4.カエデ様 消える
カエデ様が、王子の奥様についての質問を私にされてから、数日後の事でございます。
カエデ様が突然消えたと、連絡が入りました。
まさか、と、思いました。
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何かが起こりそうな予兆はございました。
ご質問の翌日から、カエデ様の笑顔に、何か隠すような、こわばったものが見えるのです。
カエデ様は、きっと隠し事が苦手なのでしょう。
言葉に言わなくとも、目や、表情、動きに、全て表れているのです。
「カエデ様、何かご心配なことがありましたら、何なりと好きにお話くださいね。爺はカエデ様のお話ならどんなものでも喜んでお聞きしますよ」
あまりに様子がおかしく思えまして、私も間接的に様子を伺いました。
「え、うん、うん」
と、カエデ様は答えられるのみでした。
カエデ様でしたら、にっこり歯を見せて笑いながら「うん、サンキュー、セバっちゃん!」と仰りそうなものですのに。
カエデ様は自分の様子がいつも通りでないご自覚はおありのようで、無理にニッカリと笑顔を作ってお見せになりました。
カエデ様、それは、笑顔とは言えませんよ。
***
カエデ様の様子がおかしいことは、メイドのエルサも気づいており、私に報告しておりました。
エルザも気づいていたのです。
カエデ様が、私たちを見て、どこか心を痛めるような表情をなさいますことを。
少し目が潤む時があるのを。
それでも強い意志を持って、それを隠そうとされておりますことを。
エルザは直接カエデ様に尋ねたそうでございます。
「何よその顔!」
「え、なに?」
「カエデ様、悩み事か隠し事かしてるでしょ!」
「えっ、ないよ、してないよ!」
「ウソつき! 言いなさいよ! 私に言えないなら、ムソンルージ様に相談すれば良いじゃないの、そんな顔しないで」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・ね?」
「・・・・・・・・・・・・」
カエデ様の目は揺れていたそうです。迷っておられたご様子です。
それでも、キっと気合を入れたような目に戻り、
「大丈夫、ごめんね」
と言われたそうです。
エルザはそれ以上何も言えなくなってしまったそうでございます。
エルファンド王子にも報告いたしました。
王子は、書類確認の手を止めて、少し沈黙してから仰いました。
「・・・分かった。私からもカエデにそれとなく聞いてみる・・・。それから一応・・・安全対策の強化を」
私は、王子の指示に頷きました。
***
この館は、小国ながら、王族の住まう場所でございます。
それゆえに、安全対策には常に気を遣っております。
例えば館内においても、諜報部隊が放たれております。なぜ自分の館に、と言いますと、色々目的はございますが、一言で言いますと、それも安全管理の一環なのでございます。
私は、カエデ様についての情報を集めることにいたしました。
カエデ様の出自は、謎だらけでございますから。
カエデ様の公式な推薦の経緯はこうなっております。
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この国の力ある貴族の一つに、メドオール家という家がございます。
そのメドオール家には、13歳となるご長男リューエア様がおられます。
数か月前、リューエア様が馬車に乗って移動されておりました時に、カエデ様がふらりと馬の前に出てこられ、もう少しで轢くところだった、大惨事になるところだった、という事が起こったそうでございます。
その時、その状況の影響か、カエデ様は体調がとても悪いご様子でした。あまりに様子が酷そうで、リューエア様がカエデ様を医者にと思われ、馬車に乗せてご自宅に連れられたそうです。
その事で、カエデ様はメドオール家でしばらく過ごされることになりました。同時に、カエデ様とリューエア様とは打ち解けられ、親しくなられたそうです。あくまでご友人として。
カエデ様はこの国の人でないと分かったので、リューエア様はカエデ様を連れて町をご案内などされるようになりました。
するとすぐに、カエデ様はおひとりでも町に出かけられるようになったそうです。そして、その先で、エルファンド王子と何度か出会われる事になったそうです。
リューエア様からの知らせで、メドオール家ご当主も、カエデ様とエルファンド王子が仲良くなられたらしいと、知るところになりました
そこで。
王家と親しくなれば地位がますます強くなるメドオール家は、カエデ様の事をエルファンド王子に連絡してきました。
もしエルファンド王子がカエデ様の事を気にかけておられるなら、メドオール家が力添えをしましょう、側室候補として館にお送りしましょう、さて、どうされますか、と。
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この連絡の手紙をご覧になった時、エルファンド王子は、読んでいた椅子から立ち上がるほどに驚かれました。
そして、言われたのです。
「その方が、私が知る方と同じ方か、ぜひ確認したい」
ちなみに、その場におりました爺は、王子のこの態度に内心喜んでおりました。
王子が積極的に女性と会おうとなさっておられる! と。
なお、報告いたしました折り、陛下と皇后様も喜ばれました。
王子は、今までに色々ありまして、そちら関係にうんざりなさってしまい、自ら動かない方だったのです。
さて、王子は希望をかなえられ、一度こっそりとカエデ様の姿を確認されました。
そして、結果、自分が思うカエデ様と同一人物と分かりまして、メドオール家に連絡、その推薦をもらう形でカエデ様を側室候補としてお迎えすることになったのです。
ちなみに、その際、メドオール家はこのようにも伝えてまいりました。
簡単に申し上げますなら、『正直あまり良く知らない人だから、何かあってもこちらは責任は持ちません。調査などは王家の方でしてください。けれど、もし気に入って奥様にするなら、我が家の娘として嫁に出しますよ、良いですね。我が家と王家と親戚関係を結びましょうね』という内容でございました。
正直メドオール家にとっては都合の良いお話です。
しかし、せっかく王子が積極的に興味を持たれた方です。
調査も王家がすればいいのです。
そして、さぁ調査するか、という時に、王子がこう仰ったのです。
「私が直接、カエデに尋ねるから、調査などは待ってもらえないだろうか」
つまり、それだけ、カエデ様を思っておられるのだと私は思いました。
知らないところで調査されるなど、調査される側は気持ちのいいものではございません。
ですから、ご本人に直接尋ねたい、そこから知っていきたい、と王子が思われたのです。
私たちは王子の意志を尊重いたしました。
とは言いましても、万が一の準備もしながら。
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数日前、カエデ様の様子がおかしくなり、明らかに何かを隠しておられると私たちには思えました。
何かがきっとあったのでしょう。
私たちの分かっていないところで。
ですから、私たちは警戒を強めておりました。
何事も起こらないように。何かあってもすぐに対応できるように。
けれど。カエデ様は、館の中で、突然姿を消しておしまいになりました。
***
カエデ様の姿が消えた事を、エルファンド王子にご報告しなくては。
私は王子の部屋に急ぎます。
「王子!」
私の様子に、王子は驚き、表情を硬くされました。
「カエデ様が、どこにもおられません。館にお姿がありません。しかし館の外に出られた可能性もございません。追跡調査で姿が突然消えたことを確認しております!」
王子は、座っていた執務用の椅子から立ち上がってしまわれました。
「ムソン・・・どういうことだ。カエデ。消えた・・・? カエデはどこに?」
矛盾した質問をなさいます。理解が追いついていないのでしょう。
「どこにも、おられないのです。間違いなく今、館内にカエデ様はおられません。外に出られた可能性もございません。祈りの間で、カエデ様の体内魔力が途切れているとの事」
私たちの体には魔力がございます。カエデ様にもございます。その魔力の跡を追って、行動を調べる事ができます。その技術を持つ者が、館にいるのです。
「祈りの間…?」
王子は眉をしかめて呟かれました。
祈りの間とは、建国の女神様を祭る部屋の事です。
けれど、カエデ様がお使いになる事はありませんのに、なぜ、あの部屋に。
直後、ハッと王子は何かに気づかれました。
「ムソン! カエデの行動は全て把握できたのか? ・・・いや! 私が確認せねば!」
急に王子は、大きくお動きになりました。執務机を回って、部屋を出ていこうとなさいます。
「ムソン、私は私で確認する。あなたはあなたでカエデがどこにいるか調べてほしい、頼む!」
「はい! すでに各所手配しております、王子は何を確認されるのです」
突然の王子の行動に私は驚き疑問を持ちました。
「・・・『憩いの水球』だ」
王子は、何かを堪えるように、そう仰いました。
顔色を悪くした王子は、足早に部屋を出て廊下を進んで行かれました。
『憩いの水球』?
なぜ今、それを、確認しようと思われるのです、王子。




