17.爺はカエデ様のお気持ちを知りに
様々な忙しさの中でさらに5日が経ちました。
本日は、カエデ様には大変申し訳ない事に、あまりに多忙で手が回らなくなったため、エルザを戻させていただいております。
会議目録を確認、最終的な判を押して封書に入れる…という作業をしながら、エルザの雑談めいた状況報告を聞いております。
「ユリ様とリューエア様って本当にお熱いですよね」
「そうですか」
「えぇ。一緒の日に来られている時は必ず一緒に帰られますし。カエデ様の部屋に迎えに来られた時は一瞬で二人の世界で」
「ほぅ」
リューエア様もユリ様も、そしてカエデ様も、今回の戦に大きく関わる方々のため、パーティ以降のこの期間、何度も事情確認などを受けられているそうです。
このため、リューエア様もユリ様も、ほぼ毎日のように館に来ておいでです。
「で、本題ですけど、王子とカエデ様ってどうなっているのでしょう?」
とエリザが、作業の手を休めることなく、不思議そうに言いました。
「と言いますと?」
と、私が問います。作業しながらのため、少し返事が適当になってしまっております。
「えーと、いつでしたか、そう、ムソンルージ様がそもそもランチを設定された日です」
「あぁ、それは5日前ですな」
「5日前。そうです。初めてリューエア様がユリ様を部屋に迎えに来られて。お二人の仲に驚いたのですけどね。その後、リューエア様がカエデ様に仰ったんです。『カエデ、いつでもこっちの家に戻ってきても良いよ、ちゃんと部屋もある』って。カエデ様は『ありがと、でも二人の邪魔はしないからね!』と答えられました。妙ですよね」
「ふぅむ」
「リューエア様は、明らかにカエデ様を気遣っておられました。でもどういう…王子とうまく行っていないのでしょうか? 何かご存知ですか、ムソンルージ様」
「ふぅむ」
「聞いておられます?」
「聞いてますよ」
「でもですね、エルファンド王子の方は、お仕事後にカエデ様のところによく寄っておられるようなんです。夜遅いみたいで、かなり短い時間のようですが」
よく分かりません。と、エルザは作業を続けながら言いました。
おや、王子が。
「ムソンルージ様、まだカエデ様とお話ゆっくりされておられないのでしょう? またカエデ様のお話を聞いて差し上げてくださいませ」
とエルザ。
ふぅむ…。
「私の話、聞いておられます?」
「えぇ…聞いておりますよ」
私は手をパタリと止め、エルザを見ました。
「エルザ、ここを、あなた一人に任せても問題ありませんか?」
私たちの作業している机の上には、大量の封書と議事録が置いてあります。
作業自体はとても単純なのですが、重要な会議の資料なので、作業するには人を選ぶのです。なので安易に他の者を呼べません。
「・・・え?」エルザが、私と、机の上の紙の山を交互に見つめました。
私は少ない言葉で説明いたしました。
「今、カエデ様のところに行こうかと思いますが、ここを任せて宜しいでしょうか?」
「かしこまりました」
エルザは表情を引き締めて、答えました。「どうぞ、行ってきてくださいませ」
頼もしくて有難いです、エルザ。
後で、料理長ドートにケーキを余分に作ってもらえるよう頼んでおきますから。一人に任せてしまうお詫びです。
***
カエデ様が、どのような気でおられるのか。確かめる必要を感じます。
私は当事者ではなく傍観者になるべきですが。
けれど…王子はこのままでは一生の心の傷になるでしょう。
まぁ傷の一つや二つあって良い気も致しますが、そこは私の身内びいきでございましょう。幸せになっていただきたく思うのです。
王子がこれほどカエデ様を望まれるなら、少しぐらいは王子のために動こうではありませんか。
なぜなら、王子自身が、もう動けなくなってしまっておられるから。
「カエデ様。私、ムソンルージでございます。本日は桃のロールケーキをお持ちいたしました。お茶でもいかがですか」
ノックの後、ドアの外から声をかけますと、パタパタと走る足音の後に、ドアが開けられ、にっこり笑顔のカエデ様が現れました。
「セバっちゃん! 久しぶり! 今日は時間大丈夫なの? エルザも今日は忙しいって言ってたけど…」
「今日はカエデ様とお話することを一番の予定にしたいと思いまして。ご都合宜しかったでしょうか?」
今この時に、私は確認する必要がございます。
今のこの、他国における権力者が、我が国、この館に集まっているこの期間に。
「うん勿論!」
カエデ様は頬を上気させて心から嬉しそうに仰います。
「基本的に、暇を持て余してるから!」
快諾に、私も嬉しくて笑みました。
***
再会してから、やっと二人でゆっくりお話をすることができました。
カエデ様は、やはり始めに、私への謝罪を口にされました。
ただ、先に王子やエルザとも話を済ませておられるので、落ち着きは取り戻されており、泣き崩れて話ができないという状況にはなりませんでした。
ですから、私は今後のために、申し上げる事ができました。お話いただければ力になれる事もあるのだと。
その話題がある程度落ち着いた時、私はお尋ねしました。
「カエデ様は、エルファンド王子の事を、どう思っておられますか?」
カエデ様はドキっと身を一瞬引いて驚かれました。それからカァっと顔を赤くされます。
「え? えと、あの」
慌てられるのを、じっと穏やかにお返事が出てくるのをお待ちします。
「あ、あの、その、あのね」
カエデ様は、そう仰ってから、キリっとした表情になって、身を乗り出されました。
「あの! セバっちゃん! お願いが、あるんです!」
私は驚きました。
「っはい。なんでございましょう?」
「あの、礼儀作法を、教えて、ください! あと、セバっちゃんの、武勇伝? 教えてほしいんだけど…」
キリっとした表情のまま、カエデ様は真っ直ぐに私の目を見て仰います。
・・・はて。武勇伝? それに・・・。王子の事を聞いたのですがなぜこんな事に?
私は首を傾げました。
そんな私に、カエデ様は、情報を付け足してくださいます。
「あの、リューに、セバっちゃんの大恋愛の話を聞かせてもらえって、アドバイスされたの」
「・・・リューエア様が? 私の、話を」
はて。ますます、なぜそんな事に。
「お願いします! この通り!」
カエデ様は、椅子に座ったまま、深々と頭を下げられました。下げすぎて、膝小僧よりも頭が下になっております。
「ちょ…と、お待ちください、カエデ様。あの、どうしてそういう話になるのかよく分からないのですが。王子と礼儀と、私の話が関わっている…のでしょうか」
と言いながら、私は気づきました。
あぁ、確かに、繋がっている。
「うん。お願い、セバッちゃん、協力してほしいの! ぜひぜひ、私の背後・・・じゃなかった、背景? 背後霊? なんだっけ」
とカエデ様が仰います。
背後霊ってどういう事ですかカエデ様…。
「えーと、なんだっけな、セバっちゃんに、私の後ろ…バックについて貰えたらと思って!」
なんとなく、察します。
「カエデ様、それは、リューエア様のご提案でしょうか?」
カエデ様は、大きくにこっと笑って頷かれます。
「うん、そうだよー。リューのアドバイス!」
「ふむ…」
私は少し考えます。
王子と、礼儀と、私の話。
リューエア様からのアドバイス。
私は、じっとカエデ様を見つめました。
「カエデ様。先に、確認させていただきたいのです」
「うん、何?」
「カエデ様は、エルファンド王子の事を、どう思っておられますか?」
先ほどお尋ねした事を、もう一度お伺いします。
カエデ様は、にやっと笑われました。広げた両手の手のひらで、頬というよりも顔をベタっと覆われて、背もたれにどっともたれられます。
「えへへ」
とカエデ様は笑われました。
「うん、好き、大好き」
「・・・そうですか」
私はちょっと意外に思っておりました。
カエデ様が随分素直に率直に感情を表に出して、お答えくださったからです。
何か悩みをお持ちかと思ったのですが…。
カエデ様は、またグィっと身を乗り出してこられました。
「セバっちゃん。エルフって、ものすごく、かっこいいよね」
私は微笑みます。
「カエデ様の目にそのように映っておりますなら、そうなのでございましょうなぁ」
「あと、頼りがいあるよね、カッコ良いし、でも優しいし、あと、もう大人の魅力?」
カエデ様は言いながら照れて顔を真っ赤にされ、それでいて夢見るように仰います。
私は微笑みます。
「カエデ様の目にそのように映っておりますなら、そうなのでございましょうなぁ」
余計なことは言いますまい。
カエデ様は、仰いました。
「私、がんばります!」
「何をでございましょう?」
「えっとー、告白、恋心ゲット?」
おぉ、そうなのでございますな。
はて。それでは、
「私に協力を求められているのは、どのような事でしょうか?」
カエデ様は、真面目な顔にお戻りになります、頬は赤いままですが。
「うん、あのね、ずっとエルフって忙しいでしょ? 告白するにも、今はダメかなぁって思ったんだけど、ただ、リューがね、セバっちゃんに相談してエルフの時間を作ってもらえ、って、言うの」
「・・・ほぅ?」
リューエア様は、頭脳明晰なお方です。そして、ここ数日、王子とも何度も顔を合わせておられますし、ユリ様を迎えにカエデ様にも頻繁に会っておいでです。加えて、リューエア様は、私の事を正しくご存知です。
そのリューエア様が、私に協力してもらえと、アドバイスされた…。
・・・・。
私が少し考えに沈んでおりますと、カエデ様が、立ち上がって、一通の紙を手にすぐ戻って来られました。
「セバっちゃん。あのね、リューが、書いてくれたの。私の説明でセバっちゃんが、セバっちゃんの話をすぐしてくれないようなら、これを渡してみろって」
私は受け取ります。
剥き出しの紙には、リューエア様からの手紙が書いてありました。
「・・・カエデ様は、この国の文字がお読みになれないのでしたか?」
私は、ポツリと呟くように確認いたしました。
「うん」
カエデ様は、ちょっと困ったようなはにかんだ笑顔をお見せになりました。
「だから、文字とかも、教えてほしいな。どうぞ、お願いします」




