18.告白
カエデ様のお気持ちを確認し、リューエア様からの手紙をいただいた日の、翌日。
私は、失礼を承知で、ノックもそこそこに、お部屋に駆け込んでおりました。
「王子! エルファンド王子!」
部屋にいた王子たちが驚き、私を見つめます。
明らかに異常な私の行動に、名前を呼ばれた王子が、椅子から立ち上がりかけ、私の名前を呼ばれます。
「…ムソン!? 一体!」
私は王子の傍に駆け寄り、その勢いのままで申し上げました。
「王子、カエデ様が! 急いでお越しください!」
「…え」
明らかに動揺された様子の王子に、私はなおも言いました。
「お急ぎを! 王子! カエデ様が! 一大事でございます!」
「!」
王子は跳ねたような動きで立ち上がられました。
私の肩を掴まれます。
「まさか、また…」
勢いのある行動なのに、何かを恐れたような顔でした。
私は王子の目を見つめ返します。
「ここでは申し上げられません、早く私と共に…」
と、言葉の終わりを聞く前に、王子がダっと走り出されました。
部屋から出ようとした時にさすがに思い出されたのでしょう、部屋の中に残されることになる書記官2人に、
「リューエアがトイレから戻ったら、しばらく待ってもらえ!」と叫ばれました。
王子はダァっとまた走って出て行かれます。
は、早い…! お待ちください!!
私は、残された2人の書記官に、非礼を詫びるために一礼の上、慌てて王子の後を追いかけました。
***
私は、もう67歳の老人なのでございます。
その上に、この連日のハードスケジュールで心身ともにクタクタでございます。
何が言いたいかと申しますと、もう息切れで力尽きそうでございます。王子の猛ダッシュについていけるはずがありません。
王子、私の言葉を、最後まで聞いてから走っていただきたかった…。
先に行き先を口に出しておけば良かった…。
とにかく追いつかなければ。
王子、向かう先は、カエデ様のお部屋ではないのですよ!! お待ちください!!
ヨロヨロになりながら必死で走り、恐らく王子の駆け込み先であろうと考えられるカエデ様のお部屋にたどり着くと、部屋の扉が開けっ放しになっていました。
私も急いで中に飛び込みます。
やはり王子はそこにおられて、恐らく部屋の主を探し終わられた後なのでしょう、誰もいない部屋の中央に突っ立っておっれました。
「・・・っ」
あぁ、泣くのを抑えておられる…。
私は心を痛めながら、
「王子」
と呼びかけました。
走り込みのせいで、言葉が上手く出せません。少し苦しげな言葉が私の口から出てきました。
「また…」
と王子は、顔を両手で覆って、感情を抑えながら仰いました。
「何も言わずに」
「王子、王子」
私はそんな王子に必死で呼びかけました。いけません、声がかすれてうまく出ません。
そして何よりも、相当時間を失っております。
あぁ、恨めしい、自分の年老いた体!
私は息をなんとか整えようとしながら、必死で申し上げました。
「王子、違い、ます、ここではござません! 祈りの間、祈りの間に!」
王子が顔を上げられて、私を見てこられます、
あぁ、すでに涙をこぼしておられる。
「祈りの間に、お急ぎを、王子! 早く!」
王子は私が何を言っているのか理解されないようでした。私をじっと見つめてこられます。
あぁ、話が通じていない。
けれど、私はあなたに嘘はつきませんから、このようなことになっているのです。
「祈りの間に、カエデ様が! 早く行ってください!」
一瞬、ビクっと身を引いたような動きをされた後、王子は躊躇い、それから速足でこちらに向かってこられ、扉の私のところで、
「カエデは、祈りの間に?」
と尋ねられました。
「はい。早く」
「・・・」
王子は言葉を飲み込み、それから頷いて、祈りの間に速足で向かいだされます。
そのお顔はとても深刻そうでした。
私はその後ろ姿に、叫びました。
「早く! 走って!」
***
「エルフ!」
パタパタと駆けてくる足音と共に、カエデ様の声が、廊下の向こうから届きました。
「カエデ!?」
王子の驚いた声も、廊下の先から届いてきます。
あぁ、爺は本当にクタクタでございます。
ここは、カエデ様のお部屋と祈りの間を結ぶ廊下の中ほどです。
私はヨロヨロしながら現場に到着し、そっと中央の様子を伺います。
息切れが激しいので、少し離れた、装飾台の影に…。
おや。
私の傍に、サっと降り立ち、サッと私に体力付与をつけてくれた者がおります。
助かります。ありがとう。
無言で目で礼を言うと、諜報部員の一人であるその者も、無言でゆっくりと頷き返しました。
そして、きっと私を心配しての事でしょう。彼も私の傍に留まります。
私は、彼に小声で話しかけました。
「廊下になってしまいましたな…」
彼は、無言のまま、残念そうに、首を振りました。
そんな我々が潜んでいる事など全く気付かず、廊下の中央では、戸惑った王子がカエデ様に手を伸ばしかけ、
「一体…?」と信じられない様子で呟くように尋ねられています。
表情はこちらからは見ることはできません。
カエデ様は、今日は、普段には無く少し着飾って美しくしておいでです。
「どうしたの、涙目?」
と、カエデ様は、目を丸くして尋ねておられました。
王子が答えられます。
「また、カエデが…帰ってしまったのかと思って」
声が震えておいででした。
私の傍の諜報部員の技術者が、私を咎めるように口を開きました。当然小声です。
「一体、どのように誘導されたのです」
「本当の事しか口に出しませんでしたら、あのように」
と私は肩をすくめて答えました。
諜報部員の彼は、ため息を吐きました。十中八九、王子への同情のためでしょう。
えぇ、私自身、大変心が痛んでおりますよ。けれど、考えてもみていただきたい、具体的に私から申し上げるわけにもいかないではありませんか。
廊下の中央、カエデ様が答えられます。
「エルフ。2年ぐらい前、何も言わず、帰ってしまって、本当にごめんね」
「・・・」
「私ね、エルフの事が本当に好きだよ。大好き。ずっと傍にいたい」
「・・・」
「エルフ、前の時、賭けをしたね。私がエルフを好きになるかどうかって」
「えぇ」
カエデ様は、にこりと、まるで女神のように微笑まれました。
「今度は、私の番」
「?」
「私は、エルフを好きにさせてみせる。私を好きになって、エルフ。ずっと一緒にいて。私、礼儀もちゃんとするよ、文字も読めるように、教えてもらう、ここに、傍にずっといる。ねぇ、賭けよう、エルフが私を好きになるかって」
「え・・・?」
リン、と、小さな鈴の音がなりました。
カエデ様はその音にハッとして、それから「大変だ」と仰いました。
「私、戻るね! あ、部屋にね! エルフ、忙しい時に来てくれてありがとう! 仕事頑張ってね!」
「え・・・?」
カエデ様は、ダっとこちら…つまりカエデ様の部屋に向けて走り出されました。
私の隣の諜報部員が、私と彼自身に、視線誘導の魔法をかけて、カエデ様と王子に見つからないように細工をしました。
カエデ様は、私たちが息を潜めているすぐ傍で立ち止り、後ろにしてきた方を振り返り、
「賭けたからね! 大好きだよ!」
と笑顔で叫んだ上、また走り去っていかれました。
・・・。
私と諜報部員が息を潜めております。まだ王子には気づかれていないでしょう。
こちらを振り返り、カエデ様の後ろ姿を茫然と見送っていた王子は、
「賭けなど」
と、ポツリと呟かれました。
「私が勝てるはずが無い」
笑まれた顔は、泣きそうで、嬉しそうで。
盗み見て、爺ももらい泣きしてしまいそうになりました。




