夢のツインタワー(5) 阪神土地企業
阪神土地企業
ここで、私の盟友である佐々木毅について紹介しておこう。彼は都内の名門国立大学を卒業後、外資系証券会社に就職し、その後何度かの転職を経て、ポートフォリオマネージャーとしての実績を積んでいた。
私と知り合った時は、勤務していた外資系投資銀行が日本から撤退してしまい、次の職に就くまでの充電期間中であった。
彼と知り合ったきっかけは、インターネットの株式関連サイトである。ネット上の株式掲示板など、ほとんどが意味のない買い煽りや売り煽り、冷やかしや罵声の応酬などだが、中に抜群の分析力で、論理性の高い投稿をする参加者がいた。その投稿者であった彼と掲示板上で会話を交わすうち、メールで連絡を取るようになり、投資情報を交換するようになったのである。
彼は日本観光センターについての情報をポートフォリオマネージャーの時代に入手していた。以来、執念のように買い集めていたのは、すでに述べたとおりである。
彼には、抜群の情報収集力、分析力があった。また、時代が彼のような投資家を生み出す状況になっていた。インターネットの普及は、証券取引に格安の手数料制をもたらし、さらに自宅に居ながらにして、あらゆる投資情報を入手できるようになり、機関投資家と個人投資家の情報格差は急速に縮まりつつあったのである。
彼と投資情報を交換し、銘柄について見解を交わすことが、どれほど私の投資家としての能力を強化させることになっただろうか。
もちろん「情報交換」である以上、佐々木から私が情報をもらうばかりではない。中には私が彼に情報を提供して成功を収めたこともあった。
その最初の成功は、やはり阪神土地企業の件であろう。私が最初に彼に相談を持ちかけた銘柄である。
兵庫県西宮市の阪神甲子園球場の南側には、地元複数の自治体が組織する事業組合が、競輪を開催する競輪場があった。阪神競輪場という。この阪神競輪場を所有していたのが、大阪証券取引所2部に上場する阪神土地企業という会社だった。この阪神土地企業は、競輪場の隣で自動車教習所も経営していた。
西宮市出身である私は、1981年の18歳の春、大学への入学が決まり、自動車運転免許を取得するため教習所に通い始めた。奇しくも、この阪神土地企業が経営する教習所であった。
この頃の阪神土地企業の業績は、絶好調のようだった。教習所の教習生数は定員を満たし、教習を申込むには数ヶ月の順番待ちが必要であった。高度経済成長を経て自動車が広く普及し、運転免許の取得が一般的になるに従って、18歳になれば免許取得するのも当たり前のようになっていた。18歳人口の数は現在より遙かに多く、また免許を取得してこなかった中高年者にも、自動車の普及に伴って免許を取得しようとする人が多かった。
競輪の開催日には、大勢の観客が押寄せていた。そして、教習所は競輪の観客用駐車場となり、教習は場外(路上)教習のみとなっていた。そのため、この教習所では場内教習の予約は取りづらく、逆に仮免許を取得してからの路上教習の予約はしやすかったのである。
教習所経営、競輪場賃貸、駐車場事業、いったいどれほど儲けていたであろうか。
それから約20年が経過していた。阪神土地企業の業績は、凋落の一途をたどっていた。
少子化による18歳人口の減少のためか、自動車教習生は激減してしまい、教習所はついに閉鎖されていた。
さらに90年代後半からの不況により、競輪場への来客も急減していた。競輪場の賃貸料収入は、車券の売上に連動するため、これもやはり急減していた。
さらに競輪事業の不振は、賃貸料収入の減少だけでは収まらず、存廃の議論にまで進んでいた。
地元自治体の事業組合が主催する競輪事業は赤字続きとなり、自治体財政の足を引っ張るようになっていたのである。競輪のような公営ギャンブルは、自治体の財政に貢献するからこそ開催されていたのであり、赤字が続くと当然ながら競輪開催・存続の是非が問われることになる。
これが佐々木と知り合った2001年秋頃のことであった。
新聞の地域欄では、市議会で競輪事業の赤字が大きな問題となり、廃止論が高まっていることが報道されていた。当然ながら、競輪の関係者や阪神土地企業の労動組合などは猛反発をしている。
「競輪がなくなると、あの会社はどうなるのだろう。」
私は佐々木に相談を始めた。会社の概要、競輪事業が存続不能になりつつあること、残る資産の行方・・・。
ひょっとすると、会社は解散して資産を清算し、株主に分配されるということになるかもしれない。
会社が解散する場合、株主には残余財産分配請求権が生じることになる。
通常、会社が解散する場合とは、赤字続きによる債務超過などで、事業が続行不能になる場合が多い。当然ながら、解散後に株主に会社資産が分配されるなどということもほとんどない。
残余財産分配請求権とは、現実には、ほとんど行使されることのない権利である。