5.王子 調べる
私が調査の途中報告を受けて王子を探しますと、王子は、カエデ様が姿を突然消された『祈りの間』に立って真っ直ぐに建国の女神像をご覧になっておられました。
その様子はどこか静かで、私は急いで王子を探し当てたにも関わらず、その勢いで声をかけるのを躊躇うほどでした。
「王子」
私はそっと声をかけました。
王子は、顔だけで私を振り返り、悲しそうな泣きそうな顔をして、笑まれました。
「私は、賭けに負けたようです」
「・・・何をお知りになったのです?」
王子が『賭けに負けた』と判断する理由があるに違いありません。
王子は、私の方に体ごと向き直りました。そして、私に頭を下げられました。
「申し訳ありません。ムソンルージ。王家の秘宝の『憩いの水球』が、持ち去られました」
「・・・なんと・・・」
まさかと思いました。
王子が『憩いの水球』の名前を口にして急いで向かわれた時から、危機感はありましたが、まさか実際起こるなどと。
「・・・」
王子は説明を加えようとして、けれど言葉を探されました。泣きそうなお顔です。
とはいえ、自分の動揺のせいで言葉が出ないのではなさそうです。
王子も、持ち去られた理由をきちんとご存じではないのだと私は思いました。
ただ、持ち去られた事は、確信なさったのです。
誰に? カエデ様に? または別の者に?
『憩いの水球』は、とても貴重な品です。枯れた土地に水を与え、その結果緑さえ生む品です。
そんな品を、どこにどのように使おうと言うのでしょう。
国は今、水不足ではありません。潤い豊かでございます。
では?
または、他の使い道があると言うのでしょうか。
「王子、カエデ様の足取りを、ご覧になりますか?」
「あぁ」
「一部、防御幕の効果で見えない時間もございます。王子が望まれますなら防御解除してご覧ください」
私は、私の後についてきた技術者に目くばせいたしました。
技術者は、彼の両手の上に作り上げた館の立体映像を王子にお見せいたします。館の壁はほぼ透明に透けて造られており、その中、光る線が模型の中を動いて、消えます。
カエデ様のお部屋の中から始まり、祈りの間までの軌跡です。何度も繰り返してご覧にいれます。
途中で光が消えて館自体がぼんやり光る時間があります。
館の安全対策の一つが効果を出しており、この技術を持ってしても、内部が見えないようになっています。王族がその効果を取り消せば、この消えている間の動きもこの立体模型の中に再現されます。
「・・・・」
王子はじっとその光の動きを見つめました。
防御幕は解除されませんでした。とはいえ、道筋と時間を考えると、カエデ様がどこに立ち寄られたのか私たちは容易に想像がつきました。
カエデ様は、『憩いの水球』を取りに向かわれた。
私もじっと見つめます。
カエデ様の動きは、明らかにいつもと異なります。
いつもと異なる場所へ向かい、いつもと異なる廊下を回り、いつも使わないこの祈りの場に。
遠回りをしているようで、あらかじめそのように計画されたような動きです。
人の目に付かないように、配慮した道筋なのです。
「誰だ」
と王子は呟かれました。
「カエデを導いた者が必ずいる。探してくれ。王家の秘宝が盗まれた」
王子は目を細めて、立体模型の一区画を指で囲む動きをして指定されました。
「このあたり…、カエデに接触したものがいないか、調べてくれ」
「はい」
「ムソン・・・。あなたは、別の事を・・・」
「なんでございましょう」
「・・・メドオール家の・・・・」
言いかけて、王子は、突然笑われました。私が少し驚くほど突然でした。
「はは、私は、言う事が支離滅裂だな」
王子は、役に立たない自分を笑っておられるのですな。
「いいえ。王子、何でもお申し付けください。順番通りでなくとも構いません。皆優秀でございますから、王子のお考えが多少混乱されても、皆きちんと王子の指示をお受けいたしますよ」
「・・・ありがたい」
王子は感情を安定するように抑えられて、立体模型をまだお見せし続ける技術者に目をやり、
「あなたには、カエデが誰かと接触していないか調べてもらいたい。この付近が気になる。できるだろうか」
「かしこまりました。お調べいたします」
「ではすぐに頼む。退出を」
技術者は礼をして部屋を出ていきました。
王子は、模型を持つ技術者と共に場を去ろうとしたもう一人の技術者を呼び止めました。
「あなたは確か、現場の術式の再現を得意とされた」
「はい。ジェティシカと申します。エルファンド王子」
「ちょうど良い。ムソンも一緒にこちらへ。ジェティシカ、あなたにも見てもらいたい。あぁ、そこは少し空けてほしい、二人とも、こちらへ・・・。皆、このあたりから少し離れて」
王子はそれとなく、常に王子を守る、気配を消した面々にもお告げになります。
「私は、『憩いの水球』が消えたことを確認した。その後、この部屋に来た」
王子は状況をまとめるように、静かに話されます。
「そして、何が起こったか、再現した」
王子は、床にモノを投げるような動作をされ、魔力を放たれました。
青い光が弾け、空中に文字を立ち上らせます。
ギィイイイイ、と、空気が軋む音がしました。
これは何でしょう?
王子の魔力を借りて、扉のように大きなガラスのような鏡のようなものが数枚、現れては消えます。
ギィイイイ
「いけません、エルファンド王子!」
ジェティシカは急に王子の腕を掴み、白い自分の魔力で王子とその青い光景とに割り込みました。
その事で、青い光景は、動きを止めすっと消えていきました。
「ご無礼をお許しください、エルファンド王子」
ジェティシカが床に跪いて許しを請います。
「あれを最後まで再現されてはいけません。問題のある術です」
「分かっている。無礼ではない、許す。ジェティシカ、立て」
王子の言葉に、ジェティカがまた立ち上がり元の位置に戻ります。
「王子? あれは何でしょうか」
魔法の扱いがまったくうまくない私は王子に尋ねました。
王子は硬い表情で、私をご覧になりました。
「分からない。見たことがないのです。
私が行ったのは、この場の魔力の再現。そして、再現されたあの術式には、問題がある。
魔力の複数の箇所が絡まって軋んでしまっています。軋みが大きくて歪みまで出ている。
最後まで再現しない方が良いほど、危険が高い」
「仰るとおりでございます。エルファンド王子。恐れながら申し上げても?」
「ぜひお願いしたい、ジェティシカ」
技術者であるジェティシカは、一度、先ほど王子が再現を試みられた場所に目をやってから、また王子に目線を戻してお伝えしました。
「ここで使われたのは、恐らく『再現術式』です。魔力紙からの再現でしょう」
「そうか」
王子は頷かれました。気づいておられたようです。
『再現術式』というのは、『その場所で最後に使われた魔法を再現する魔法』です。
例えば最後に『火を起こす魔法』が使われた場所で『再現』の魔法を使うと、『火を起こす魔法』がもう一度現れます。
王子はここで『再現』を使う事で、このカエデ様が消えられた場所で、どんな魔法が使われたのかお調べになられたのですな。
王子は技術者ほどではございませんが、魔法も色々習得されておられます。
ちなみに私は、執事ですので、魔法はあまり習得しておりません。使ってお仕事する必要がないのです。
とはいえ、私も『自分ではできないけれど使いたい魔法』が出てくることがございます。
その時に役立つものの一つが、『魔力紙』です。これはとても便利な品です。
見た目はかなり薄い紙なのですが、名前の通り、魔力を込めることができるものです。
例えば、『自分にはできないけれど使いたい魔法』がある場合、その魔法を誰かに使ってもらいます。次にその魔法が使われた場所に魔力紙を置き、その誰かに『再現』の魔法を魔力紙にかけてもらいます。
そうすると、魔力紙が『自分にはできないけれど使いたい魔法、を再現する、魔法の紙』になります。あとは、使いたい時に、『再現』の魔法を発動させれば良いだけです。使い切りになりますが。
ジェティシカは説明を続けました。
「あの術式は見たことが無い上に、問題がございます。偶然ならありえましょうが、意識してできるものでは決してないでしょう。つまり、偶然起こった魔法を魔力紙に記録し、ここで再現されたように思えます」
「なるほど。ではジェティシカ、再現術式での魔法ならば、改めて再現しても、形だけで実際の効果は出ない。先ほどの魔法、最後まで再現しても構わないだろうか?」
王子は静かに尋ねられました。
「いえ、お止めください。明らかに問題がある術式です。どんな影響がでるか分かりません。危険な事をなさいませんように」
王子はため息をつかれました。
まるで、その事も分かっていて確認されたようでした。
私には気になる事がございました。私には見当がつかない事なのでお尋ねするしかございません。
「王子。カエデ様は、ご無事なのでしょうか? どこに行かれたのでしょう」
「・・・無事・・・だろう・・・きっと何が起こるか知っていて使ったのだろうから・・・」
「えぇ」
王子の答えに、ジェティシカも頷きます。
王子は先ほど魔力を再現なさった場所をご覧になりました。
その場所を通して、カエデ様の姿をご覧になっているようでした。
辛そうなお顔をされました。
「行き先は…これを再現すれば万が一にも、私も後を追えるかもしれないと、思うのだが」
王子は少し苦くお笑いになりました。
ジェティカが強く止めました。
「いけません! 何が起こるか分かりません、ご無事で済むかも、お戻りになれるかも!」
なんですと! ではカエデ様は。
私が驚いて身を震わせます傍で、王子はお顔に苦い笑みを強く刻まれました。
「別に私自身は、追いかけてみても良いのだが」
なんですと!
王子はそこで眉を下げられました。
「けれど、王家の秘宝まで紛失したこの時に、私まで、万が一にも行方知れずになるわけにはいかない。
分かっている、ムソン。それに私以外の者で試す気もない」
王子、カエデ様はご無事でおられますでしょうか?
私はついその気持ちを表したまま王子の顔を見上げてしまいました。王子の方が私より長身でございます。
「王子、カエデ様の傍に、誰かがいてカエデ様を巻き込んだ可能性はございませんか? カエデ様が自分の意志でなく、巻き込まれて姿を消した可能性は?」
私の問いに、王子はため息をつかれました。
「・・・ジェティシカ、この場にて調査を頼む。あなたの方が詳しく分かるだろう。あなたなら、術式だけでなく、この場にいた人間の動きも再現できるだろう? 報告を待っている」
「かしこまりました」
ジェティシカが礼をするのを見やり、王子は私にお声をおかけになりました。
「ムソン、一度戻ろう。ついてきてくれ」
「はい」
***
祈りの間から王子のお部屋に戻る途中の廊下で。
私にだけ聞こえるような小さな声で、王子はお心を呟かれました。
「・・・カエデに、逃げられましたね・・・」
王子は、カエデ様が自分の意志でここから出られたように感じておられるのです。
私は言葉が返せませんでした。
王子はこっそり泣いておしまいになるしれない、と、思いました。私も同じです、泣きそうですよ、王子。
カエデ様はずっとここにおられると、いつの間にか当たり前に思い始めておりましたのに。
私は黙ったままで、進まれる王子の後に従いました。




