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3.爺はそれぞれの相談を受ける

『赤薔薇の白壁』は、王子の散歩必須スポットになったようでございます。

その場所に王子を見つけることが多くなりました。


その日も、王子と私とで、『赤薔薇』を鑑賞いたしました。

王子はじっと黙ってそれをご覧になっておいでです。私も控えて傍に立っております。


「ムソン」

王子は、絵を見たままで私にお声をおかけになりました。

「私は、カエデと、賭けをしている」


私は静かにお言葉を聞いております。


「私にカエデの心が向くように。カエデの心が私に向くかどうかを、賭けている」

少しゆっくりと王子は話されました。まるで自分の中で状況確認するような口調です。

王子は私を振り返って仰いました。

「私は賭けに勝てるだろうか?」


私は微笑みを返事にしました。

恋愛に関して人の心は難しくございますからなぁ。とくに女性のお気持ちは爺には分かりかねます。


私が言葉による返事を返さないので、王子は少し寂しそうなお顔をされました。


私はそのお顔に対して、少し寂しく申し訳なく思い、またそれをお返事として表情に出させていただきます。


王子はカエデ様を好きで、側室にと望まれております。

王子はカエデ様との時間を持とうと頑張っておられることを、爺も存じております。

例えば、カエデ様は魔法をとても喜ばれると分かりましたので、カエデ様を誘い、庭にて、王子自ら幻想的な魔法を披露なさったそうです。

また、別の日には、高いところがお好きと分かったので、塔に案内して高いところからの景色を一緒に楽しまれたり。

また、珍しい小物を贈ってみたり。

色々アプローチをかけておいでです。


一方、カエデ様のお気持ちについては、爺にはよく分かりません。とても王子と仲良く過ごされているとお見受けいたしますが、初めに求婚をバッサリ断っておいでですからなぁ。


なにより、カエデ様が王子を好きになり、お二人がご一緒になられるのが良いのかどうか、爺には分からないところでございます。


カエデ様と一緒にならない方が、結果的に王子は幸せになるかもしれません。

カエデ様も、王子と一緒にならない方が幸せになるかもしれません。

王子はこの国の次の王ですから、周りが色々と、奥様についても理想や希望を求めてしまうからです。


何が良いかなど分かりかねます。ですから、王子に頼まれましても、少し具体的に応援しづらいのです。

けれど、王子とカエデ様が、幸せにお過ごしになられることを、爺は心から願っております。


王子は、ただ静かに控える爺に、助けを求めるように声をおかけになりました。

「私は、不安だ。だから、やはり、爺のアドバイスをもらいたいのだが」

言い終わってから、私の反応を楽しみに待つように、少し笑みを浮かべられます。


「私ができるアドバイスなどございませんよ」


「そうだろうか」


そうですとも。

「・・・私の場合は、私は諦めておりました。それをあの方が私を選んで、この手を引くように歩んでくださいました。あの方が、とても頑張ってくださったのです。私など何も」

ため息をついてしまうほどでございます。


王子は柔らかく笑まれました。

「だからこそ、お聞きしたいのだが。諦めたのに、ご一緒になられたお話を」


おぅ、この思い出の場所で、この話題は爺には居心地が悪いですな。ドギマギしてしまいますな。いやはや。


王子は少し面白そうに、私の返事をお待ちになっておいでです。

仕方ありませんな。

「では、私の話より… あなたの御祖母様のお話を、させていただいても?」


王子は嬉しそうに笑まれました。

「えぇ、是非とも」


***


気を利かせたメイドが用意してくれた椅子にそれぞれ座り、二人して『赤薔薇の白壁』前にてお話をいたします。お茶まで用意して貰いました。勿体ないことでございます。

しかしたまには宜しいでしょうな。役得でございます。


私からの話が一段落したあと、一息ついて、王子は私に仰いました。

私がお傍にいて思っていたことを、やはり王子も気づかれ、考えておられたのですな。

「私はカエデが好きだ。だが、カエデを諦めた方が丸く収まるのでは、とも、考えてしまうことがあって…」

王子は呟くように仰いました。


「・・・」

私はやはり黙って聞いてしまいます。口を挟むことのできない爺をどうかお許しください。

カエデ様は、確かに、我が国の文化に全く馴染んでおられません。何よりの問題は、カエデ様が、馴染もうとはなさっておられない事です。その姿勢では、王様の奥様という立場では、非常に問題となりましょう。


「それでも、あんな人は、私がこんな風に好きになる人は、いない」

王子は悩んでおいでだったのですな。しょんぼりと、王子の体がいつもより小さく見えますなぁ。


私は申し上げることにいたしました。

「エルファンド王子は、カエデ様のお気持ちやお心に惹かれたのでしょう。ならば良いではありませんか。

 賭けの行方は爺には分かりかねますが、もし王子がお勝ちになられて、カエデ様が王子を選ばれましたなら…。

 行儀作法など、いくらでも、あとからお教えすることができるものです。この爺も、余命あります限り、懇切丁寧にカエデ様にお仕えさせていただきますよ」


「はは、そうだな」

王子は子どものような頼りなくそれでいて少し安心したような笑顔を向けてこられました。

「爺が、カエデを気に入って、気にかけてくれていて、私は本当に心強い」


勿体ないお言葉でございます。


***


さてある日、私は、カエデ様にお部屋に呼ばれました。メイドのエルザが呼びに来てくれました。

カエデ様から私に、何やら相談事があるという事でございます。

どうされたのでございましょう。

とにかく、本日は料理長ドートが作りました、ふわふわシュークリームをお持ちいたしましょう。

まだカエデ様が一番何をお好みか、分かっておりませんからな。いろいろな品を持っていかせていただきますよ。


「シュークリームー!!!」

カエデ様がキラキラとお顔を輝かせます。

「ちょっと、カエデ様! とりあえず座りなさいよ!」

と、ワゴンを運びついてきたエルザがカエデ様にそんな口を利きました。

私、度肝を抜かれて、一瞬頭が真っ白になってしまいました。


カ、カエデ様に! エルザが! 上から目線で叱咤を!!


状況についていけず固まる私の傍で、カエデ様とエルザがわいわい口で言いあっています。

「えー、良いじゃん、エルザ口うるさいよー」

「冗談じゃないわよ、自分の立場いい加減分かりなさいよ、このおバカ様! 良いからそこに座って用意されるの待ってなさいって言ってんのよ、何よ座って待つなんて事もできないの!? お行儀が犬以下なの!?」

「何言ってくれんの、犬なわけないでしょ、それに私はネコみたいな女を目指してんの! ていうかトラ? むしろ豹!?」

「言ってる事が理解不能! ほら座んなさい、用意してあげるって言ってんのよ、ギャー、勝手にワゴンに手を出さないで! カエデ様の手、汚いでしょどうせ!!」

「汚くないもん、きれいにしてるもんね!」

「ウソつき、絶対汚いわよ! 止めてぇ!! ドレスで手を拭くの止めなさいよ! ちょっとムソンルージ様! カエデ様を!!」


はっ、いけない、状況に、爺は取り残されておりますぞ!

えっと、ええと、爺はどうすれば良いですかな!!


「セバっちゃん、エルザが口うるさいよ、良いよね、シュークリーム食べるよ!」

「良いわけないでしょ! あといい加減ムソンルージ様のお名前覚えなさいよ!」

「セバっちゃんはセバっちゃんだもん」

「馬鹿ばっかり! あー、止めて止めて、カエデ様、本当にだから座ってよ! 私が用意するの!!」

エルザが悲鳴を上げましたな。

いけません、勢いに押されてエルザは泣きそうな顔をしております。

カエデ様は気づかず、食器の蓋を持ち上げられて、シュークリームを手でつかみ、あーん、と口に入れる寸前のところでエルザの様子を見て、手をお止めになりました。


「カエデ様の馬鹿! この馬鹿!」

「あ・・・えーと」

エルザが顔を赤くして泣きそうな顔で怒っているので、カエデ様も勢いを削がれたご様子です。


「あの、カエデ様」

ようやく私が口を開くことができました。遅くて申し訳ございませぬ…。誠に…。

「ぜひ、お座りいただければ、エルザもカエデ様に美味しいお茶もお入れできますし、どうぞお座りくださいませ」


「う、うん・・・」

カエデ様は迷われたように目を泳がせて、それから手に持ったシュークリームも、迷った上にワゴンの上の銀食器の中にお返しになりました。

「この馬鹿!!」

エルザが呟き怒るのを、たしなめます。

「エルザ、カエデ様にそのような口を利いてはいけませんよ」

今更ですが…。


が、意外にも、反発はエルザからではなく、カエデ様からやってきました。

「セバっちゃん、エルザはこうだから好きなの、元に戻さないで」

「・・・はい?」

思わず聞き返してしまいますと、カエデ様は酷く真面目な顔で仰いました。

「エルザはこれが良いの!」

「・・・はぁ」


困りまして、エルザに目を向けますと、エルザは私にチラっと目を向けて、赤い顔のまま、下を向いてしまいました。


よく分かりませんが、カエデ様が打ち解けた様子なのは良いことでございます。

しかし…エルザの口調が粗野になるのは、どうしたものでしょうかなぁ…。まさかメイドの方の口調が、カエデ様寄りになるとは思いも致しませんでしたな。

まぁ後で考えることにいたしましょうか…。ちょっと頭が痛く感じられます。


***


カエデ様はお座りになり、普段より行儀正しくシュークリームをお召し上がりになりました。

シュークリームは手で持って食べる品でございますので、他の、食器を用いるデザートより礼儀作法が楽なのも良かったですな。


エルザが用意したお茶を飲んで

「おいしー」

と上機嫌になったカエデ様のお傍では、平常心を取り戻したエルザが努めて表情を抑えて控えております。

「エルザも飲む?」

「結構でございます」

「ふーん。美味しいのにね」

「良うございましたな、カエデ様」

「うん。美味しい。ちょーうまい」


しばらく待っておりますと、私を呼んだ理由を思い出されたのでしょう、カエデ様がソワソワとなさい始めました。

「えと、えと、エルザ、あのさぁ」

「分かってますよ、私は外に出ておりますので」

「う、うん」


「・・・・」

なんでしょうな。この意志の疎通具合。本当に仲良くなられましたなぁ。

エルファンド王子にお伝えすれば、エルザに嫉妬されるかもしれませぬなぁ。ははは。


エルザが礼をして部屋を出ていきます。

するとすぐに、カエデ様は身を乗り出してこられました。

「セバっちゃん。あのね。聞きたいことがあって」

「はい。何でございましょう」


「あの、あのさぁ、誤解しないでほしいんだけどさぁ」

「はい。何でございましょう?」


「あの、あのさ。あのさ、エルフに、奥さんって、いるのかな」

「エルファンド王子に、奥さま、ですか?」

カエデ様の口にされた『エルフ』というのは、エルファンド王子の愛称ですな。そう呼んでおいでなのです。

さて、はて。

「奥様といいましょうか、カエデ様が、その、奥様候補なのでございますよ」

私は少し首を傾げてお答えします。


カエデ様は顔を赤らめておいでです。

「あ、や、そうじゃなくてさ、だって、ほら、私って『側室』候補ってことじゃん、てことはさ、『正室』の、一番の奥さんがいるって事だよね。あ、違うの、ほら、気になってさ、えと、何でかなって、エルザに聞いたら誤解しそうだから、あの、だからセバっちゃんにって…」

なにやら早口でたくさんお話になられます。


おぉ! カエデ様が、王子に他の方がおられないか気にかけておられる!

私は、心の中に王子のお顔を思い浮かべました。

エルファンド王子。王子は、賭けに勝たれるかもしれませんぞ・・・!


私は穏やかに微笑みました。

「カエデ様、ご安心ください。説明しておらず申し訳ございません」

「え、えと」


「簡単にお話しいたしますね。『正室』は、女神様をお迎えいたします」

「はい?」


「この国が出来る由来となる話がございまして、そこは省略いたします。ただ、そのお話が元で、王家の男性は必ず建国の女神様を『正室』とされます。王家のしきたりですな。このため、奥様は『側室』になるのです」

「・・・」

カエデ様は難しい顔をして真剣に聞いておられますな。


「奥様は初めは『側室』と呼ばれますが、数年後には、『女神様の王冠の授与式』がありまして、簡単に言いますと、それで『側室』から『正室』に変わられます」

「・・・えっと」

「はい」

「つまりさ、あのさ、つまり、エルフの奥さんは、つまり、誰もいないってこと?」

「畏れ多くもですが、女神様を数にいれません場合、王子にはまだ奥様がおられませんよ。ご結婚されておられません」

「そ、そっか、うん、そっか」

カエデ様は、うん、うんと頷いて、顔をちょっと赤くされました。


これで安心いただけましたでしょうか。いや、本当に、聞いていただけて良うございました。

カエデ様のご様子を、爺は微笑ましく見てしまいました。


「うん、あの、えと、うん、えと、これが聞きたかったんだ、ありがと、セバっちゃん」

「いいえ、どういたしまして。どうぞ、何でもまたお尋ねください」


「・・・うん。あの・・・うん。ありがとう、セバっちゃん」


***


その後、部屋の外で待機していたエルザを部屋の中に戻してから、私はカエデ様の部屋を退出させていただきました。


それにしても、王子の頑張りが実を結んできているのですなぁ。

カエデ様のお心も、王子に向かっておいでなのですなぁ。

爺は嬉しく思いますぞ。


カエデ様が王子の側室となられたら、この爺、王子とカエデ様のために、誠に精一杯尽くさせていただきます。

大変そうな気がいたしますけれど、きっと私にとっても、幸せな日々になる事でしょうなぁ。

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