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9.戦地の女神

戦地。

王子は張られたテントの中で、リューエア様と共に、噂の女性とお会いになりました。

私も王子と共におります。使えるあらゆる手段を活用しまして、私もここにおります。


それはとても美しい方でした。

「どうも! ユリ、と呼んでくださーい! エルファンド王子様! お会いできて光栄でーすっ!」


「・・・」

王子は、無言です。そもそもお姿を見た時から気分が低くなっておられます。私には分かります。王子、やはり少し期待されておりましたでしょう。

私は、正直に本当に、がっかりいたしました。

噂の方は、カエデ様では無かったからです。


ユリという方は、カエデ様よりも品のある大人びた顔をしておられました。

噂どおり、金色に輝く大鎌を右手にガッシリと持っておられます。


しかし何でしょう、ご容姿かつ現場に合っていない、軽いお言葉遣いと不思議な身振り手振り。

金の大鎌を握る右手で、グっと親指を上げてウィンクなさいます。

気品を感じさせないこの行動は、カエデ様を思い出させました。違う方であったのが本当に残念です。


居心地の悪そうなリューエア様とは対照的に、ユリ様は私たちを笑顔で明るく柔らかく歓迎してくださいました。

ユリ様は、目を細めて上機嫌でいらっしゃいます。

戦力が増えたことを喜んでおられるのでしょうか・・・?


「ねぇ、あなたはもしかして」

と、ユリ様は王子の後ろに控える私に目を留めて、どこか身を乗り出してお尋ねになりました。

「セバッちゃん? エルフ王子の執事のお爺ちゃんだ!」

「・・・!?」

私と王子は、思わず、目を見開いて目の前の女性を見つめてしまいました。

なんですって? どうしてその呼び方を?


私が口を開く前に、リューエア様がバツが悪そうに、ユリ様を小声で咎めます。

「・・・ユリナ、君はそんな風に・・・」

こちらにもバッチリ聞こえております。


お待ちください、『ユリナ』?

それは、王子が、私たちが、ずっと突き止めようとしてきた言葉です。

人名、地名、または他の…。カエデ様が姿を消す時に、カエデ様が口にされた言葉。

カエデ様が向かわれた先。


「・・・」

私がユリ様に向かってお答えする前に、王子が尋ねておいででした。

「あなたは・・・」

一度言い淀まれます。けれど、続けられます。

「あなたは・・・カエデという人を、ご存じでしょうか?」


良かった、珍しく直球で尋ねられましたな。王子。えぇ、私も、その答えが大変聞きたく思います。


ユリ様は、ニッコリと笑まれました。楽しそうに「ふふー」と言われます。

焦らさないでいただきたいです。私はじっとユリ様を見つめます。


「ユリナ…」

とリューエア様。

「えー、だってさ、ふふー」

とユリ様。


いえいえ、お待ちください、有耶無耶うやむやにしないでいただきたい。

私、執事ですが発言させていただいて宜しいでしょうか、ダメでしょうか、ほら王子さっさと質問をお続けなさい!


リューエア様とユリ様は目の前で何やら仲良さそうにじゃれ合い始めておいでです。

王子、エルファンド王子! 冷えた空気を出して黙っている場合ではございませんよ!


そこに、兵がテントに入ってきて大きな声で報告しました。

「敵が近づいております、ユリ様!」

「りょーかい」

ユリ様はその声にゆらりと立ち上がられました。

「行こう、リュー」

「・・・えぇ」


ユリ様は、報告した兵に尋ねられます。

「二振りぐらいで、いけそうな程度かな?」

「はい、まだ遠くですので」

「りょーかい」

ユリ様は、妙に艶と凄みのある笑顔になって、私たちをご覧になりました。

「すぐ戻る、私、早く話しておきたいことがあるんで。そうだ、私の働きっぷり、見学する?」

「・・・ユリナ!」


ユリ様はリューエア様に優しい微笑みを向けました。美しい女神のようでした。

「リュー、私はさ、カエデのためにも、言わせてもらうから」

「・・・! だけど勝手に・・・!」


少なくとも、私はドキリとしました。

ユリ様は、カエデ様の事を間違いなくご存じです。


***


敵の陣営が遠くに見えます。近づいているという事ですが、接戦になる距離ではないとのことで、王子と共に、私も連れて行っていただいております。


ここは私たちの陣営も見下ろせる、小高い場所です。

こちらの陣営は、ユリ様が現れると歓声を上げて迎えています。


ユリ様と並んで歩くリューエア様が、王子と私をお止めになりました。

「ここでお待ちください。巻き込まれます」

「・・・あれは、『実りの大鎌』では?」

エルファンド王子が、感情を削ぎ落した声で淡々と確認されました。

「はい。その通りです。ですが内密に」

「・・・あれは、戦うためのものではないはず」

「はい。その通りです。ですがユリナは、あれを武器として見せます」


エルファンド王子は、リューエア様を不快そうにご覧になりました。まず単純に気に入らないのでしょう。

2年前から、決してこちらに決定的な証拠をつかませなかったリューエア様。

リューエア様は、カエデ様と繋がっていて、カエデ様を思い出させる。

カエデ様は王子の傍から去っていったのに、リューエア様は、カエデ様を思わせる方と仲良く共におられる。

まぁ、この推察は私が勝手に思うだけでございますけれど。


ユリ様は、金色の大鎌を右腕を伸ばして誇示されました。大鎌は、太陽の光をキラキラと反射します。

ユリ様は挑むように敵陣に向かって立たれています。

「二度と来るなーさっさと帰れー!」

低く呟いた後、ユリ様が大鎌を大きく振り回しました。

「うおりゃあっ!」

ブンッ!!!

すると、ゴウッ!! と、強い風が起こりました。


ゴウゥウ・・・・!!

こちらから巻き起った強風が、波のように、敵陣に向かい広がります。

途中の草が、風の勢いで刈られて緑の粉に変わっていきます。


これは…?


「せっ!!!」

ブンッ!!!

ユリ様が、もう一度、大鎌を振り回しました。

敵陣、陣形が乱れました。風になぎ倒されていきます。


こちらの陣営から、ワァっと歓声があがりました。

ユリ様はにっこり美しい笑顔で微笑まれました。そして、振り返って、リューエア様をご覧になります。

リューエア様がユリ様の隣に進まれて、ユリ様に向かってフワリと笑顔を見せて頷かれます。


こちらの陣営が、さらにワアァっと盛り上がります。


「・・・・ムソン。私は今すこぶる機嫌が悪い」

と、私の隣の王子がボソっと呟かれました。

「お気持ちお察しいたします。私もでございます」

と、私は答えました。私もなぜかイラっと来ましてございます。さんざん苦労させられているリューエア様への歓声は私には不快でございます。

王子は可笑しそうに小さく笑われました。

「・・・ムソンも、ですか」

私がそのような事を申し上げるのを珍しいと思われたのでしょう。


歓声に応えられるユリ様とリューエア様。この場所の戦いは余裕があるようです。

ユリ様がおられるからでしょうか? どうやら敵陣が近づいてこれないようにしているようです。


リューエア様に手を取られて、ユリ様がこちらに戻ってこられます。

ユリ様が少しふらつかれましたが、さっとリューエア様が支えて分からないようにされました。

どうやら、少し疲れが溜まっておられるご様子です。


ユリ様はさりげなくリューエア様に支えられながらこちらに戻ってこられて、王子と私に向かって、美しい笑顔をお見せになりました。

「テントにもどろ。エルフ、セバッちゃん。早く話したいことがあるんだ。ね、良いよね、リュー?」

「・・・少し休んだ方が良いよ」

リューエア様が辛そうに仰いました。

「やだね」

ユリ様は言いました。

「言える時に言っとかなきゃいけないことだよ。今こんな事してるわけだし、いつまで無事で持つかもわかんないよ」

「・・・・ごめん」

とリューエア様が仰いました。

「リューは私に謝る必要ないよ、だって共犯!」

「それもごめん」


「・・・私に何か話をするのではないのか?」

エルファンド王子が冷えたお声をお二人におかけになりました。

そうですな、お二人の様子は王子には目に毒ですなぁ。主にリューエア様に対してイラっとする方向で。


また兵が叫びました。敵襲です。

地面が震えました。魔法攻撃でしょうか。

「! ムソンは下がって!」

「セバっちゃん、こっち来て!」

私は駆けて来られたユリ様に腕を掴まれて、後ろに避難させられました。

「エルフ王子、セバっちゃんは任せて! 私コレあるから!」

ユリ様は右手の黄金の大鎌を少し持ち上げて王子に示してご覧になります。

「分かった、ムソン、彼女と一緒にいてろ!」


私はユリ様に連れられて後方に下げられます。

王子はリューエア様と留まられます。指揮をおとりになるのでしょうか。


ユリ様が振り返ってリューエア様に叫ばれました。

「死ぬなよ、リュー!」

「ユリナもだ!」

「生きてるー!!」


ユリ様は元のテントに私をお連れになり、テントの中央付近で大鎌を地面に立てられました。

「セバっちゃん、こっちこっち! こっちきて一緒にこれ持って!」

「は、はい」

「大丈夫、これさ、すごいお宝らしくって、滅多なことで壊れないって!」

共に大鎌を掴むことになったユリ様は、私のために、説明を下さりました。

「これ持ってたら、多少の事大丈夫だから!」

「は、はぁ」


魔法音が外でいたします。体勢を整えようとする声などが飛び交っています。


「お伺いしてよろしいでしょうか」

と私は申し上げました。

「うん、何でも言ってよ」

「ユリ様は、外に行かれなくて宜しいのでしょうか?」

「うん。無理。ていうか無理」

ユリ様は真顔で仰いました。


私はユリ様にお尋ねします。

「いつもこのような状態なのでしょうか?」

「最近頻度が高くなってる」

ユリ様は頷いて仰います。

「ユリ様はなぜここに?」

お見かけしたところ、鍛えているわけでもない、普通の若い女性に思えるのです。リューエア様の恋人かもしれませんが、こんなところまで来られるのでしょうか? 人の事は言えませんが。

「セバっちゃん、先に話とく」

とユリ様は仰いました。

「私は、カエデと一緒に、こっちに来た。リューの危機だから」


私はマジマジと、すぐ傍におられる、ユリ様の美しいお顔を見つめました。

カエデ様。

心が震えます。喜んでいるのか、何なのか分かりません。ただ震えを感じるのです。

「カエデ様は、ここにおられるのですね?」


「うん。でも今、敵の国に行ってる。だから今ここにはいないんだ」

ユリ様は険しい顔で言いました。

「ややこしくなると困るから、初めから言うから、聞いて。どうせ、しばらくこのままの状態になっちゃうし」

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