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夢のツインタワー(16) 伊阪弁護士

伊阪弁護士

 

 弁護士に訴訟代理を依頼することも考えなかったわけではない。

 私は、これまで何度かの訴訟を経験し、数名の弁護士と知己を得ていた。その中で最も信頼できる弁護士が伊阪弁護士であった。

 提訴後の9月中旬、伊阪弁護士と連絡を取り、訴訟について相談するため、彼の法律事務所に出向いた。

 訴訟の概略を説明した。観光センターの簿外資産、それに喰いつく翡翠不動産、不当な利益供与とも言える取引の数々・・・。

 伊坂弁護士の助言は、さすがに正鵠を得ていた。

 「まず、今回の提訴ですが、相手方が手続の瑕疵を主張してくることは間違いないでしょう。」

 「はい、もうそれは理解しています。監査役への請求からやり直すつもりです。今回の提訴は、取引を止めさせる目的でしたことですから、取引が実行された以上、最初からやり直すことは覚悟しています。」

 「取引を止めさせるのが目的ならば、代表訴訟よりも272条の方がよかったのではないでしょうか。」

 これは想定していなかった。確かに商法第272条で、株主には取締役の行為を差し止める請求をする権限が認められていた。

 「しかし、本当に取引を制止するには、訴えとともに仮処分を申請しなくてはならないでしょう。」

 「その通りです。」

 1ヶ月以内に締結するとした契約について、中止の判決を得ることは到底ありえないことだった。法的措置によってストップをかけるには仮処分が必要なことは私でも知っていた。

 「仮処分がもし認められたとしても、供託金が必要ですよね。」

 「よくご存知ですね。」

 数ヶ月前に上場企業間で仮処分を申請する紛争が、ニュースになっていた。

 2004年5月、UFJ銀行は、悪化した財務内容を改善するため、子会社のUFJ信託銀行株式を住友信託銀行に売却することになり、大筋で合意していた。ところが、それでは経営危機を回避できないとなり、三菱東京FG(MTFG)に統合される道を選択したのだった。

 そしてMTFGから出された条件は、優良子会社であるUFJ信託を併せて統合するというものだった。このためUFJ首脳部は、住友信託銀行へのUFJ信託株式売却を一方的に白紙に戻し、UFJ信託を併せてのMTFGへの統合を画策した。

 これに納得できない住友信託側は、UFJ信託銀行とMTFGの信託銀行部門との統合差し止めを求める仮処分を東京地裁に申請し、認められていた。その場合の供託金は40億円であった。もちろんこれは、一時的に供託するものであり、当然に返還されるものである。

 地裁決定に納得できなかったUFJ側は、東京高裁に抗告を申立て、今度はUFJ側の主張が認められることになったため、この40億円は、その後住友信託に返されたことになる。

 「108億円の取引をストップさせるとなれば、供託金はどれぐらいになりますか。やはり億の単位ですか。」

 「それぐらいは覚悟しなくてはなりませんね。」

 そうすると、やはり272条による差し止めは困難だったということになる。後悔するほどのことでもなかったようである。

 伊阪弁護士とは、さらに訴訟の見通しについても話し合った。私は、観光センター取締役たちの最大の弱みは、過去の売買事例ではないかとの見解を述べた。

 今回の取引価額を適正と主張するならば、2000年の売買価額が高過ぎる、2000年の取引価額が適正と主張ならば、今回の取引価額を適正と主張することは困難ではないか、つまり観光センターの取締役である被告たちは、過去の自分たちの売買事例との矛盾と戦わなくてはならないことになるのではないか。

 伊阪弁護士は、私の主張を理解しつつも、東京地裁は、取締役会の職務権限・裁量範囲を広く認める傾向がある。当然、相手方の代理人弁護士は、職務の裁量範囲を逸脱していないと主張してくるだろうから、その主張を突き崩すのは簡単ではないとの見解を示していた。

 さらに翡翠不動産と観光センターの関係から、我々の勝訴を最も困難にする「裏技」についても意見を交換した。

 1時間余りの相談を終え、その日は伊阪弁護士の事務所を退出した。



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