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夢のツインタワー(25) 記者会見

 記者会見


 訴状を提出すると、その足で東京証券取引所の兜倶楽部に向かった。会見は午後1時からを予定していた。

 東証に向かう間にも、「翡翠不動産代表取締役会長他、翡翠不動産関係者が関連会社の株主から代表訴訟を提起される」とのニュースが拡がり、連絡先として教えておいた私の携帯電話には、提訴の内容を知ろうとするマスコミからの問い合わせが相次いでいた。

 複数受けた質問に、「本当に単なる個人株主なのか。」ということがあった。中にはもっと具体的に「藤堂さんは、植村ファンドの関係者ではないのか。」と訊いてくる記者もいた。もちろん、「いいえ、まったく何も関係ありません。単なる個人投資家です。」と返答した。

 東証には、12時半頃に到着した。

 我々は受付で名前と記者会見の予定を説明し、入場許可証を受取った。記者会見までは、まだ30分ほどある。

 時間があるので、まず2階の東証アローズに行ってみた。証券取引所というと、昔は「場立ち」と呼ばれる数多くの証券マンで溢れかえっていたが、今はごく少数の関係者しかいない。

 ほとんど無人のホールで、電光掲示板だけが、株価の変動を伝えている。数時間ほどの取引時間中に1兆数千億、あるいは2兆円以上もの取引が行われていることが、不思議に思えるほど静かな光景であった。

 時刻は1時に近くなった。我々はいよいよ兜倶楽部に向かった。

 兜倶楽部の記者会見場は、20名ほどのマスコミ関係者が集まっていた。国内最大手の不動産会社である翡翠不動産の代表取締役会長やその関係者が訴えられたとなると、やはりニュースバリューは高い。

 私は声を上げた。

 「本日午前11時、東京地方裁判所民事第8部におきまして、株式会社日本観光センター代表取締役社長で元翡翠不動産株式会社取締役副社長の佐藤守夫、同じく代表取締役専務で元翡翠不動産住宅販売株式会社常務取締役の河内博史、同じく取締役で翡翠不動産株式会社代表取締役会長江田雄一郎、同じく取締役で翡翠不動産株式会社取締役事業本部長北川和夫の4名に対し、18億8311万5千円の損害賠償を求める訴状を提出し、これを受理されました。いわゆる株主代表訴訟を提起したということであります」。

 さらに提訴の原因となった取引の概要や、観光センターが翡翠不動産によって牛耳られている実態を説明し、記者たちとの質疑応答に移った。

 また同じ質問をされた。

 「藤堂さんと佐々木さんは、本当にただの個人株主に過ぎないのか。植村ファンドの関係者などではないのか。」というのである。

 植村ファンドとは、経済産業省の官僚であった植村義明氏が設立した株式会社インベストメント・コンサルティングの傘下にある複数の投資事業組合の総称であった。預かり資産は、当時でも数千億円規模と言われていた。

 もちろん今度も明確に否定した。

 この会見の1年4ヵ月後、植村ファンドの植村義明代表は、証券取引法第167条で禁じられたインサイダー取引の容疑で逮捕される。逮捕前の最後の会見場として彼が選んだ場所が、奇しくもこの時と同じ東京証券取引所兜倶楽部であった。まさか1年4ヶ月後に、同じ場所でそのような会見が行われようとは、その時の我々は、もちろん夢にも思わなかった。

 質疑応答は、それからも続いた。

 我々が主張する不動産の適正な取引価額とは何を根拠にするものか、逆に言えば、両社の取引が不当であると何を根拠に立証できるのか、などである。我々は、ひとつひとつ、丁寧に応答していった。

 そして、約1時間の会見を無事終了した。

 記者会見を終え、遅い昼食を佐々木とともにした。提訴と会見を終えた私は少しばかりリラックスしていた。後は新幹線で帰るだけなので、普段はあまり飲まない昼食時のビールを楽しむことにした。

 食事をしながら、佐々木が言った。

 「この訴訟、どこまで続けられますかね。」

 佐々木は、翡翠による訴訟の『強制終了の裏技』を懸念していたのである。

 「行ける所まで、行くということでしょう。」

 訴訟は楽ではないが、こうなった以上、被告となった取締役の不正を法廷で思う存分主張していきたいという思いが、私には強くなっていた。

 しかしながら皮肉なことに、我々の主張が正しければ正しいほど、この裁判は継続が困難になるということも理解していた。

 逆に言えば、翡翠不動産、観光センターの側には、苦しくなれば、資本の力でこの訴訟を強制的に終わらせる裏技があったのである。

 ただ、我々とて、その裏技に対して成す術もないというわけではない。裏技には返し技がある。しかも私は、その返し技を有効にする、とっておきの切り札を握っていた。

 これは最後までとっておくべき、本当の切り札だった。


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