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7.もう戻すすべはない

今、王子はお酒をおともに少し引きこもっておいでです。


私は、王子の部屋から少し離れたところで控えております。

私の隣には、メイドのエルザがいます。エルザはカエデ様と随分打ち解けていましたので、エルザだからこそお役に立てる事があるのでは、と、私がここに呼んだのです。


ガメキッ!!


「あ」

エルザが声を上げました。

部屋から聞こえた物音に、二人で目を合わせて、肩を落としました。


あの音と大きさは…王子、またやってしまわれましたな…。


別に暴れておられるわけではございません。もう21歳の大人ですから。

ただ、何か思い詰めて考え事をされると、自然テーブルの上に置いた手を強く握りこまれるクセがおありです。そこにお酒が入ると、無意識に魔力まで込められてしまうのです。

結果、手に込められる魔力にテーブルが耐えきれず、テーブルが割れて壊れてしまいます。

もう随分気を付けていただき、あまり起こらなくなってきたのですが…。大変残念なことでございます…。


「お馬鹿様ですねぇ…」

と、エルザが呟きました。


私はため息をつきました。


エルザは言いました。

「違いますよ、カエデ様の事です。…せっかく…王子と…」


「・・・」

しんみりしてしまうではありませんか。私はもう歳なので涙もろいのです、お止めなさい。


エルザは話したい気分なのでしょう、ポツリポツリとこぼします。

「カエデ様、王子のこと、好きでしたのに」

「・・・そうでしたか?」

「そうでしたよ。分からなかったですか、ムソンルージ様」

「・・・女性の心は、いつまでたっても分かりませんよ」

「あはは」

エルザは少し可笑しそうに笑いました。


王子の事を好きになっておられたのに、カエデ様は行ってしまわれたのですか。

でも、もう王子にはそれを言えません。カエデ様はご自分の意志で、ここを去っていかれたのですから。


ギィイ

と、王子の部屋の扉が内側から開けられました。

「・・・ムソンルージ。すみません」

王子が、叱られる前の子どものようなお顔を、開いた隙間から出してこられました。


「はい、王子」


「テーブルを壊しました」


私はため息を返事にいたしました。


「すみません、つい」

王子が重ねて謝ってこられます。


「分かりました、音が聞こえてまいりましたから。…ご自身で修理したり手を出したりはされておりませんね?」


「・・・それが、すみません」


「・・・」

私は黙り込んでみせました。


王子は魔力でモノを壊してしまわれます。そして、ご自身で修復を試みられることがあります。

うっかり壊してしまうので、慌ててなんとかしようと、とっさに行ってしまうのでしょう。


しかし、王子は修復の専門家ではございません。

王子の修復の魔法で直りはしますが、素人が修復した状態・・・つまり、本来の状態のようには戻らないのです。機能は問題ありませんが、優美な線や装飾などが本来のように戻りません。


王子が扉の隙間をさらに開けられました。お部屋に入って良いという事でしょう。

私は、控えておりましたエルザも連れて、王子のお部屋に足を運びました。


***


部屋の中には、王子にうっかり修復されて、見栄えが大変悪くなったテーブルがありました。

なお、お酒のボトルなどは予め別のテーブルに置かせておきましたので無事ございます。

「・・・」

私はじっとその様子を見つめました。

テーブルの崩壊がずいぶん酷いですなぁ。

一度壊してしまったので修復をかけ、もう一度テーブルとして利用されたようです。それをまた壊してしまい、また修復する…を、いけるところまでやってしまった感じですな。

これはもう、テーブルとして支障が出るほど形が崩れてしまっているではありませんか。

手遅れですな。やれやれ。


「すみません…その…無くなると不便でつい…」

と王子がボソボソと言い訳をされておられます。


「そんなことは、よろしいのです」

私はキッパリ申し上げました。そんな状況ではないのです。


「はい」


私は後ろをふり仰ぎ、情けない子どものような表情の王子を見上げて申し上げました。

「私たちは、教えていただけるのをお待ちしているのです。メドオール家のリューエア様のお話の結果は、どうだったのです」


「・・・」

無言で黙り込む王子の後ろには、エルザがやはり、じぃっと王子を見つめております。

エルザも私と同じ気持ちでありましょう。


気落ちされるのは仕方ありません、テーブルを手に負えない状態にした事も大目に見て差し上げます。

今、重要なのは、そんな事ではないのです。テーブルなど良いのです。

私は知りたいのです、『戻る』のか、『戻らない』のか。


「・・・・・」

王子は、しばらく俯いて黙っておられました。

私たちは、王子がお話になるのを、じっと黙ってお待ちいたしました。


じっと待つのに、ずっと黙っておられるのを、じっとじっとお待ちしました。


根負けしたように、王子はポツリと話されました。

「メドオール家のリューエア殿は限りなく怪しい。けれど、証拠はない。『憩いの水球』は確実に、彼…リューエア殿の手に渡っています。触れた気配が残っています。けれどそれを伝えるべきではない」


私たちは黙って聞いています。

『憩いの水球』は王家の秘宝。触れたかどうか分かる事も、秘密にしております。それを具体的な証拠として見せる術もないためです。ならば、触れたことが分かる事も秘密にして、具体的な証拠を突き止めた方が良いという判断です。


「カエデは…カエデとの関係も、報告した通りだと。

 私は、『現場を調べたが、馬車の事故未遂など起こっていない』と、カマをかけました。

 リューエア殿はわずかに動揺を見せました。けれど、追及するには『思ってもみない事を言われたからだ』と言い訳できる程度のもの。崩れなかった。言う事を覆さなかった。しっぽを出さない」


「・・・・」


「私は彼に聞きました。あなたはカエデの友達ですか?と」


***


メドオール家の応接間で。

メドオール家長男のリューエアは、落ち着いた知的な印象の少年だった。実際に、聡明だと評判になっている。力あるメドオール家の次期当主として楽しみだと。


急に押しかけて会いに行ったにも関わらず、優雅に笑み、こちらを迎えてみせた。


カエデの失踪は伝えないまま、尋ねた。

「あなたは、カエデの友達ですか?」


カエデは、様子がおかしくなった時に、心配する私のために、答えたのだ。

友達がいると。とても大切な友達だと。それ以上は言わなかったけれど。

それは、リューエア、あなたの事か?


リューエアは答えた。落ち着きのある堂々とした態度で。

「はい。お友達です」


「とても仲の良い、友達でしょうか?」

尋ねる。

尋ねながら、嫉妬している自分がいる。仲が良いと公言する彼を、嫉妬している。


リューエアは可笑しそうに首を傾げて笑ってみせた。

「そうですね、少なくとも、私は、カエデ様の性格を好んでおります。もちろん、友達として」

それからリューエアは付け加えるように、真っ直ぐにこちらの目を見る。

「私は、心から、カエデ様の幸せを願いましょう」


『憩いの水球』に触れた気配を漂わせながら。

8つも年下の彼に、まるで、『あなたはカエデの幸せに相応しくない、だから去られたのだ』と、告げられた気がした。


***


王子は、顔を少しお上げになりました。

リューエア様にお会いした時の事を思い出されているのでしょう、何もないどこかを探る目で、空間をご覧になっています。

「彼の魔力色は黄緑のようです。例の魔法の、発動時と同じ色…けれど、例の魔法の色は安定せず様々な色に変化していた。だから、彼だと決めることはできない。彼は、限りなく怪しい。けれど、決して崩れない、芯を持っている…」

王子は苦々しそうに言われました。

「断定できるほどの証拠は今ありません」


エリザが尋ねました。勇気を持って。

「エルファンド王子。カエデ様は、メドオール家のお屋敷に匿われておられるでしょうか?」


「・・・・」

王子はエルザを振り返って、表情を消した顔でじっとエルザをご覧になりました。

王子、その顔でエルザを見るのは止めてお上げなさい。それは八つ当たりですよ。そのお顔はご自身で思われる以上に怖いのですよ。


「分かるはずがない・・・分かる術もない」

王子はそう答えました。そのお声は、静かに抑え、低く冷えたものでした。隠そうとされたのに、少しだけ震えたものでした。


私とエルザは、そのまま、王子のお部屋を退出する事になってしまいました。


***


「それでは、何かありましたらお呼びください」

そう告げて、パタン、と、王子の部屋の扉を閉めます。


「・・・」

「・・・」

出てお部屋を少し離れてから、一緒に部屋を退出することになった私とエルザは、顔を見合わせて、共にため息をついてしまいました。


エルザは言いました。

「・・・王子、カエデ様の事は諦められるのですね・・・」

「・・・そうでしょうか」

私たちは、共に、またため息をつきました。

国宝『憩いの水球』はどうあっても調査を続けねばなりませんが。

そうですか、そう思うのですか、エルザ。


「せっかく、懇意こんいになれましたのに。カエデ様」

エルザが悲しそうに言いました。エルザの口調は、完全に、元の礼儀正しいものに戻っております。


エルザ、あなたはカエデ様のために、カエデ様が心地よく過ごせるように、口調を合わせていたのですね。決して粗野になったわけではなく。決して感化されたわけではなく。


つまらなさそうに悲しそうに言うエルザにつられて、私もこぼしてしまいました。

「せっかく、ケーキで喜んでいただいておりましたのに・・・」

「ケーキで餌付けておいでだったのですね、ムソンルージ様」


二人して、しょんぼりしながら、廊下を歩きました。

王子がカエデ様を想われるのも、諦められるのも、私たちが口出しする事ではないのです。

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