王子のバレンタイン
別作「放課後の王子」(http://ncode.syosetu.com/n5434cf/)の続編のようなもの。
単体でも楽しめるようにできたかなとは思いますが、上記の作品も読んでいただければ、より楽しめるかも知れません。
移動教室の為に廊下を歩く。その最中に何人かの女子から小包を渡され続ける幼馴染みを目撃したとすれば、大概の人間はどうするのだろう。
からかう、褒める、横取りする、僻む、羨む。そんな意見を聞いたことがある。
その人それぞれの心境、感情も鑑みて批判をするつもりはないが、なんと面倒なことを考えるのだと思ってしまう。俺の場合は「そいつに見つからないようにする」からだ。
きっとあいつの性格上、俺を見つけ次第助けを求めるだろう。運ぶのを手伝わされるばかりか、酷いときにはその小包を1つ丸ごと食べるのを手伝わされたこともあった。名の知れた店の物らしく、味は良かったのだがどこの誰からのものかわからない贈り物を頂くというのは気が引けるし、面倒極まりない。
その為、俺はあいつの視界に入らないように努めて移動をするのだ。
「あ……」
しかし、不意に振り向いた幼馴染みと目が合ってしまった。これは面倒なことになる……。そう思った瞬間、逃げたのはあいつで、俺は取り残されてしまった。いつもと違う展開に唖然としてしまった。
○
俺の幼馴染みの高崎央子は、名前の通り正真正銘女子である。ただし、名前の読み間違い、女子に対する紳士的な立ち振る舞いや中性的な顔立ちと細長い身体付きなどから“王子”などという、本人にとっては不本意なあだ名が付いている。
理由の1つである、女子に対して過剰なまでに紳士的な立ち振る舞いをすることには“ある理由”によって、央子自身に過度のスキンシップをさせない為という意味があるのだが、校内女子の多くは誤解を持ち熱烈なファンになってしまい、今日の様なイベントの日には望んでもいない贈り物に苛まれることになる。
そんな央子と俺は小さな頃から行動を共にしていた。正確に言えば、面倒なことが嫌いな俺が活発な央子に引っ張られる形で付き合わされていたのだが。こういったイベント事に関心も関係も無い俺は、中学生の頃に毎度その弊害を受けていた。央子と同じく、望まない形で。
それが今年は無いかも知れない。勿論悪いことではない。嫌な出来事が1つ減ったのだ。だが、半年前に妙な相談事を持ちかけられ、それにも応じてきたのだ。面倒なことに巻き込まれるという事象であっても、急に無くなるというのは気持ちが悪い。
「央子」
教室移動の授業が終わり、自らの教室に帰る際に声をかける。今は誰も近くにいなかったので都合が良かった。
「恭二か。どうしたの?」
俺の声に反応した央子は安心したような、困惑したような、複雑な表情を見せた。
「いや、どうしたって言う話じゃないんだが……」
面と向かって用件を聞かれると困ってしまう。様子の違う幼馴染みを心配したなどと、寂しくなったなどと言える訳がない。
「何か、困ってないか?」
これだ。
「半年前にされた相談があっただろう。あんな風に何か困ってるなら、また帰りにお茶でもしないか」
「あー……うん。やっぱりそう簡単に大きくならないよね」
自らの身体を見下ろしながら自嘲気味に笑う央子を見て、しまったと思う。流石にこの話題は学校でするべきではなかった。しかも今はもう教室の前じゃないか。誰かに聞かれていないか心配になって周囲を見回すが、俺たちを気にした様子は見られなかった。
「えっとね、恭二。今日はお茶じゃなくて僕の家に来てくれないかな。相談はあるから」
「そうか。わかった」
やはり、央子に巻き込まれることで少し安心していることに気付く。慣れというものは怖い。
「じゃあ、また放課後に。一緒に帰ろう」
自身の席に着く央子と約束を取り付けて、俺も自分の席へと向かった。
○ ○
その後俺は、1つの事実に気付いて勉強が手につかなくなっていた。先ほどの話をまとめると、自らの身体の成長に不安を持っている央子の相談に応じるために、俺はこの後一緒に家に向かうということになっている。それに気付いてしまった俺は邪な考えと、持ち得る限りの知識の総動員を繰り返していた。
幼馴染みとはいえ、それが“王子”と呼ばれ男と間違われるような人物とはいえ、やはり女子は女子だ。手で揉むと良いなどという噂を信じて俺に頼られたらどうするなどと、考えてしまうのだ。
授業が終わり、一緒に央子の家に向かう間も、会話が上の空であった自信もある。今後、どのように接すれば良いのかなども考えた。
が、そんな悩みは全て無駄に終わった。
「じゃあ、テレビでも見て待っててよ。今日は宿題も無かったはずだし」
央子の家に着いた俺は、指示されるように居間に上がり、テレビの前にあるソファに腰かけていた。
「ん? 相談は……」
「……さっき言ったでしょ。初めて作るからチョコを食べて欲しいって」
俺の言葉に呆れながら央子が返し、「ぼうっとしてると思ってたけどやっぱり聞いてなかったんだ」と付け足された。うむ。俺は阿呆だ。
「しかし、央子が手作りとは。女子力の進歩が目覚ましいな」
「でしょー? 今年は頑張るよ。……外側が期待薄だしね」
テレビでは少し前のドラマの再放送が流れている。それを眺めながら、居間とつながった台所で奮闘する央子と会話をする。
「いやいや、頑張れば良いだろう。なんなら成型を手伝っても――」
「や! いい! 大丈夫、1人でできるから!」
何やら極端に拒否をされると悲しい物がある。だが、1人でできると言うのなら大丈夫だろう。
「ちなみに何を作るんだ?」
「ブラウニーをね。インターネットで簡単そうなレシピがあって、30分くらいでできるみたいだから。できたてを食べてね」
頑張っているらしい央子の言葉を聞きながら俺は、「じゃあこのドラマの結末は見られるだろうか」などと余計なことを考えていた。
○ ○ ○
「できたよー」
直前から良い匂いはしていたのだが、声がかかるまでは待っていた。予想以上にドラマの再放送が面白かったのかもしれない。特にコミカルに話す弁護士のキャラクタが……まあそんなことはどうでもいいか。
「どれ……なんだ。上手く成型できているじゃないか」
央子の持ってきた皿を眺める。「これなら不安も無いだろうに」と続けると、央子が一瞬、安堵のようなため息を吐いた気がした。共に「なーんだ……」とも言った気がしたが俺は既に、一緒に用意されていたフォークを用いてブラウニーを口に運んでいた。
「……どう?」
「美味い」
最初こそ不安がなかったと言えば嘘になるが、外見の成型の時点でそれは薄れていた。
「本当? やったぁ!」
「去年央子がもらって、俺にくれた何処ぞの店のより美味しいぞ。好きな男ができたらすぐに渡しても良いんじゃないか」
俺の返答に喜ぶ央子を見ていると、もっと何か褒めてやりたくなった。が、途端に妙な顔をされた。
「ん?」
「いや、良いや。恭二は面倒臭がりだもんね」
何か言い含むような形で返答をされると気になってしまう。が、一応反論はしておこう。
「面倒事は嫌いだが、たまになら、巻き込まれてやっても良い」
央子が俺に頼らなくなるというのも何だか調子が悪くなるのだからしょうがない。
そう思っている俺に対する央子の「はいはい」と言うその顔が明るかったから、今日の相談は上手くいったのだろうと思うことにしよう。
テレビでは、七三頭の弁護士が勝利の美酒に酔っていた。
【了】