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夢のツインタワー(36) 証拠提出②

 我々のもう一つの課題は、観光センター側から、2000年の取引に用いた不動産鑑定書(調査書)を提出させることであった。

 第2回公判前に、被告側が提出してきた2004年取引の不動産調査書については、すでに佐々木が評価額を低く算出するため恣意的に作成されたものと喝破している。

 そして、その主張をより完璧なものとするには、過去の適正な取引に用いた鑑定書を参照することである。

 おそらく、2000年の取引で利用した不動産鑑定書は、2004年の調査書のように、わざと評価の低い場所のビル賃料をサンプルとして収集するようなことはせず、観光センタービルと同等の場所のビル賃料をサンプルとして収集し、そこから収益還元法による評価を算出しているはずである。

 適正な価額による取引の根拠となった2000年の鑑定書と2004年の調査書を対比させれば、2004年の不当性がより明らかにできると期待できた。

 また、代表訴訟を遂行する上で、最大のリスクは不動産鑑定を新たに要請されることだった。その鑑定費用だけでも大変なことになってしまう。以前に相談に行った伊阪弁護士もその点を最も心配していた。

 日本観光センターから、2000年の鑑定書を提出させれば、それをもって新たな鑑定書の作成に代える、と主張するつもりでもあった。

 被告側が、この2000年の鑑定書を自主的に提出しないならば、民事訴訟法に基づいて、裁判所から日本観光センターに文書を提出せよという命令を出させなくてはならない。また、取引を決定した取締役会の内容について、調査したいとの思いから、その議事録の提出も併せて申請することとした。

 これは私が、株主代表訴訟関連の参考文献を調査して考え出したものであった。今度は民事訴訟法の勉強までしなくてはならない。

 6月16日の第3回公判の前日までに、民事訴訟法第220条3号及び4号を根拠とした以下のような文書提出命令申立書を作成し、FAXで裁判所と相手方代理人弁護士に送付した。


『第1文書の表示及び文書の趣旨

1 「不動産鑑定評価書(不動産調査書)」

平成12年における株式会社日本観光センターと翡翠不動産株式会社によって取引された東京都千代田区丸の内1丁目*番**、同中央区八重洲1丁目***番*の借地権価額算定の根拠とした資料。


2 「株式会社日本観光センター 平成16年7月30日取締役会議事録」

   本件借地権取引を決定した取締役会議事録。


 第2文書の所持者

  東京都港区芝3丁目24番3号

   株式会社日本観光センター


 第3証すべき事実

  本件取引(訴外日本観光センターから、訴外翡翠不動産株式会社への借地権譲渡)が、不当に低い価額で行われた事実、及び同譲渡が被告らの忠実義務・善管注意義務に違反してなされた事実。


 第4文書提出義務の根拠

  民事訴訟法第220条1号ないし3号及び4号

  上記文書1は、平成12年の訴外日本観光センターと訴外翡翠不動産の借地権取引価額の算定根拠とした資料である。同取引は、原告、被告の双方が「正当な取引であった」と認めるものであり、「正当な取引価額」がどのように算出されたかを明らかにする資料である。

 上記文書2は、本件借地権取引を被告らが主導し、あるいは主体的に関与したことを明らかにする資料である。


 第5本件文書の本訴における必要性

1 原告らはこれまでに、①本件借地権取引価額が不当に低いこと、②同取引価額の算定根拠とされる乙第1号証「不動産調査書」は、取引価額を低くするために恣意的に作成されたものであることを主張している。一方、平成12年における同場所借地権取引価額が公正であったことは、原告、被告双方が認めるところである。平成12年取引の価額算定根拠となった「不動産鑑定評価書(不動産調査書)」が明らかになれば、公正な評価方法が明確になり、さらに乙第1号証と対比させることで、原告らの主張する乙第1号証の「恣意性」及び「不当性」をより明確に立証することが可能となるものである。

2 原告らは、これまでに①本件取引を訴外翡翠不動産株式会社への不当利益供与であり、②訴外翡翠不動産出身及び在籍の役員たちによるものと主張している。被告らが、上記取締役会において、賛成の意思を表明し、あるいは反対の意思を表明していないことを立証するためには、同議事録を必要とするものである。逆に被告らの中に、同取締役会において明確に反対の意思を表明している者がいれば、同人については被告から取外す用意である。

3 原告らは、上記文書を法的に閲覧・謄写する権利を有せず、文書提出命令に依存する以外に、上記文書を閲覧・謄写することはなし得ない。よって、本件文書提出命令を下されたく申立てる次第である。

                               以上』


 6月16日、第3回公判の日が来た。私はいつもどおり、早朝の新幹線に乗り込み、すっかり通い慣れてしまった東京地裁の法廷に向かった。

 いつも通りロビーで佐々木と待ち合わせ、7階の法廷に定刻である午前10時の少し前に入った。

 傍聴席には、やはり総務部長の池野が来ている。第1回からこれで3回連続である。第1回目は休みを取ってきていると言っていたが、毎回毎回、本当に休みを取って来ているのか、疑わしいものだ。いくら茶坊主根性が強いとはいえ、そこまでするのだろうか。

 株式代表訴訟では、株主と取締役個人が争うため、会社は原則として中立でなければならない。会社側の人間が、業務時間中に傍聴に来るなど、当然許されることではない。

 実はこの日は、公判が終了した後、午後に会社に行くことにしていた。株主名簿の閲覧のためである。

 翡翠不動産によるTOBを経て、株主構成がどのように変化したか、一応確認しておこうと佐々木と話し合っていたのである。もし午後に会社に行って、この茶坊主池野がいれば、厳重に抗議しなくてはならない。

 被告側弁護士は、いつも通り3名出席していた。答弁書や準備書面は4人の弁護士の名前が連なっているが、公判にはその書面の筆頭に名前を出している大井正樹弁護士は出席したことはない。

 どうせ株式交換で我々の訴訟資格が失われ、最後まで争うことがないのだろうと、タカをくくっているのだろう。それが甘い考えであることを後に思い知らせてやらなくてはならない。

 今回の公判も、事前に書面をやり取りしていた。

 被告側からは、我々が提出した準備書面への反論が即日で提出されていた。  2003年度版東京都地価図の評価額は、取引価額と大差がなく、取引の正当性が原告提出の資料によって立証されているというわけである。

 佐々木は、挙手をして立ち上がり、この書面に猛烈に反論しようとした。

 「2003年の資料を基に、取引の正当性を主張するのはおかしい」というわけである。裁判官からは、2005年の地価図を入手した後、併せて主張するようにとの指示がなされた。

 もちろん私もそのつもりだった。この反論に対する再反論は、2005年版東京都地価図が入手出来次第、絶対に行わなくてはならない。

 さらに、我々が申立てている2000年取引に活用した不動産鑑定書の提出命令について、やり取りが続いた。私の作成した文書提出命令申立書には、やはりやや不備があったようで、裁判官からは補足文書を提出するように指示があった。

 一方、裁判官は被告代理人弁護士たちに、そちらから提出する気はないのかという質問をしていた。裁判官からこういう質問が出るということは、可能性がないわけではないなと期待していた。

 第4回公判は7月28日と決定し、その3日前の25日までに双方が文書を提出することになった。

 我々は東京都地価図の2005年版とそれを根拠とした文書、そして文書提出命令申立補充書を作成、提出しなくてはならない。

 佐々木と昼食をとり、午後、観光センターの本社事務所に向かった。

 受付の事務員に、用件を告げた。株主の藤堂と佐々木である、株主名簿の閲覧に来た、これは商法に基づく手続であるので、速やかに協力して欲しい、と説明したのである。

 受付の女性事務員は、総務の石井を呼んだ。前年の帳簿閲覧の時、我々に対応した社員である。石井は、我々を帳簿閲覧の時と同じ応接室に通し、すぐに株主名簿を持ってくると言った。

 応接室に通され待っていると、名簿を持って石井と池野が部屋に入ってきた。当然、我々は黙っていない。佐々木が厳しい口調で問い詰める。

 「池野さん、あなたは休みを利用して裁判所に来てるんじゃなかったのですか。」

 池野は、いつも通りの卑屈な表情で言い訳をする。

 「いやいや、勉強のためです。」

 「わけのわからんことを言うな。あの裁判が、あなたの業務と何の関わりがあるんだ。」

 「会社としてですね、一応、裁判の様子を見ておかないといけませんから。」

 「ふざけるな、あなたは前に休みを取って来ていると言ったじゃないか。あれは嘘だったのか。株主に嘘をつくな。」

 「いや、あの日は休みだったんですよ。」

 「じゃあ、今日はなぜここにいるんだ。」

 「ですから、今日は仕事として行ってたんですよ。」

 支離滅裂というか、わけがわからない。私も言った。

 「嘘がばれたら、開き直りか。」

 「いや、そういうことではなくてですね・・・」

 怒ったところで、どうしようもない。我々が全力で投資してきた会社の経営体質はこんなものだったのだ。しかし、これで何か法的措置が取れるわけでもない。

 今日は株主名簿を閲覧に来たのだからと言って、怒る佐々木を宥め、名簿を閲覧して、会社を後にした。おそらく、これでこの会社に出入りするのは最後であろう。

 不快な思いをした分は、投資の成果として回収しなくてはならない。


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