25.ユリ様 激怒する
さて。
かなり長期ご滞在だった老王も、ついに自国にお帰りになることになりました。
なんだかんだいって、私の体調を心配してくださっていたそうです。
私もすっかり回復したので、安心してお戻りになるという事です。
お帰りの際に、王家総出でお見送りいたします。
私は、心からのお礼を、言葉で、態度で、お土産で、お見送りの壮大さで表しましてございます。
この度うけたご恩、このムソンルージ、一生、いえ、死んでからも忘れませんぞ!
「いや、死んでからとかそんな事どうでもいい、ムソンルージ殿」
老王は、私の魂と真心を込めたお礼の言葉を、軽くそのように返されました。
「なんと。本心からお礼申し上げておりますのに!」
「いやいいや。ムソンルージ殿。じゃあ、おぬしに頼みがあるわ」
「はぁ、なんでございましょう」
私はちょっと警戒してお答えしました。老王の性格は長年の付き合いで分かっております。
こういう時は、老王は恩に着せて、無茶な要求をサラリとしてくるのです。
そして、コソっと耳打ちのように頼まれた内容に、私は思いっきり眉を潜めました。
「じゃ、頼んだから」
「・・・・・!」
受けた恩のために、拒否も非難の声も上げる事もできずに震える私の傍を、ヨイショっと言いながら老王は去って行かれました。
老王…!
あなた、なんて役目を私に押し付けて帰るのですか!!
さては、始めからそのつもりでおったのではないでしょうな・・・!!!
***
戦後処理の会議期間も終わり。
穏やかに日が去っていきます。
陛下たちは色々お忙しい様子ですが、私は穏やかな暮らしに戻っております。
そんなある日。
私は、エルファンド王子にカエデ様。そして、リューエア様とユリ様をお招きしまして、お茶会をさせていただく事にいたしました。
・・・・・。
***
「うーんとね、見て、どう?」
カエデ様が、紅茶を飲む姿を皆に見せてニカリと笑われます。
「キレイに見える? どうどう?」
「うん、随分姿勢が良くなったよ、カエデ」と王子がニコニコとご覧になり、
「えぇ。少し上品そうに見えるよ、カエデ様」とリューエア様が、控えめに褒める発言をされます。
ユリ様は、じっとその様子を見て、
「なんか違う。何が違う。ちょっとカエデ、そもそも、口つけてすぐニカって笑ったら台無しだと思うんだけど」
と冷静に仰っています。
こういうのはやはり女性の目の方がしっかりしております…。
***
「そうなんだ、リューが仕事している時暇だからね」
とユリ様。
「体力づくりになるし。こっちの人たちの訓練ってまた違うから、お互い良いみたい」
ユリ様は、暇を持て余した結果、今はユリ様のお屋敷となったリューエア様の元お屋敷の衛兵たちを相手に毎日訓練して体を鍛えているらしいです。
「カエデも空いたときおいで。面白いよ」
とユリ様が、カエデ様を訓練に誘われます。
「うーん、じゃ、行ってみるね!」
とカエデ様。
「待って、カエデ…衛兵だろう? 体格も違うし、いくらカエデでも一緒に訓練など…。危ないだろう」
と王子が心配なさいます。
リューエア様も王子と同じ思いのようで、心配そうにうなずいてカエデ様とユリ様をご覧になります。
「あの館の衛兵は、それなりに精鋭揃いです。何も同じ訓練を一緒にしなくとも…」
「いや、瞬発力とか跳躍力とか、カエデの方が絶対動きが良い。一緒にしたらお互い良い刺激になると思うんだよね」
「そーなの? じゃあ、ぜひ行こうっと。楽しみだなっ」
「・・・ユリナ。暇だからってあまり・・・カエデ様をどうしたいの?」
「・・・はぁ。カエデ、行くなら私も見に行きたい、絶対声をかけてくれよ?」
***
リューエア様と王子で、魔法技術をちょっと試してご覧になったり。
話の流れで、二組がそれぞれダンスのステップを踏まれたり。
カエデ様とユリ様で、元いた世界のお菓子についてお話されて、王子がこちらで作れないかと思案されたり。
ワイワイと楽しい時間が過ぎていきました。
私は、執事として控えめに参加させていただいており、若い二組の男女の仲の良いご様子を楽しく見て過ごさせていただいておりました。
自分の時代も思い出されます。こんな風なひと時が、ずっと続けば良いでしょうなぁ…。
そして、お話が色々交わされて、ふと静かになった頃。
私は、少し足を踏み出し、皆さまに頭を下げて口を開きました。
皆様に、聞いていただきたい、お話しておくべき、お話があるのでございます。
***
「嫌だ! そんなモンいらねーよ!!!」
と、ユリ様が、立ち上がって叫ばれました。
立ち上がった後、また何かを言おうとして、口を開けて、わなないておいでです。
私は頭を垂れて、それでもお伝えしました。
「しかし、これが、戦後処理の会議で、極秘裏に、決められた事項です」
「ふざけんな! 勝手に決めんな! 冗談じゃないわ!」
ユリ様は顔を真っ赤にしてお怒りになりました。
「私は別に国なんて要らない、そんなモノ欲しくて来たわけじゃない、そんなのくれるってなら…絶対事項だっていうなら…帰る! 帰らせてもらう!」
「・・・えっ」
ユリ様の発言に、リューエア様がハっと打たれたように顔を上げ、ユリ様をご覧になります。
「待っ・・・ユリナ! 帰るなんて言わないで!」
リューエア様は立ち上がり、ユリ様に向かわれましたが、ユリ様はリューエア様が延ばされた手を払われました。
「じゃあ、リューからも言ってやって! 私は国の王になんか担がれてやんない! 何が『戦地の女神様』だよ、勝手に囃し立ててるだけだろ!」
「・・・っ! ユリナ! でも!」
リューエア様が泣きそうに表情を崩されました。
「…ムソンルージ。その話は、本当に、決められたことなのか?」
王子が、厳しい目をして、私に静かに確認されます。
私は頷きました。
「はい。極秘裏にと記録された内容との事。しかしご当人には伝えておくように、老王ドルガン様より依頼を受けたものです」
戦後処理の会議で極秘裏に決められた内容。
一言で言いますと、数年後、分割した敵国の一つを、『戦地の女神』のユリ様に戦功を称えて譲る、と言うもの。つまり、ユリ様を女王にした新しい国を建てる、というものです。
そもそも、敵国は、砂漠で貧しいながらも、領土が大きい。
ここに、リューエア様の技術の数々を実験的に投入することが会議で決められました。
貧しい国に技術を投入した方が、実りが大きいと考えられたためです。
その利益を、戦に参加した国々が分配し、数年間合同で管理する事が決められました。
しかし、領土が大きいので、あまり富みすぎると、平和を保っている国々の力のバランス関係を崩す存在になってしまいます。広い領土で富んでいると突出するのです。
ですから、数年様子を見て、うまくいけば広い領土を、今のところ2つに分割する計画があります。
ここで、新しい2つ…予定ですが…の国を、どこが管理するか、という問題になります。
バランスを取るため、どこかの国とだけ仲が良い、という国では困ります。
それなりにきちんと独立した国であるべきです。
結果、一つは、敵国の王家の国として残します。敵国の王家の中から相応しい者を選び、王に立てる予定です。
そして、分割して生まれるもう一つの国。
ここに、新しい王家を建てる。
そして色々思案された結果、ユリ様とリューエア様に白羽の矢が立ったのです。
しかし、リューエア様は、『憩いの水球』盗難にも関わった身。国を治める身分とするにはいささか問題があります。
ですから、皆が手放しで絶賛できるユリ様に、国を贈る、という形でユリ様に国を任せると決められました。
そして、会議メンバーは、ユリ様はリューエア様と恋人同士だ、と、すでに知っております。
なので、考えているのです。
様々に秀でているリューエア様。彼を、ユリ様と共に、王座に据えようと。
リューエア様は、今回の戦の事で、他国には頭が上がらない。それは、会議メンバーにとってとても都合が良い。どの国に対しても頭が上がらない事は、ある意味でバランスが取れた状態である。
加えて、わが国の貴族の身分は剥奪されている、いわば身分的には自由。わが国の民であったというだけで、わが国の王家とは関わりはない、という事ができる。
そしてまた、敵国には、リューエア様の技術を投入します。その技術の結果に責任を持たせる、という意味でも、リューエア様に任せるのは良案だと思われました。
そもそも数年後には、恐らく、土地は豊かになっているはず。それを功績と称えるのです。それを持って、リューエア様にも、王の椅子を与えても問題ない状態になるだろう、と、会議メンバーは考えたのです。
ただしそれは、ユリ様と、リューエア様が、数年後も、ご一緒であれば、という前提の元です。
数年後、ユリ様とリューエア様がどのようになっているのか分かりません。
なので、リューエア様についての事を話すことは、私の判断に任されています。
まずは、ユリ様に伝えておけ、との事なのです。
そして…。
ユリ様は、今このように、私の話に激怒なさいました。
***
「お願いだ、ユリナ、どうか、お願いだ」
とリューエア様が、ユリ様に懇願されています。
私たちがいるので、声を抑えながらも、「帰らないで、どうか」と訴えておられます。本当に泣き出しそうなご様子です。
ユリ様は、口を閉じておいでですが、怒りのために身体を震わしておいでです。
怒りを抑えようとしているのでしょうが、抑えきれないのでしょう。
ユリ様とて、ここにいる面々に怒鳴ったところで何もならないと分かっておられるのでしょう。
「ムソンルージっちゃん。あのね、私たちは、ユリナもわたしも、国なんて任せられるような人じゃないんだよ。そんなの貰っても、困るんだよ」
妙に静かに落ち着いた声で、じっとカエデ様が私を見つめて仰いました。
「ユリナがこんなに嫌がるの、分かるよ」
その発言をうけて、王子がカエデ様をじっと見つめられます。
そういうカエデ様も王家に入られた身。王子はカエデ様のお気持ちを心配に思われたのでしょう。
「あのね、私は、エルフが王子様って知ってた。それで好きになったんだから、良いよ。それに、私が国を動かすわけじゃないもん。でも、ユリナが言われたのは違う。私たちに、国をあげるって言われても、どうしていいのか分かんないよ。無理だよ。ユリナが嫌で元の世界に帰るって言っても、私は止めないよ。ユリナがそうしたいなら、私はそれでいいと思うから」
ユリ様がカエデ様をご覧になります。
カエデ様の発言に息を飲まれたのは、リューエア様でした。信じられないというご様子で、カエデ様を振り返られます。
「…カエデ…! そんな、キミまで…!」
「ちょっと待って、リュー」
ユリ様が静かに仰いました。有無を言わさない静かな迫力がありました。
「カエデ。本当に、私一人で帰っても、大丈夫?」
真っ直ぐに、静かに、真剣に。ユリ様が尋ねられました。
「うん。大丈夫。私は、ここに残るよ。エルフがいるから、ずっとこっちで暮らすって決めたの」
とカエデ様はお答えになりました。カエデ様も真っ直ぐにユリ様に向かっておられます。
「でも、ユリナ。帰ってしまったら、もう来れないかもしれないからね。よく考えた方が良いよ。リューの事、大好きでしょ」
「・・・そうだね」
とユリ様が答えられます。
目を伏せて考えに沈まれるご様子に、リューエア様が耐え切れず口を開かれました。
「ユリナ。お願いだ。置いて行かないでほしい、ずっと傍にいてほしい。お願いだ。何でもするから! 私にできることなら、何でも…!」
「…ムソンルージ。リューエアの事は、どう決まった?」
王子が私に静かにお尋ねになりました。
そうですな。リューエア様の事が決められていないはずが無い、と考えて当然です。
言うべきかどうか。しかしこの状況、言った方が良いと判断しました。
「…リューエア様。あなたは、ユリ様と一緒に、新しい国の王になるよう、極秘裏に予定されております」
「…え?」
リューエア様が意表をつかれたように、私の顔をご覧になります。
さすがのリューエア様も、言われた内容が飲み込めないようです。
けれど当然でしょう、ご自身で、国を任されるような立場ではないと理解しておられるからです。
私はため息をついて、改めて申し上げました。感情に波を立てないようにと、努めて静かに。
「数年後の様子を見て、になりますが、どうやらあの方々は、ユリ様とリューエア様お二人に、新しい国を任せたいようです。お二人ならやっていけるという判断なのでしょう」
「・・・二人で・・・」
リューエア様が呟かれます。
「リューと二人で…?」
ユリ様は眉をひそめられました。
王子は、お二人の感情の動きを掴もうと、様子を見ておられるようです。
カエデ様は、ユリ様に向かって、少し首を傾げるように仰いました。
「・・・ねぇユリナ、思ったんだけど、リューと一緒に二人で向こうに戻るっていう手もあるよ?」
「へ」
「え?」
と、ユリ様とリューエア様。
「・・・カエデ?」とエルファンド王子も困ったようにカエデ様を窘められました。
王子は、その案に賛同したくないようです。
カエデ様はそんな皆さんに向かって仰います。
「だってそうでしょ。別に、こっちで暮らさなくても良いもん。国貰うの嫌ならさ、帰っても良いと思うんだけど、じゃあリューも連れてっちゃえば良いんだよ。それでどう?」
「・・・まぁ、無くもないけど」とユリ様。
「・・・・」リューエア様は、何とも言えない顔で黙っておられます。
賛同しがたい意見が出てきたからでしょう、王子が口を開かれました。
「待って、ユリ、リューエア。数年後の話だろう。数年待ってから決めても良いのではないのか? あの方々の事だ、二人がダメだった場合の事も考えてあるはずだ」
まぁそうでしょうな。老王も、『うまくいけば二人を貰う』と以前仰っておりましたから、『うまく行かなかった場合』も考えてあるはずです。
王子は続けて意見を言われます。
「だから、その、もうちょっと考えてほしい。それに、もし二人が新しい国を建てるとなったら、必ず、私たちは協力するから。協力が足りなければ、必ず、あの方々の国々にもかけあって、他の国からも協力させる。頼ってくれ、必ず力になると約束する」
「う゛ー…そう言われてもね」
とユリ様。「とにかく、国なんて、絶対要らないし」
「じゃあ、国を貰わないように、画策すれば良い」
と王子。
「まぁ考えとく」
ユリ様は、立ったままで、そう仰いました。
それから、やはり泣きそうなお顔のリューエア様を見て、フっとほほ笑まれます。
「・・・泣くなよ、リュー。・・・はぁ、カエデぇ、やっぱ、向こうにリュー連れてくと、生きてくの難しそうだよねぇ、戸籍とかさぁ、仕事とかさぁ。そもそも思いっきり日本顔じゃないしさぁ」
「そうだね。大変かもね」とカエデ様。
「『かもね』じゃなくて、大変だよ」とユリ様。
ため息をおつきになります。
カエデ様は、それを受けて、
「じゃ、一人で帰るか、二人でこっちにいるかの二択だね」とカップを両手で持ってまるでリスのような姿で紅茶を飲みながら、呟かれました。
王子はそのお姿よりも、呟かれた内容に、片手で顔を覆って、「カエデは案外シビアだ」と呟いておいでです。
そうですな。
ですが、的確なご意見ではと、爺は思います。
「ユリ、リューエア。本当に、相談でも、何でも、言ってほしい。カエデとの事で、本当に助けてもらったから、私は、あなたたち二人にもうまくいって貰いたい…」
王子が二人に仰いました。
リューエア様は縋るような目でユリ様をご覧になっています。
ユリ様は、困ったように笑って、リューエア様の頭に手をのばして、自分に引き寄せられました。
俯き気味のリューエア様の額に、ユリ様はキスをなさいました。
「泣くな、リュー。大丈夫、一緒に考えよ。ね? それで良いよね?」
「・・・っ」
リューエア様が頷かれ、ポタリと涙を一つ、落とされました。
次回最終話です。25日の朝7時に公開予定。(せっかくのタイミングなので、クリスマスプレゼントを意識)




