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夢のツインタワー(12)株主総会

株主総会

 

 総会の当日がやってきた。2004年6月24日、開催場所は新東京駅八重洲口からほど近い富士野ホテルである。

 午前10時の開始であるため、私は佐々木と9時40分にホテルのロビーで待ち合わせた。

「藤堂さん、質問の準備はされてきましたか。」

「もちろんです。まあ、見てて下さい。」

 2000年の取引は過去の取引であるため、質問をしても「返答済み」「あるいは当期の問題ではない」と言って回答をはぐらかされることを想定していた。

もちろん簡単に「はい、そうですか」と引き下がれるはずもない。そのために商法や商法施行規則を十分に予習してきていた。


 定刻である午前10時に総会は始まった。社長である佐藤守夫が議長を務め、予定通りに議事を進行していく。議長の挨拶から始まり、営業の概況報告、決算書の説明及び監査役からの報告などが済み、質疑応答の時間になった。

私は、もちろん挙手をして議長の指名を受け、質問をした。

「2000年の翡翠不動産との不動産取引について、質問します。港区芝に所在する芝セレスシティビルの土地購入価額130億円は、明らかに高過ぎます。これは路線価と比較しても、私が依頼した不動産鑑定士の評価からも明らかになっています。いったい、どのような根拠、基準によって取引値を決めたのか、説明していただきたい。」

これに対し、佐藤は返答を拒否した。

「その質問につきましては、2001年の株主総会ですでに説明済みです。今回の総会の議案でもありませんので、この場で改めて回答することはございません。」

ある程度予想はしていたが、こうもあからさまに拒否されては気分のいいはずはない。改めて質問した。

「では、質問の仕方を変えましょう。芝セレスシティビルの土地は、簿価と時価に乖離はないのか、と質問します。今回の株主総会招集通知、第8ページの貸借対照表には、保有する土地の金額として135億9728万円が計上されています。この内の大部分、130億円は芝の土地です。会社にとって極めて重要な資産の価値について質問しているのです。この130億円という簿価は、時価と乖離しているのかいないのか、はっきりと答えていただきたい。」

観光センターが保有する八重洲口の借地権は簿外資産だったが、その借地権を売却し代わりに購入した芝の土地は、購入の原価が発生したということで、貸借対照表に載っていた。貸借対照表の中身についての質問ならば、返答は拒否できまい。

ところが、佐藤は何も言わない。

「・・・・・」

「どうしたんだ、きちんと返答しろ!」

「先ほども言った通り、説明済みです。」

私も少しばかり感情的になってきた。再度挙手をして質問をした。

「改めて、質問します。芝セレスシティビルの土地は、取得原価である簿価と時価の乖離はないのか、はっきりと答えていただきたい。時価と簿価に乖離があれば、近い将来会計規則により、評価額の減損処理が必要になるかもしれないのです。きちんと返答していただきたい。」

「・・・・・・・・。」

 またも佐藤は返答を拒否した。今度は黙り込んでいる。返事もしない。いや、できないのか。

「だから時価と簿価に乖離があるのかないのか、今年の決算内容について訊いているんだ!」

「不規則発言はお止めください。発言は議長の指名を受けてからにして下さい。」

何度挙手をして、同じ質問を繰り返したところで、佐藤は「説明済み」で押し通すつもりだろう。いくら怒鳴ったところで、逆に不規則発言を繰り返したといって退去命令を受けかねない。退去命令が出てしまえば、従わざるを得ない。通常株主総会は、会社定款、商法、商法施行規則(2006年から会社法、会社法施行規則)に基づいて進行されるが、この場合には刑法が適用される。退去命令を無視して居座れば不退去罪、なお不規則発言を繰り返せば威力業務妨害罪となってしまうのである。

これ以上の追求は無理とあきらめざるを得なかった。

株主総会において役員らが説明義務を果たさない場合、決議無効を求める訴訟を起こすことができる。今回の佐藤の対応は、明らかに説明義務の拒否に相当する。

過去には、上場企業でも、それが原因で取消しを認められたケースもある。しかしそれだけのために、わざわざ訴訟を起こすことまでは決断できなかった。私はこの時の対応が不十分だったのではないかと後に悔やむことになるのである。

株主総会を終え、富士野ホテルを出て新東京駅に向かう道を歩きながら、私は苛立った口調で佐々木に話しかけた。

「なんだ、あの佐藤の態度は。」

「まあ、予想はしてましたけれどね。」

「あれは明らかな商法違反です。説明義務を果たさないと、議案の決議無効を求める訴訟を起こせる。」

「しかし、そこまでやることもないでしょう。」

「あれほど追求したのだから、佐藤たちも『うるさい株主が現れたな』ぐらいには、我々のことを意識してるでしょうか。」

「そうそう、これから真っ当な経営をしてくれればいいんですよ。」

「我々の持株数は、当然彼らも知っているわけだし、本気で投資していることがわかれば、株主代表訴訟で訴えられるようなバカなことは、もうしないだろう。」

芝の土地取引を厳しく追及したつもりだった私は、今後は、観光会館が翡翠不動産対して不正に利益を供与することなど、なくなるだろうと考えていた。

それが甘い期待に過ぎなかったことを、この総会からわずか1ヶ月ほど後に思い知ることになるのである。



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