夢のツインタワー(22) 帳簿閲覧⑤
会社では、さんざん怒鳴ったり、法的措置まで示唆したり、大変ではあったが、実はこの日は、私も佐々木も上機嫌であった。
以前から私が目をつけていた株がストップ高を記録していた。業績が低迷し、株価が下がりきっていた銘柄だったが、業績の急回復を確信し、かなり思い切った株数を買うとともに、佐々木にも買いを薦めていたのだった。
帳簿閲覧は、大揉めに揉めたけれど、とにかく帳簿を入手できたし、お互いが買っていた別の銘柄はストップ高ということで祝杯を上げようということになった。もっとも、佐々木は酒を飲まないので、「祝杯」と言えるのは私だけだが。
田町駅前の比較的店構えの立派な居酒屋を選び、中に入った。
その日の帳簿閲覧、ストップ高を記録した株、代表訴訟の行方、など話題は尽きない。
話題は、お互いいつ頃から株に興味を持ったのか、ということになった。
佐々木は、高校生の頃から会社四季報を買い、愛読していたそうである。
私は、小学生の頃のエピソードを思い出した。
植村ファンドの植村代表は、小学5年生の頃に父親からまとまった株購入資金を与えられ、その運用益を小遣いの代わりとしていた話は、マスコミでもよく報じられていた。
私はやはり、小学校5年生の社会科授業の話をした。社会科の教師は、ある問題を出した。『会社の大きさは何をもって判断するのか』ということだった。
『世の中にはたくさんの会社があります。大きな会社、小さな会社、ということもよく言われますが、会社の大きい、小さいというのは何を基準に決まるのでしょうか。』というわけである。
私は佐々木に続きを話した。
「ほとんどの子供は、『働いている人の数』とか、『売上高』とか言うわけですよ。」
佐々木は、少し驚いた顔をして言った。
「藤堂さん、『株式時価総額』っていったのですか。」
「ははっ、残念ながらそこまでは語彙になくて、『全部の株を合わせた値段』って言いましたね。」
「それでも、凄いですね。それで、その教師の答えは何だったのですか。」
「従業員数や利益、売上はひとつの基準として、間違いではない。ただし最も適切な答えは『資本金』であるということでしたね。」
「それもかなりいい加減な答えじゃないですか。」
「そう、資本金が少なくても資本準備金や利益剰余金が多かったらどうなるとかいうことは、あの時代の小学校の教師では理解してなかったでしょうね。おそらく会計上の純然たる資本金と資本準備金の区別、もっと言えば、総資本、株主資本の区別がついていたかどうか、怪しいものです。」
佐々木と話していると、どんどん記憶が蘇ってくるようだった。
「この話には、まだ続きがあるんですよ。その教師は、会社の大小を決定する、最も有効な基準は資本金であるとしたわけですよね。そこで、世の中の会社の資本金がいくらか調べてこいという宿題を出したんです。会社というのは、自分の親が働く会社でもいい。親に聞いてきてもいい。それ以外の会社でもいいということだったのです。」
「藤堂さん、どこの会社を調べたのですか。」
「家に帰って、その日の夜に父親に相談したんです。会社の資本金を調べて来いという宿題が出た。どうすればいいか。私の父親は中小企業経営者だったから、資本金の額も大したことはない。大企業の資本金を調べる方法を教えてくれと言ったのです。」
「それで、どうなったんですか。」
「父は、『これを持っていけ、これに全部載っている』と言って、株式市場新聞をくれた。」
「資本金が載っていたんですか。」
「ええ、一覧表に株価だけではなくて、資本金が載っていたのです。それで、株式欄を全部調べて、東証一部上場企業の資本金ランキングを作成した。そのランキングの1位と2位は、今でも憶えていますよ。」
「どこだったんですか。」
「1位が東京電力の3000億円で、2位が新日鉄の2300億円でした。」
「なるほど、しかしよく憶えていますね。」
「私の父親は、植村さんの父親みたいに株の資金をくれるほど気前よくはなかったですがね、いい資料をもらいましたね(笑)。小学校の社会科授業に株式市場新聞を資料として持ち込んで、先生に褒められるというのは、滅多にない話でしょう。」
後年、私は父親と決定的に対立し、訣別することになるのだが、父子として通じる部分は、やはりあったのだろう。
その日は、二人とも上機嫌で解散した。私は、田町からJRに乗り、品川から新幹線に乗りかえ、大阪に戻った。
翌日の夕方、佐々木から電話があった。帳簿を一通りチェックしたが、会社資金の流用などの背任行為や粉飾決算など特に問題のある部分は見つからなかった、ということだった。
「それなら、なぜあれほど必死で隠したのでしょうかね。」
「我々に対する嫌がらせみたいなものでしょうかね。あるいは、自分たちの給料や、細かな支払いについて、我々に知られるのが嫌だったというということでしょうか。」
「あるいは、我々の能力を試していたのでしょうかね。帳簿を閲覧したいといいながら、本当に見る能力があるのかと。」
「そうかもしれませんね。」
「ところで、佐々木さん。我々はこれでインサイダーになりましたね。」
帳簿を閲覧すると、私と佐々木はインサイダーとなる。
「そうですね。」
「帳簿を閲覧して、特に重要な事実を発見したわけではありませんが、当分の間、売買は慎んだ方がいいでしょうね。」
「それが、無難ですね。藤堂さんも、これ以上は買い増しするつもりはないでしょう。」
「ええ、買いはもう十分だし、今の段階で売るつもりもありませんから。」
「じゃあ、ちょうどよかったですね。」
粉飾や背任など、株価に影響を与えるような目新しい事実が出てきたわけではないが、当分の間、観光センター株の売買は控えようということで一致した。
それから約1ヵ月後の年末になって、週間東亜経済の記事の見本が届けられた。
さすがは東亜経済で、翡翠不動産と観光センターの三件の疑惑取引(芝セレスシティビル土地取引、同建物取引、八重洲口借地権取引)の概要が、的確かつ簡潔にまとめられていた。その問題点を指摘したうえで、会社への取材を行い、会社側が「ノーコメント」とする対応に疑問を呈している。
さらに記者は、役員を個別に取材し、コメントを求めたようだ。そして、驚いたのは、翡翠不動産代表取締役会長江田雄一郎の記者への返答だった。記者の取材に返答したのは、江田だけだったようだ。
取引の正当性についての質問に対し「詳細は知らない」と返答している。
自らが代表取締役会長、取締役を務める会社間の108億円の不動産取引について、「詳細は知らない」とは何たることか。その厚顔無恥ぶりには呆れるより他はない。
このふざけた言い分が、いずれ自らに返ってくることを訴訟の中できっちりと解らせてやらなくてはならない。




