夢のツインタワー(19) 帳簿閲覧②
予定通り、佐々木と合流し、観光センター本社事務所に入った。応対したのは、 総務部長の池野安久とその部下である石井である。
応接室に通され、過去3年分の総勘定元帳、補助元帳を示された。
池野が言った。
「では、これから午後5時までということでお願いします。」
佐々木が質問した。
「途中で何か用事があれば、誰に言えばいいのですか。」
「警備員が部屋にいますので、彼から石井に伝言させてください。」
「わざわざ警備員まで、我々のために配置するのですか。」
「はい、そのようにさせていただきます。」
実にくだらない。
私と佐々木が、帳簿を利用して何か犯罪行為でもするというのだろうか。そもそも帳簿といったところで、そのコピーに過ぎない。
本来、商法が想定した帳簿とは、会計担当者がペンで記入するものであろう。それなら部外者の閲覧に供する場合には、破損・汚損・改竄のおそれがあるということで、見張り役を置くこともわからないではない。しかし当然ながら、観光センターの会計システムもIT化されており、帳簿はパソコンの中にあるのである。我々が手にしているのは、そのコピーに過ぎない。改竄することなど物理的に不可能である。
「まあ、見張りたければ勝手にすればいい。」
私は、池野に吐き捨てるように、そう言った。
そして、「人件費の無駄だ、この会社はコスト意識がおかしい。」と怒る佐々木をなだめながら、帳簿閲覧に取り掛かった。
「何かおかしい。」
閲覧を始めてしばらくして、私も佐々木も感じていた。
その後、12時から昼食のための1時間の休憩となった。これは事前の約束通りだった。
近くの飲食店に行き、昼食をとることにした。
料理を注文し、出てきたお茶を飲みながら、佐々木が言った。
「お茶も出てきませんでしたね。」
「我々は、招かれざる客ですから。」
苦笑するしかなかった。
「『お茶ぐらい出せ』と言ったら、利益供与の強要になるんでしょうかね(笑)。」
「吉本新喜劇のネタにこういうのがありますよ。他人の家にズカズカと上がり込んで、一方的にしゃべるだけしゃべって、『えらい、お邪魔しました、お茶も貰わんと』と言って帰っていく。我々も帰りにそう言ってやりますか。」
そんな軽口が出るのも、昼食時までであった。
午後に戻って閲覧を続けてから、「何かおかしい」という思いは、「やはりおかしい」、そして「絶対におかしい」に変わっていった。そして、雰囲気は険悪なものとなっていく。
佐々木は警備員に言った。
「会計の担当者に、質問をさせて欲しいと伝えてくれ。」
警備員は、応接室を出て伝言に行った。しばらくして、総務の石井が部屋に入ってきた。
「今日は帳簿の閲覧ということなので、質問は受付けられません。」
佐々木は怒った。
「ふざけるな、その帳簿の内容におかしい点があるから言ってるんだ。」
「しかし、上の者は、質問に答えられないと言っています。、法的に応える義務はないそうで・・・。」
私は、佐々木をなだめた。帳簿閲覧に来たのであって、会社を嚇しに来たのではない。こうなったら、徹底して帳簿を検査するしかない。
「やっぱりおかしい。」
時間が経てば経つほど、帳簿を見れば見るほど、我々の疑念ははっきりしてきた。肝心の部分、つまり翡翠不動産と観光センターの取引に関して、金銭のやり取りがあるはずなのに、その部分がいくら探しても見つからないのだ。
それ以外にも、我々が疑惑を持っていた部分、調査が必要と思っていた部分が、そっくりと抜け落ちているとしか思えないのだった。
佐々木が警備員に言った。
「もう一度担当者を呼んで欲しい。」
やってきた石井に、また佐々木が言った。
「この帳簿、重要な部分が抜けているとしか思えないのです。会計の担当者に、本当に抜けていないのかどうか、絶対にこの帳簿で間違いないのかどうか、確認して下さい。」
「わかりました。」
2~3分して、石井が戻ってきた。
「間違いないと言っています。」
私と佐々木は、かなり苛立っていた。特に佐々木は、かなり興奮している。
「いい加減にしろよ、まったく。おかしいからおかしいと言ってるんだ。会計の担当者をここに呼べ!」
「だから呼べません。」
「うるさい、じゃあ、社長室に案内しろ。俺が社長に直接訊いてやる。」
佐々木は本当に席を立って、社長室に行こうとした。
「佐々木さん、この部屋から出たらダメだ。」
私は慌てて、彼を制止した。我々に与えられた場所は、この応接室だけだ。勝手に他の場所に行くと、不法侵入とされかねない。
押し問答は続いた。