夢のツインタワー(46) 判決
判決
12月22日午後13時20分、私は約束どおりに協同通信の坂田記者に電話をかけた。高まる期待で心臓の鼓動が速まる。
しかし、坂田記者からの返答は、我が耳を疑うようなものだった。
「判決は『訴えを棄却する』、とのことです。本年10月1日の株式交換成立によって、原告2名は訴訟資格を失ったとされています。従って、提訴の対象となった取引についての判断は下す必要がないとなっています。」
そんなバカな、判例を提示したではないか・・・。
「藤堂さん、原告としてのコメントを何かいただけますか。」
私は努めて冷静さを取り戻して言った。
「これでは、親会社が子会社に対し、どのような利益収奪をしても、資本の力にものをいわせたTOBや株式交換によって、すべてをチャラにできるということになってしまう。今後は、新会社法の施行によって、このような事態がなくなることを願うしかない。」
そうコメントした私は、坂田記者に手間をかけた礼を言い、電話を切った。
信じられない。
相手方の弁護士は私が示した判例に対し、反論や主張ができなかったのだ。完璧に封じたつもりでいた。
相手方弁護士は、主張ができないので、「留保」などと逃げの答弁をしていたのだ。それほど圧倒的優勢だったのだ。
最後の最後になって、裁判官から「主張をするのかしないのか、はっきりせよ。」と促されて、負け惜しみのような弱々しい準備書面を提出しただけなのに。まさかその主張が認められるとは・・・。
すぐに佐々木に電話した。
「佐々木さん、駄目でした。残念です。訴訟資格喪失による訴えの棄却です。」
「ええっ、どういうことですか。いったいどうしたんでしょうかね。」
佐々木も驚きを隠せない。
「私も協同通信の坂田記者から聞いただけですから、詳細はわからないのです。ただ、坂田記者が間違うはずはありませんから、そういう判決が出ていることは間違いないでしょう。」
「残念ですね。」
「そう、負けたのも残念だけど、あの取引が適正だったのか、不当だったのか、裁判所としての判断を聞きたかった。」
「藤堂さん、あの判例はどうしてしまったのでしょうかね。」
「わからない。明日か明後日には判決文が郵送されてくるでしょう。それを見れば、もう少し裁判官の意図がわかるでしょう。」
「買取請求の方は、どうしますか。もう取下げてもいいと思うのですが。」
翡翠不動産の株価は、2000円を超えた水準で、なお上昇傾向にあった。当初の請求額が、もはや実現されたような状態である。
仮に代表訴訟で勝訴していても、ほとんど続ける意味がなくなっていた。
「そうですね、取下げましょう。私が地裁とONTに連絡します。」
「じゃあ、よろしくお願いします。本当にお疲れ様でした。」
「お疲れ様でした。」
佐々木との電話を切って、まず東京地裁民事第8部非訟係に電話をかけた。応対した事務官は、取り下げの書類を私と佐々木に送付するので、それに署名・捺印して送り返して欲しいと言い、私もそうすると約束した。
それからONT法律事務所の神野弁護士に連絡をとった。代表訴訟で勝訴判決が得られなかったため、買取請求は取下げるとの趣旨を告げた。
神野弁護士は、「わざわざご丁寧に、ありがとうございます。」と電話口で恐縮している。
私は、敵方でありながら、この弁護士に妙な親近感を覚えていた。
よほど、「代表訴訟の勝訴判決を受けて、もう少しマシな信頼できる裁判官の下で、あなたと日本観光センター株式の『公正ナル価格』とはいったいいくらなのか、とことん論争してみたかったのに、残念でした。」と言いたかったが、さすがにそれは言わなかった。
ただ、「お世話になりました。」と言って電話を切った。
翌日、判決文が届いた。
我々の訴訟資格について、相手方弁護士の主張をほぼ認める内容となっていた。商法第355条2項6号の条文を根拠に株式交換は「株式交換ノ日」を株式交換契約書に定めることが求められており、この日を以って完全なる親子関係が成立することが明確に規定されている。
よって、買取請求の有無にかかわらず、日本観光センターは翡翠不動産の完全子会社となっており、翡翠不動産以外に株主権を行使できるものはいない、という解釈となっている。
私が示した判例との整合性については、一切言及されていなかった。
伊阪弁護士の「東京地裁は、取締役会の裁量範囲を極めて広く認める傾向がある。」という言葉が思い出される。これはただ取締役の権限を重視するというだけでなく、無難な、体制に影響を与えない判決を書きたがるという意味に思えた。
今回の場合、裁判長の「相場価額を提出して、それを基に立証せよ」という課題に対し、我々は完璧な解答を出し、被告側がゼロ解答であったために、被告側の責任を認めないという判決文がどうしても書けず、やむなく判例を無視して我々の訴訟資格に難癖をつけたという感じさえする。
そんな負け惜しみが頭の中で、浮かんでは消えて行った。
判決文では、2006年5月から施行される新会社法についても言及されていた。同法では851条1項において、訴えを提起した株主が当該訴訟の係属中に株主でなくなった場合にも原告資格を失わないものとしていることから、そのような立法政策を採る余地は十分にありうるとしている。
しかしながら、現行商法では、267条3項を根拠に訴えを提起した原告株主が、なお代表訴訟を継続する適格を失わないと解することはできないとのことであった。
裁判官にも、我々の訴訟資格が喪失するということについて納得できないものがあるから、「立法政策を採る余地がある」としているのであろう。我々に何としてでも勝たせたくないということはなく、現行の法制度では、このような解釈をしなくてはならないということなのか。
しかし、判例はどうなる。245条ノ3第6項の解釈について、明示したではないか・・・。
そんな思いが頭の中で渦巻いていた。
しかしいずれにせよ、すべて終わったことである。
後は交換に受取った翡翠不動産の株式がいくらになるか、いくらで売り抜けるかだけであった。




