夢のツインタワー(34) 買取請求権
買取請求権
株式交換に反対する株主の買取請求権は、商法第355条で定められていた。
「決議がなければ、有したであろう公正な価格」での買取を請求できるのである。そして355条では、買取請求の具体的手続方法について、245条ノ3を準用すると定められていた。245条とは、営業譲渡について規定する条文であり、やはり決議に反対する株主には、買取請求権が認められている。
商法の条文において、買取請求権を認める場合の具体的手続は、いくつかのケースが存在するが、それらはいずれも、この245条ノ3によって規定されている。そして重要なことは、この245条ノ3第6項において、「株式ノ移転ハ代金ノ支払ノ時ニ其ノ効力ヲ生ズ」と定められていることだった。
要するに株式買取請求権を行使して、株式の買取が決着し、代金が支払われるまでは株主としての地位が保証されるということが解釈できる。
「何たる巡りあわせか・・・」。私は自分の運命の不思議な巡り合わせに呆れるほかなかった。
私は、過去に父親が設立した会社の社長を務めながら、同族間の利権争いによって、その会社を去らなくてはならなくなった経緯は以前に書いた。その時、私を追い出した側の数々の不正行為について、株主代表訴訟を提起したことも書いた。
その後、私の持株が第三者に渡ることを恐れた相手方は、定款変更による株式の譲渡制限を図り、その総会決議に反対した私に、株式の買取請求権が発生したのである。
代 表訴訟で相手方を追い詰める一方、買取請求権を行使する。以前に自分が同族を相手にして行ったことを、まさか上場企業を相手にほぼ同じことをすることになろうとは・・・。
感傷に浸っている場合ではない。これはむしろ自分たちにとって、とてつもなく幸運なことだった。過去の経験が活かせるというだけでなく、とてつもなく有利な判例を握っていたからだった。これが『切り札』であった。
これはしばらく、文字通り切り札としておいておくことにする。時機が来れば、もちろん明らかにするが、おそらく被告や被告代理人弁護士だけでなく、裁判官も素人がこれほどの判例を握っていることに驚愕するだろう。
いずれにせよ、これで我々は代表訴訟だけでなく、株式買取請求権行使による戦いを始めることになる。代表訴訟と同時並行でその戦いの準備から始めなくてはならない。
株式交換は6月の定時株主総会に議案提出される。翡翠不動産がすでに3分の2以上の議決権を確保している以上、可決されることは絶対に間違いはない。その議案に反対して買取請求権を確保するだけでなく、後の買取請求権行使における価格決定において、自分たちが有利になる材料を得ることを考えていた。
私は、6ヶ月以上前から1%以上を保有する株主であり、総会提案権を単独でも確保していたが、あえて佐々木と連名で提案をすることにした。
提案する議案は会社の解散である。これはもちろん否決されるだろう。
解散を会社側が反対する理由としては、会社資産を売却し一切を清算するよりも、会社が存続する方がより大きな利益を産み出すというものになるはずである。
日本観光センターは、直ちに解散し、資産を処分・清算すれば低く見積もっても1株当り1000円以上にはなる。解散するよりも存続する方が利益になるというならば、存続による株主への配当は、解散価値よりも大きくなくては筋が通らない。こう主張するための提案であった。
2対1による翡翠不動産株式600円相当との交換は、株主平等の原則に反すると主張する根拠にできると考えていた。
6月になり、株主総会の招集通知が届いた。
第1号議案から第6号議案までは会社側の提案議案である。すなわち利益処分案(1株当り3円配当)、定款の一部変更、役員選任、そして株式交換契約書の承認である。
一方、第7号議案から10号議案までは我々の提案であった。
7号ではまず増配(1株当り6円)を提案し、8号で解散、9号・10号で清算人の選任とその報酬を提案していた。
さらに8.9.10号議案が否決された場合の予備的提案として、取締役、監査役の報酬削減も11号議案として提案していた。
清算人としては私自身、佐々木、そしてもう一名、私と佐々木の共通の知人である公認会計士の津藤正則氏を本人の了解のもとに提案していた。
清算人の報酬としては、3名合計で1千万円以内と提案した。どうせもらえるわけもないから、高い報酬を求めるのはみっともないし、低すぎると「どうせやる気がないからだろう」と思われそうなので、やや低いという程度にした。




