めいた話になる。


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