6.調査と行動とお酒
王子は翌日の昼前に、メドオール家のご長男リューエア様に、無理押しをしてお会いに行かれました。
私は王子に、館で待機するよう命じられました。万が一のために、私に残っていて欲しいと言われたのです。そんな事を言わないでいただきたいと思いました。
王子のお帰りをヤキモキしながら皆調査を続けました。王子の出立には間に合わなかった部分があるのです。
あたりが薄暗くなった頃合いに、王子は無事に同行した交渉補佐の者や護衛の者と共に戻ってこられました。
カエデ様の姿はありませんでした。
実は私は、カエデ様が戻ってこられるのではと、期待しておりました。きっと、そんな期待をしていたのは私だけではなかったでしょう。
けれどそれは顔に出してはなりません。
戻ってこられた王子は、私の顔を見て、仰いました。
「ムソン。すみません、少しだけ一人にさせてもらいたい。少しお酒が欲しい」
やはり泣きそうですなぁ、エルファンド王子。
心配ですなぁ。王子はお酒を召し上がりすぎると時々モノを壊されますからなぁ。
けれど、いつもより良い酒を、少しだけご用意させていただきましょう。
こうして、王子は、一人でお部屋に引きこもってしまわれました。
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昨日、カエデ様が姿を消されてから、私たちが王子の指示を受けて調べたことは、大まかにいってこのようなものでございます。
1、その日のカエデ様の行動の把握。いるはずの協力者の動きの把握。
2、カエデ様がどのように姿を消されたか。行き先。ご無事であるのか。
3、王家の秘宝『憩いの水球』はどこに行ったのか。
4、メドオール家とカエデ様の繋がりについて。裏があるのかどうか。
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【1、その日のカエデ様の行動の把握。いるはずの協力者の動きの把握】
これは、昨日、技術者が立体模型で見せた通りです。
ただし、2つ目の調査の中からも、協力者は必ずいると思われました。
そこで、協力者についての調査が進められたのですが、ここが掴めないのです。王子の出立に間に合いませんでした。今も調査中です。
そもそも、この館内に素性不明の者は簡単に入ってこれません。カエデ様は特例です。
一体、誰が、どのように、カエデ様を手引きしたのでしょう?
または、カエデ様がこちらに来る前に、教え込んでおいたのでしょうか?
それならば、まずメドオール家を疑うべきでしょう。
王族の住む館の中の事を調べて教える事ができるものは、限られています。
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【2、カエデ様がどのように姿を消されたか。行き先。ご無事であるのか】
技術者ジェティシカが中心となり調査をして、昨日のうちに判明しました。
王子と私は、ジェティシカの魔法で、昨日の『カエデ様の行動』を立体映像で見ました。
再現された映像の中で、カエデ様は、左手に何かをギュっと握っておいででした。
口は引き結んでいて、見たことのない真剣なお顔をされています。
祈りの間に入ってこられて数歩歩き、周りをキョロリ、と見回したのち、建国の女神様を見つめられます。
それから、左手は大事そうに胸のあたりに握ったまま、右手で首元に手をやり、首にかけておられた紐を引っ張り出し、小さな袋を取り出されました。
握ったままの左手も使って、袋から折りたたんだ紙を取り出されます。魔法紙です。それから、小さな赤い…果物のタネのように見えるのですが。はて。
カエデ様は、魔法紙と赤い果物のタネに見えるものを右手でお持ちになり、それから、左手を広げてごらんになりました。
左手に握られていたものが露わになりました。
隣で、この映像をご覧になっている、王子が呟かれました。
「『目覚めの羽』・・・?」
あぁ、たしかに。『目覚めの羽』です。
一般的に生活の中で親しまれている品です。全く珍しくありません。
眠気が酷い時に、これで顔を撫でると、眠気が消え、目が覚めるものです。
ただ、通常は一枚そのまま羽の形で使うのですが、カエデ様がお持ちになっているものは、通常1枚で使用するその羽を何枚も重ねて、紐でぐるぐると球状にしてあります。
どうしてでしょう。
「ムソン…。『水』が」
王子は、私にのみ分かるようにと、言葉を抑えて私に話されました。
私は、言われてからカエデ様の左手の品を見て、頷きました。
たしかに。あの目覚めの羽の球には、『憩いの水球』からの、水が含ませてありますな。
どういうことでしょう?
それに、言われてやっと気づきましたが、カエデ様からは、『憩いの水球』そのものをお持ちの気配は感じられません。
『憩いの水球』は特別な品。そこにあるかどうかが分かります。そして、カエデ様は、ここにお持ちではなかったのです。
目の前の、再現された映像の中、カエデ様は、首から下げている袋にその羽で作られた球を入れられました。
確かにあることを上から見つめて確認されながら、袋を閉じられます。
カエデ様にとって、とても重要なものなのでしょう。
これを手に入れるために、カエデ様は、館に来られた。これを手に入れて、カエデ様は、去られるのだ、と。そう感じられました。
寂しく思いました。
私ですら、こんなに寂しく思うのですよ、カエデ様。王子は、もっとそうお思いに違いありませんよ、カエデ様。
カエデ様は、目覚めの羽の球を入れたその袋を大切そうに左手で握られ、魔法紙などをお持ちの右手でも握られました。
右手に掴んだ魔法紙はグチャグチャになっています。
魔法紙の扱いをご存じない…、あまり汚く折り曲げてしまいますと、魔法紙が役目を果たさなくなることもございますのに。過去の映像ながら、爺は心配してしまいます。
やはりカエデ様は、魔法紙のことなど、よくご存じではない。
この国の民なら、子どもでも、あまり粗雑に扱っては効果が無くなると知っているのに。
映像の中で、カエデ様は、祈るようなポーズを取られました。
首から下げる袋をギュッと両手で握るからそのように見えるだけなのか、実際祈られているのかー…
≪お願いします、ユリナのところに戻してください!≫
魔法紙が発動します。
なお、これは、現場の動きの再現映像ですので、『問題があるという魔法』も最後まで見て大丈夫とのことです。あくまで、過去の出来事を見ているだけですから。
空間に、黄緑色の魔法が展開されました。けれど、途中で橙色に変化し、紫色に変化し…。
普通は、魔法の使用者の魔力の色で、魔法が起こるのですが、たくさんのいろんな色に変わっていきます。
ギィイイイイイ…
王子が魔法を再現したときに聞いた音が、映像から聞こえてきます。
大きなガラスのような鏡のようなものが何枚も現れ、動きます。
シュン!
一瞬で、目の前のカエデ様の姿が、消えました。
カエデ様のお姿が、左右から挟まれたように細い線にかわり、すぐに上下にその線は伸び、そのまま広がるように消えたのです。
「これは一体…」
私は思わず呟きを口にしてしまいました。
映像では、魔法がまだ展開されたままでした。けれど、そのうちゆらりと揺らぎ、溶けるように消えていきました。
映像はしばらく流されたままでしたが、その後は何も起こりません。すべてが終わったのでしょう。
「以上になります」
ジェティシカが、王子に礼をとって、お伝えしました。
「カエデ様は、お一人でここに来られました。ご自身の意志で魔法を使われました。
行き先は、『ユリナのところ』とカエデ様は口にされています。
ご自身の意志で行き先を指定して移動されたならば、カエデ様ご自身はご無事でしょう」
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【3、王家の秘宝『憩いの水球』はどこに行ったのか】
映像を見て、カエデ様は『憩いの水球』を確かに一度手にされたのだと思いました。
左手に大切に持たれていた目覚めの羽を球にしたものに、『憩いの水球』の力を少し使われていると分かったからです。
少し使ったあと、どうされたのでしょう。
『憩いの水球』の困った点は、それ自体が大変貴重な完璧な品のため、盗難時などの対策を『憩いの水球』自体にできないところです。そのため、格納する『箱』や『台座』の方にしか対策を施すことができないのです。一度『憩いの水球』そのものを紛失してしまうと、探すのは相当困難です。
手を尽くしてみましたが、少なくとも館には間違いなくない事が分かりました。
とすると、外に持ち出されたのに違いありません。
カエデ様が力を少し使われているので、カエデ様は絶対経由しています。カエデ様が、どのようにか、外に渡されたのです。
誰に? どこで?
やはり、協力者が分かりません。
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【4、メドオール家とカエデ様の繋がりについて。裏があるのかどうか】
私は、カエデ様が姿を消される数日前から、この件を積極的に調べ始めておりました。明らかにカエデ様はご様子がおかしく、何かを隠しておられましたから。
ですので、王子が今日の昼前に、メドオール家のご長男リューエア様にお会いになる時には、この数日間の調査結果をお伝えすることができました。ここも完全ではありませんでしたが。
まず、カエデ様とリューエア様の出会いから。
本当に馬車で轢きそうになる、轢かれそうになる、というものであったのか。
そんな事があったのなら、現場近くの人たちの記憶に残っているはずです。
実は、カエデ様を側室候補にお迎えする準備の期間に、『どのあたりでそんな危険な事になってしまったのか』などの情報は、メドオール家にさりげなく尋ねてあり、返答をもらっています。
今回、その返答にそった場所付近で、聞き込みを始めておりました。
ですが、その現場について知っているものを探し出すことができませんでした。
範囲を広げて聞き込みは続けております。
次に、メドオール家の土地について。こちらは、カエデ様が姿を消された後に調べましたが、公式報告がありますので、それで確認しております。
メドオール家の土地は、広大です。その中に、水に困るような地域があるのでしょうか? 『憩いの水球』を使用したい場所が?
とはいえ、王家に相談して正式手続きを踏めばよいのです。頼めない理由があるのでしょうか?
調べましたが、メドオール家の土地も肥沃で豊かで、問題は無い様子です。
メドオール家のご当主は、豊かな土地に大きな屋敷を持っており、そちらが本拠地です。そこでご夫婦暮らしておられます。まだ少しお若いですが、比較的温厚な方です。利益はやはり求められますが。
ご長男のリューエア様は、町にあるメドオール家の屋敷に暮らしておられます。これは貴族によくあることで、ご当主夫妻は本来の屋敷に住み、結婚前のご子息やご令嬢は、町の方を好まれやすく、町の屋敷でお過ごしになることが多いです。
そして、今、メドオール家でまず調べたい人物は、離れた土地にお住いのご当主夫婦ではなく、町の屋敷にお住まいの、ご長男、13歳のリューエア様です。
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今日の昼前、調べられた内容に目を通されて、王子は、リューエア様に直接お会いに行かれました。
そして、カエデ様なしに戻ってこられて、現在、酒をおともにお部屋に少し引きこもっておしまいになったのです。




